64 足音
「もう、カッセル次官の手が回っているかも知れない」
僕がそう言うと、彼は真剣な表情をしてうなづいた。彼もそれは真剣に考えていたのだろう。うなづく反応が早かった。
彼は自分の身に巻いていた濃い茶のコートの中をまさぐって、高カロリーの行動食を出した。それをひとパック空夜に投げてよこす。空夜は受け取ろうとしたが、手がかじかんで地面に落とした。
彼らが内容物をすすっている間に、街のほうから離れてくるひとつの灯りが見えた。携帯用のライトを使用期限が切れても無理矢理使っているような、頼りないふらふらとした光だ。
「……」
秋比古が息を詰めて、懐に手を入れる。護身用にと持ってきた、研ぎ過ぎてぎらぎらした古いナイフに触れているのだ。
「……ラファティじゃないのか?」
空夜は立ち上がると、秋比古の背に身を寄せた。寒さで固まっている自分では明らかに不足だと思ったからだ。
「……違う。歩き方が不確かだ」
秋比古が断定的にそう言った。
とにかく火をつけていなくてよかった、と空夜は思った。火がついていれば、あんな小さなライト、近くに来るまで見逃していたに違いない。こちらの様子も丸見えだ。
二人はひとかたまりになって、木の陰に息をひそめていた。夜闇は本当にビロードのようだ。滑らかで濃密な闇が彼らの姿を隠していた。
しばらくして、街の光を背に負ってこちらに向かってくる人影が、ふたり連なっていることに気付いた。先導しているのは大きな体躯の人間で、その体からしてまっとうな商売人ではないことが分かった。




