旅の再開は別れの時
修行を終えたサーシャ様は遂にグラノールさんの元から旅立ちます。
この二日間は、とても忙しかったです。旅の準備の為の買い出しや荷物の梱包、パラドール・ジグマへの別れの挨拶、掃除、洗濯、食事の準備にグラノールさんへのマッサージ等々、盛り沢山でした。
その間のサーシャ様とローラスは呑気なもので食べては寝るの繰り返しでした。
その合間には二人で剣の練習もやっていたようなので、まあ良しとしますか。
――旅立ちの日。
「それでは師匠。本当にお世話になりました。」
「し、師匠。お世話になりました。」
サーシャ様とローラスは頭を下げグラノールさんに感謝の意を示しました。
これまで『グラノール様』としか呼ばなかったローラスが最後の最後で『師匠』と口にしたのが、僕的にはちょっと滑稽でした。
「二人共、元気で暮らすのよ……嫌だね、年かしら。」
グラノールさんは目に涙を浮かべておられました。
確かに見た目は、お若いですが相当なお年を召しておられますから、これが今生の別れとなるかもしれません。
そう考えると感慨深いですね。
「ピートちゃん。」
「は、はい。」
「サーシャのこと、くれぐれも頼んだわよ。」
「お任せください。グラノールさんもお達者で。」
巣立ちゆく愛弟子たちの背をグラノールさんは、いつまでもいつまでも見送っておりました。
僕たち三人は、しばらく道なりに黙ったまま歩きました。
すると突然、ローラスが立ち止まり、
「サーシャ、君はこれからどうすんだい?」と、唐突に訊ねてきました。
「……私は、これから北へ向かおうと思っている。あなたは、どうするの?」
「北か。ということは、ここでお別れだな。俺は南へ行く。」
「ギアン大陸に帰るのね。」
「ああ。もし、ギアン大陸へ渡ることがあれば、是非アトラスへ俺を訪ねてきてくれ。」
「うん、そうするわ。」
二人は固く握手を交わし、
「じゃあ」
「じゃあね」と、別れの挨拶をしました。
「ローラスさん、道中お気をつけて。」
僕の存在感が際立って薄く感じられたので、心にもない気遣いの言葉をローラスに贈りました。
「君たちも気を付けてな。」
こうして、僕たちは久しぶりに二人きりになりました。
何となく懐かしい感じです。
「サーシャ様。どちらに行くんです?」
僕は先程サーシャ様が言った『北へ』というフレーズが気になり訊ねました。
「シグレ島よ。」
「シグレ島?確か、大陸の沖合いにある小さな島でしたよね。そんな所に何用で?」
サーシャ様は、一度頭の中で考えを整理するようにして、答えました。
「私の故郷だ。」
これは初耳です。
これまで共に旅してきて出身地も聞いていないのか、と思われるでしょうが、僕にとっては過去のサーシャ様にはあまり興味がなかったのです。サーシャ様も自分の過去をベラベラとお話しする方ではないので昔のサーシャ様のことは殆んど知りません。
ですが最近は、ちょっと気になりますね。
「実を言うと、私にはあまり昔の記憶がないんだ。」
「へーそうなんですか。」
「あるのは父のこと、出身地の名前、そしてピートと出会った時のこと。大きく分けると、その三つだけなの。」
僕としましては喜ぶべきシーンなんでしょうが、どうも素直に喜べません。
「友人などはいなかったんですか?」
「私の故郷がシグレ島だということは覚えているんだけど、そこでの生活の記憶が全くないの。私が暮らしたであろう風景ですら思い出せない。だから一度帰って……行ってみたい。」
確かに全く思い出がない場所ならば帰るという気持ちにはならないですよね。
行ってみれば何か思い出すこともあるかもしれません。それに、やはり気になるのはサーシャ様の母上のこと。
これは僕もかなり気になっています。
まあ、シグレ島までは、まだまだ距離もありますのでゆったりと参りましょうか。
歩きだした僕たちに少々冷たい風が吹きつけました。一年間温暖な気候で過ごした僕には、ちょっと堪えました。
「あっ、風邪ひいちゃったかも。」




