65 囮
秋比古はナイフを抜き放った。あるいはそれは、自分たちとはまったく関係のないことで森に入ろうとしている人間かも知れないのに、そんなことにはお構いなしだ。
やがてふたりは森の入口に立ちはだかった。
「……いませんね」
後続の一人が低い声で言った。意外にも、その声には乱暴な感じはなく、知的な雰囲気さえただよわせていた。言葉の発音も綺麗で、中央に近い場所の出身であることが分かる。
「いや、いるさ。俺が人を連れてきたんで隠れてんだ。ひょろっちいガキどもだよ」
その声に反応して、秋比古が息を吐いた。多分、彼がラファティだろう。
「役人を連れて来やがった……」
秋比古が闇の中で呟いた。
「ゼファは捕まったんだろうか」
「馬鹿だな。あれもきっと囮だったんだ。彼らに囲まれる前に、森の奥に行った方がいい」
「囮……」
空夜は、期待していたものが奇妙なかたちで裏切られたのを感じた。やはりあの炎の中で生き残れたのは自分しかいなかったのだと思うと、消えてしまった他の心優しい兵士たちに悪いような気がした。
秋比古が闇の奥へ奥へと、移動を始めた。足も手も使い物にならないほどに凍りついているのに、感覚だけは妙に研ぎ澄まされていて、鳥の声、木の葉のささやき、遠くの大地の唸り声が、耳に痛いほどだった。
「包囲は完全だ。街から出ているということはない」
(包囲……?)
空夜の耳が森の奥の鳥の羽ばたきをとらえた。ほんの小さなものだったけれど、神経質になっている感覚がそれを逃すことはなかった。遠くの鳥が羽ばたく、虫の鳴き声が止む、それらが意味しているものを不意に思い出す。




