エッグブレイド
「冷えてきましたね。」
「そうね。これを貰っていてよかったわ。」
グラノールさんから譲り受けたコートをサーシャ様は羽織っています。黒い艶のある毛皮、襟にはダークグレーのモフモフした毛があります。とても暖かそうです……欲しい。
何せ僕なんか、薄手の皮の上着ですよ、寒いったらありゃしない。
僕は寒いのが大の苦手なんです。
そんな肌寒い中を歩いていると、前方に町らしきものを発見しました。
「町だ!サーシャ様、あそこで何か温かいものでも食べましょう、ねっ、ねっ。」
僕は懇願しました。
すると、サーシャ様は若干引き気味に、
「わ、わかった。」と仰いました。
僕は一目散に町目掛けて走り出しました。
この町はソルディウス領の北東付近に位置する場所にある、ビッグベル、という中規模の町です。
その名の通り、この町の中心にある高い塔の上には大きな鐘があります。これは、何か大きな祝い事などがある時に鳴らされます。その鐘の音は優雅で力強く美しいと聞いたことがあります。
機会があれば是非とも聞いてみたいですね。
町に入って眺めて、ふと気付きました。町の規模の割りに活気がないということに。
ちょっと寂れた感じに思えます。
「あれは何だろう?」
サーシャ様が足を止めて見た先に人が集まっていました。
僕たちはそこへ向かってみました。
すると、そこには何やら掲示板のようなものが立てらています。
僕は近くにいた婦人に訊ねてみました。
「すいません、これは一体なんですか?」
「ああ、貴方たちは他所から来たのね。これは依頼書板といってね、誰かが仕事を依頼するための立て札よ。」
「なるほど。」
「仕事の内容と報酬が書いてあるのよ。ここは人手が少ないから、一つの仕事だけをずっとやっていくことが出来ないの。皆で協力しあって問題を解決していくために作られた依頼書板ってこと。貴方たちも旅の資金の足しにやってみたら。」
僕たちは促されるまま掲示板に張られた依頼書を見てみました。
そこには様々な仕事がありました。
例えば、盗賊退治やボディーガード、それに弁当売りやら迷子の猫探し等々、色々な種類がありました。
もちろん報酬も多種多様です。
現金払いが多いのですが、他にも米や農産物、剣に防具に農具、はたまた魚や肉といった感じです……肉!?
これはサーシャ様が食いつきそうな物ですね。
しかもこの案件は、手配書に載った男の退治です。
やるなら。これでもう決定でしょう。
僕は一応確認の為、サーシャ様に伺いました。
「サーシャ様、どうします?」
「うーん……これだな、やっぱり。」
そう言って指を差した張り紙を見て僕は吃驚仰天しました。
その内容は、こうでした。
仕事内容、農地の水源確保。
報酬、エッグブレイド一本。
仕事内容は明確ではないし、報酬は剣一本。
一体どんな剣なのでしょう?
僕は自身が作成した、『レト大陸、名剣百選』を開き調べました。
このリストには剣の名前は勿論、作られた経緯などが事細かに書いてあります。
その結果、残念ながら百選には載ってなかったものの、次期百選の可能性のある十本にありました。
ということは、なかなかの良い剣なのでしょう。
ただこの可能性のある十本には概要欄がありません。
従って、それ以上のことは何も分かりませんでした。
しかしサーシャ様は、何を考えているのでしょうか。普段なら迷わず報酬の肉にいってしまうはずなのですが。
ここにきてやっと剣士の自覚が芽生えてきたのか。
何にせよグラノールさんの修行が効を奏したのだと思います。
「サーシャ様。では明日、その仕事の説明を聞きにいくとしましょう。」
翌日。
僕たちは朝から依頼書にあった、カイールという人物を訪ねました。
彼が住むのは、ビッグベルの町から少し外れた小さな農家の集落でした。
そこで対面した、カイールは六十前後の人の良さそうな小太りの、男性でした。
「よく来てくださいましたん。どうぞこちらへん。」
ちょっと喋りかたに癖のある、おじさんです。
少々勘にさわりますが、クライアントなので我慢です。
僕らは促されるまま、カイールの自宅のリビングへと通されました。
「早速だけど、水源確保ってどんなことをすればいいの?」
確かに仕事内容が漠然として、分かりにくいですよね。
「実を言うと水源自体は見つけてあるのですん。近くに池があったたのですが、どうもその池は隣の集落が先に見つけていたらしく、我々は使用することが出来なかったですん。」
「別にお互い使えばいいだけの話しなのでは?」
僕の率直な考えを言ってみると、カイールは、
「その通りなのですん。しかし、この辺りでは水源の池や沼、それから小川に関しては一つの集落にしか水を引いては、駄目なのですん。それなりの大きさの川であるなら例外として複数の集落に水を引いてもオーケーなのですんけどもね。」
面倒くさいきまりですね。
「しかし、それとは別の水源がある、ということでしょうか?」
「その通りですん。その池は、あの山の中腹辺りにあるですん。」
カイールが指した場所には小さな山がありました。
「あの山の中腹なら、そんなに遠くないわね。」
確かに水源はありました。ですが、では一体……。
「では、僕たちは何をすれば?」
「そこなのねん。実は、その池にも先客がいるかも知れないのねん。」
「先客?」
「ちょうど山の反対側にある集落も最近になって、その池の調査に乗り出したのねん。だから君達には、その調査を依頼するのねん。」
僕には嫌な予感がしました。
すんなりといけばよいのですが、念のために聞きたくはありませんが聞いておきましょう。
「あの、もしもその池の水を他の集落が既に引いていた場合は、どうなるのですか?」
「それは勿論、新たな水源を探してもらうのねん。」
やっぱり嫌な予感的中です。そもそも、水源なんてこの土地に住んでいる人の方が詳しいに決まっています。余所者の僕らに見つけることなんて出来るのでしょうか?
「あの他の水源に心当たりが?」
「ないのねん。あるとすれば西に三日ほど進んだ場所に川があるくらいなのねん。」
もしも、近くの池が使用できなかったら、このミッションは失敗に終わりそうですね。
引き返すなら今しかありません。戻って報酬の肉のミッションを受けた方が無難な気がします。
僕はサーシャ様を、ちらっと見ました。
「とりあえず、その池に行ってみよう。」
「ええ!本気ですか。」
「ああ、本当よ。行って駄目ならまた考えればいいじゃない。」
サーシャ様の前向き発言に僕は少しの恐怖と喜びを感じました。
何となく人間的に成長されたのかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。
ただ明らかに以前のサーシャ様とは変わられた気がしました。
「では参りましょうか、サーシャ様。」




