68 影は揺らめいて
走り出した。
夜半を過ぎた冷たい風が彼の耳を頬を切り裂いて、涙がにじむほどだった。しかし、背中ではそうとう熱いことが起こっていた。
森全体が揺らいでいるかのような大きな火の手が上がったのだ。足元をすくわれそうなほどに影は揺らめいて、幻の中を歩かされているかのように感じた。
次いで、銃声。円形に包囲を組んでおきながら、銃を撃つはずがない。反対側にいる味方に流れ弾が当たってしまうこともあるからだ。その音で、空夜は包囲網が崩れていることを知った。
混乱したいくつもの足音が背中の方角に流れていくのを確認してから、彼は闇の底を滑るように走り出した。
銃声、銃声、銃声。
息が苦しくなるほどに凍えた空気を吸いこんで、こんなにも生きようとしている自分に、空夜はぞっとした。死ぬ可能性に怯えるよりも、生きようとする意思に戦慄させられるなんて……まるであの日、炎に背を向けた時のように。
耳が冴える。音と位置関係を関連づけて、頭の中に地図を作る。森の中とは言え、この近辺に長く住んでいたのだ、土地勘はある。
山手に逃げればいいか町の方に逃げればいいか、一瞬迷って、山沿いへ走った。町へ抜ければ道はいいが、それでは万が一見つかった時に追手にも有利になる。この場所から離れるには早いが、西へ抜けるには難儀することになるだろう。




