10 残り香
「私のベットを使えばいいわ」
桐珂が毛布を用意しながらくすくすと笑いだした。
空夜はあきれ返った顔で秋比古を見た。彼は照れたように笑っている。
白みはじめた空が、朝の訪れを知らせている。しかし、これからが空夜の就寝時間だった。窓の外を新聞屋が行き交いしている。彼が朝一番に動きだす。
「じゃぁ。お言葉に甘えて」
秋比古はにっこりと答えた。
「どうぞごゆっくり」
桐珂が微笑んだ。
どうにも釈然としない空夜だけが、憮然とした表情で毛布をたぐり寄せていた。
桐珂が使い終わったカップを片付けに台所に入った時、空夜は小さく聞いた。あの耳のいい同居人に聞かれないほどの小さな声で。
「リヴンはそこまで軍の力が強いの?」
空夜に背を向けて毛布をかぶろうとしていた秋比古が、そのまま小さく答えた。
「ここ数週間のうちに進出してきた。宇宙センター内の動きも慌ただしくなってる。どうやらユーリ・エバの関係で、何かあるらしい」
「クレッフェの試験部隊を何故いまさら?」
「さぁな。とにかく俺に言えるのは、早いうちに中央エリアから離れたほうがいいってことさ。あんな彼女がいるならなおさらな」
「桐珂は、宝子の姉だ」
「宝子ちゃんの? ……そうか」
秋比古はそれだけ言うと、毛布をかぶって何も言わなくなってしまった。多分何も言うことがなくなったのだろう。
空夜は朝日が窓から入り込むのを確認すると、ベッド際のライトを消して丸くなって眠りに落ちた。彼にしてみても、付け加えることはなかった。
芳しいお茶の葉の香りが、まだかすかに舌の上に残っていた。