hostility
僕の問いかけにシャロンさんは、驚きをかくせませんでした。
しかし、観念したのか突然、笑い始めました。
「クックック――完璧にしたつもりだったんだけどなあ。やっぱりあいつら全員殺しておくべきだった。」
これまでのシャロンさんではありません――というより、これはもはや人間の放てるオーラではありません。
「貴女の正体は魔物でしたか。」
そのオーラの質、そしてその物量。これは今までに出会ったことのある魔物とは格段に――いや、もはや別物と呼んでもいい程の禍々しいオーラでした。
僕は、ふとパラドール・ジグマが言っていたことを思い出しました。確か魔物の中にはハイクラスな者が居るということでしたね。
現に目の前の女性は人間の言葉を巧みに使い、自身の魔力を隠した上で演技までこなしていたのですから、相当知的です。
以前にも言葉を話す魔物には遭遇したことがありますが、桁違いです。
「よく私の正体に気づけたな、人間。」
シャロンさんの姿が歪んで見えた、次の瞬間でした。
シャロンさんは薄い煙のようなものに巻かれました。
そしてすぐに煙は晴れ、そこに姿を現しました。
「こ、これが魔物?」
僕の目の前に現れたのは、銀色の長めの髪をなびかせた、一人の少年のような出で立ちの者でした。
「これが私の本来の姿だ。光栄に思え人間よ。」
そこには、どこからどう見ても人間と変わらない姿の少年が居るだけでした。
この時、僕の魔物への概念が大きく覆された瞬間でした。
「村の人たちは生きているのですね?」
「ああ、奴等の行動を観察するために飼育しているよ。」
「何のために?」
僕は奴から目を離さずに剣を抜きました。
「演技力をつけるためだよ。私は姿を代えることができる。だが人間の基本的な行動は勉強しなければ真似できないだろう。喜怒哀楽というやつをマスターしたいんだよ。」
「そうじゃない、何故そんなことをするんだ、と聞いているんですよ。」
「別に意味などない。私がそうしたいからしているだけだ。」
完全にイカれていると感じました。
僕は奴の隙を伺っていましたが、隙どころかこの場から一歩も動けませんでした。動けば殺される。そんなプレッシャーが僕を追い詰めていきました。
「そうそう、君の名前は何だっけ?」
「僕はピートです。」
「ああ、そうだったね。あまり興味のない人間の名は覚えるのが大変だね。私の名は……そうだなフォックスとでも呼んでくれ。」
何やら生理的に僕とは合いそうもない奴ですね。
僕は、一つ博打を打ってみることにしました。
先に動かないとフォックスのプレッシャーに押し潰されそうでしたし、そもそもフォックスの武器が何なのかさえ分からない状況でしたからね。
僕はフォックスの懐に最速で飛び込み、寸前でピタリと止まりました。
そして、フォックスの顔面めがけて「ファイア!」と、お見舞いしてやりました。
虚をつかれたフォックスは微動だにしません。僕は、すぐさま愛刀の黒鋼で全力で斬りつけました。
ギィン!
鋭くも耳障りな音が鳴り響きました。
「なんだ、なかなかやるじゃないか、ピート。」
僕の剣はフォックスの、とても、長い爪で防がれていました。
どうやら、これが奴の武器のようです。
しかも最初に放ち、顔面直撃したはずのファイアは何の痕跡もありません。全く効いていないようですね。
フォックスは右手の五本の長い爪で僕を串刺しにしようと攻撃を仕掛けてきました。
その一つ一つが、とても早く重いものでした。
僕は何とかそれを捌き反撃を試みようとしました。
しかし、防御で精一杯です。
僕は、今一度賭けにでました。
フォックスの後ろに視線を向けて、「あっ!」と、驚きの表情で奴の後方を指差しました。
すると、フォックスは、「ん?」と、いった表情で自分の後ろに気をとられました。
先ほどフォックスが言ったように、本当に人間の行動に興味があるのなら、こんなベタな作戦でも引っ掛かかってくれるのではないか、という単純な心理でやってみたわけです。
とにかく、これで一瞬の隙ができました。
僕は腰を深く沈め、天高く舞い上がりました。
そこから、急降下してフォックス目掛け一直線に攻撃をかけました。
隙をつかれた、フォックスでしたが慌てる様子は微塵もありません。
余裕綽々の表情のまま、正面から僕の突撃を受けるつもりみたいです。
「なめられてますね。」
フォックスは爪先で僕を串刺しにするつもりで刺しにきます。
しかし、僕は寸前で身体をスクリュー状に回転を加え、それを避けました。
そして僕の最終奥義の剣技、「鴉」でフォックスの身体を上半身と下半身とに切断した――はずでした。
「人間の分際で、やるなピートよ。」
僕はフォックスを見て青ざめました。
完全な手応えを感じていた僕にとっては衝撃的な光景でした。
フォックスに与えたはずの傷が瞬く間に修復していくでは、ありませんか。
「これは、ちょっとまずいですね。」
「どうしたピート。まだやれるのだろう?私も本気を出そう、お前の全力を私に見せてくれ。」
フォックスは、今度は左手からも爪を出しました。
恐らく奴の言ったことは本当で、まだ本気を出していなかったのでしょう。ですが、僕はもう奥義まで出しきりました。
「ゆくぞ!」
「いてっ!」
フォックスのスピードが数段に増し、僕に襲いかかってきました。僕は、なんとか反応しましたが致命傷を避けるのが精一杯でした。
もう一度喰らえば、確実にあの世行きですね。
「どうした、来ないのならば、もう一発こちらから行くぞ。」
出来れば来ないで欲しいものですが……どうやら最後みたいですね。
死にたくはありませんが、覚悟を決めるしかありませんかね。命乞いでもしてみますか。
こんな状況でも僕は冷静でした。死ぬ間際というのはこんな感じなのかもしれませんね。
「くらえ!」
フォックスは、最後の攻撃を仕掛けようとしました。
その時でした。
「ピート!」
聞き慣れた声が響きました。
どうやら延命できそうです。
そして僕は一言、こう言いました、
「遅いですよ、サーシャ様」と。




