水の神
僕とサーシャ様は、カイールさんが言っていた山の中腹にある池へと、やってきました。
期待半分不安半分といったところでしょうか。
しかし、その光景を見て目を覆いたくなるようでした。
そこには、数名の男たちが何やら工事をしているようでした。
「あのー、何をしているのですか?」
その中の痩せた男に声をかけました。
「ここの水を引くための水路を作ってるんだ。」
「ということは、あちらの集落の方でしょうか?」
僕はその場所から見下ろせる集落を指さして訊きました。
「ああ、そうだよ。あんたらは一体誰なんだい。」
「僕たちはカイールさんの依頼でこの池の様子を見に来たんです。」
「そうか、カイールさんの集落の者か。残念だがここは俺たちが先に引いてしまった、悪いが諦めてくれ。」
やはり、こうなってしまいましたか。何となくこうなるのではないかと予想はついていました。もしかしてカイールさんは確信犯だったのではないかと疑ってしまいたくなります。
だが今更どうしようもありません。僕たちは一旦カイールさんの元へ帰ることにしました。
「そうか、残念なのねん。それじゃあ他の水源を探してほしいのねん。」
簡単に言ってくれますが、あてもないのに見つかる訳がありません。ここは、この仕事をキャンセルして、やはり肉の報酬にシフトしましょう。
「ところで、あの水はどこから?」
サーシャ様は水が張られた農地を見て訊ねました。
「あれは、井戸から汲んだ水なのよねん。本当は井戸の水は生活用水や飲み水に使いたいから、あんまり農地用水には使いたくないのよねん。井戸が枯れてしまったら、ここではもう生活できなくなってしまうのよねん。」
確かに井戸の水も無限ではありませんからね。これは想像以上に深刻なのかもしれませんね。しかし、僕たちにはもう何も出来ません。心苦しいですが、引き上げたほうがよいでしょう。
「……井戸か――そうだ!井戸を掘ればいいのよ!」
サーシャ様は興奮したように言いました。だけど、井戸なんか簡単に掘れないでしょう。思いつきの発言ですね。
「そ、それは井戸が増えれば助かるけど、一体どうやって井戸を、掘るのねん?」
サーシャ様は空を仰いで頭を働かせている様です。
そして、
「私が掘る!」と、豪語しました。
「サーシャ様!?掘るっていっても僕たちには土を掘る道具なんて何もありませんよ。」
「私に考えがある。ちょっとだけ待っていてくれ。」
そう言ってサーシャ様は一人歩き出していきました。
一時間後。
「待たせたわね。さあ始めましょう。」
僕とカイールさんは顔を見合わせて頭の中に大きなクエスチョンマークを浮かべていました。
サーシャ様は僕らにはお構い無しで、おもむろに剣を抜きました。
そして剣を、逆手に持ち、
「モールドリル!」と、叫び、地面に向けて突きを放ちました。
「こ、これは!」
サーシャ様の剣の剣先が鋭く尖り、激しく回転しているではありませんか。
それは、紛れもなく魔法剣でした。
この短時間で新たな魔法剣のイメージを創り、その魔法剣に命名をしたのでしょう。
僕は息を飲み展開に注視しました。
ボコン!と激しく音を立て、地面に縦深い穴があきました。
そして皆が静かに見守っていましたが、残念ながら水は出てきません。
やはり、そう簡単なものではなかったようです。
誰もが諦めかけた、その時でした。
その穴から何やら白い物体が顔?を出してきたのです。
「きゃぁあああ!」
「ふぎぁあああ!」
僕とサーシャ様は抱き合うように悲鳴を上げました。
その穴から出てきたのは、真っ白い芋虫のような謎の物体だったのです。しかも、その大きさは人と同じくらいでした。
「ピ、ピート!早くあれを焼き払って!」
「わ、わかりました。ファイアで退治します。」
僕がファイアを唱えようとした、その時でした。
「ちょっと待つのねん!」
カイールさんは、僕を止めました。
「これは、きっと水神様なのねん。」
水神?この気持ち悪いのが水の神様?あり得ないでしょう。
しかし、カイールさんは至極真面目に言い切りました。
そうなると、僕も躊躇います。神を焼き殺すなんて罰があたりそうですからね。
そうこうしているうちに水神は、また穴の中に引っ込んでいきました。
「も、もしかしたら、そこに水があるのかもしれないのねん。昔から水神様が姿を現すと、そこに大量の水が吹き出すという、言い伝えがあるのねん。」
僕とサーシャ様は顔を見合わせて頷きました。
「今度はもっと魔力を上げるわよ。いけえ、 モールドリル!」
サーシャ様の放った激しい一撃の後、地面の下から、ゴゴゴッ!と地面を揺らすような震動が起きました。
そして次の瞬間、空いた穴から強烈な勢いで水が噴水のように吹き出してきたでは、ありませんか。
「おお!水、水なのねん……熱いのねん。」
「熱っ!サーシャ様、これお湯ですよ。」
「私が知るか!別にお湯でも冷めれば水でしょうが。」
確かにそうですね。何はともあれ、これで農地用水に使えますね。
めでたし、めでたし。
「お湯――閃いたのねん!」
カイールさんは歓喜するように叫びました。
「温泉を作るのねん。ここを観光地にすれば、農業頼りにならなくてもすむのねん!」
なるほど。確かにその方が利口かもしれませんね。なかなか頭の柔らかい人だったようですね、カイールさんは。
「ありがとう、君達のおかげなのねん。これは報酬のエッグブレイドなのねん。それと私が要求した仕事以上のことをやってのけた君らには、おまけに最高級の革で造られた鞘もプレゼントするのねん。」
どうやらクライアントは大満足のようです。これは大成功と言っても過言ではありませんよ。
報酬とプラスアルファ。それにサーシャ様の記念すべき、自力での魔法剣を初めて一つ習得したのですからね。
僕たちはカイールさんの見送りを受けながらビッグベルの町へと帰路につきました。
そこで歩きながらサーシャ様はエッグブレイドを鞘から抜きました。
剣の形状は普通の剣と変わりません。僕はもっと、いびつな形をしているのではないかと、予想していましたが完全に裏切られました。
柄の部分は綺麗な白色をしています。刃の部分は、少し黄色を帯びているような光りかたをしていました。
「そうか、黄身と白身みたいな感じでエッグなのか。」
僕は納得したように独り言を呟きました。
後は、これが幾らくらいで売れるのかですね。
えっ!?使わないのかって。
だってサーシャ様には、父上から貰った、スパロウティアズがありますからね。使わないでしょ。
「ピート。これはお前にあげる。」
「へっ?」
「だから、あげるって……お前には賃金すら払ってないんだから、私からの気持ちだ。その代わり、たまに剣の稽古に付き合ってよね。」
……今のは愛の告白でしょうか。……違うか。
しかし、やはりサーシャ様は以前とは変わりました。
この仕事も、最初から僕に剣を渡すつもりで引き受けたのでしょうか。まあ、僕には分からないことですが、ひとまず、「やったあ!」と、喜んでおくとしますか。
ビッグベルの町から突然、綺麗で力強い鐘の音が響いてきました。
何か町でお祝い事でも、あったのでしょう。
その鐘の音の余韻がいつまでも、脳に響き渡っているような、感覚でした。




