才能と剣
サーシャ様とグラノールさんは本格的な修行に早速入りました。
僕は、その間ただ眺めているだけになります。
心の安らぎですね。僕は何もせずに、そよぐ風と一体になりましょう。癒しの時間ですね。
「サーシャ初めに言っておくわよ、魔法剣は難度が高い。簡単に根を上げないでちょうだい。」
「はい、師匠。」
おやおや、あのサーシャ様が随分と素直なことです。いつもああだと良いのですが。
まあ、とにかく強くなりたいのでしょう。貪欲に強さを求めるのは悪いことではありません。あとは忍耐ですね。
「最初は剣に魔力を流し込む。強すぎては駄目だし弱くても駄目よ。自分の感覚で一定に流しなさい。」
「師匠、一定と言われても。」
「長時間、魔力を使っても疲れないギリギリのところよ。」
「どこですか、それ?」
「私が知るか!」
最初は、こんなもんでしょう。無から手探り状態で何かを始めるのは、とても難しいことです。掴みが重要ですね。何かを掴めば次へいけます。それわ繰り返すことが大事になってきます。
「魔力は流しながら聞きなさい。次は、そのままの状態をキープしたまま自然界に漂うエネルギーに意識を持っていきなさい。分かるわよね?」
グラノールさん、超初心者のサーシャ様にそんなもの分かるはずがありませんよ。
「な、何となく。分かります。」
嘘でしょう!?サーシャ様に、そんな難しいことが理解できるわけない。そう思った瞬間、サーシャ様の睨むような視線は僕に向けられていました。
僕の心を読んでいるのでしょうか。まったく勘だけは鋭い人です……なるほど!サーシャ様は頭で理解しようとはせずに勘に頼っている。なのでグラノールさんの要求に応えられているのかもしれません。まるで野性の動物ですね。
「いいわよ。自然には様々なエネルギーがあるから、それを上手く魔力と組み合わせることが出来れば様々なタイプの魔法剣が使いこなせるようになる。まずは――そうね、炎の魔法剣を完成させましょう。火よ、火のエネルギーを自然から吸収し、サーシャの身体を通して剣にエネルギーを移行させるイメージを描くのよ。」
グラノールさんの言っている意味が僕には、さっぱり理解できません。サーシャ様は、何も言わずに黙々と意識を集中させている様子です。
「感じた!これだ!」
サーシャ様は何かを掴んだようでした。
「燃え盛る炎!」
何とサーシャ様の剣から火が出ました……弱火ですが。
「サーシャ様、それでは剣がマッチ棒みたいですよ。」
僕は笑いを堪えきれず、ばか笑いしてしまいました。だってサーシャ様の剣の剣先から、ちょろっとした火が申し訳なさそうに出ているんですよ。おかしいったらありません。
僕は一人で笑い転げました。もちろん怨念の籠った視線を僕は痛いほど浴びましたがね。
「くっそー!完全にコツを掴んだと思ったのに。」
サーシャ様は悔しそうにしています。しかし、グラノールさんは違いました。
「サーシャ、私は正直驚いた。まさか、こんなにも早く魔法剣の使い方を理解するなんて。驚愕だわ。本当にセンスが良いのね、貴女。いいえ、これは最早天才よ。こんな人見たことないわ。」
グラノールさんは、サーシャ様を絶賛しました。
確かに、そう言われてみるとそうです。
会得するのが難しい魔法剣を、まったくの素人であるサーシャ様が簡単に小さいながら炎を出したのですから、すごいことです。
ただ残念ながら僕には、その凄さが判らないので、やはりマッチ棒にしか見えない滑稽な光景でした。
「師匠、どうすれば強い炎をだせますか?」
「簡単じゃない。剣に流す魔力を高めればいいのよ。やってみなさい。」
サーシャ様は言われた通りに魔力を高めました。
……やはり弱火です。
「ま、まあ人には向き不向きがあるわよね。火系が苦手なだけよ。うん、じゃあ次は氷のイメージで剣を氷結させてごらんなさい。」
サーシャ様はグラノールさんに言われるがまま、また意識を集中させます。
「――きた!これだ!」
……しかし、剣に変化は見受けられません。サーシャ様は刃をそっと手で触ってみました。
「……つ、冷たい。」
サーシャ様、その剣は保冷剤ですか?冷たいだけでは敵を氷らせることはできませんよ。
「上出来よ、サーシャ。初日から剣に変化が表れただけでも凄いことなんだから――あら?今まで気づかなかったけど、その剣はちょっと変わってるわね。魔力が込められているわ。それが魔法剣を使いやすくしているのね。どうしたの、その剣?」
やはりそうでしたか。あのスパロウティアズからは不思議な魔力を感じていました。そんなに強い魔力ではありませんが、何というか安らぎを与えてくれるような温かいミルクの様な、そんなオーラを感じました。
「これは、父から貰ったの。」
「ふーん、ディミトリにね。」
「父を知っているんですか、師匠!?」
「ええ。昔ちょっとね。」
おおっと!急展開ですね。グラノールさんの、「ちょっと」には、どういった意味合いがあるのでしょう?ま、まさか昔の恋人とか?それは、ロマンスに溢れていますね。これは、追求したいところです。
「戦ったことがあるのよ、ディミトリと。」
やっぱり、そっち系でしたか。皆、戦いが好きですね。何が楽しいのでしょう?それよりも愛を求めたロマンスの方が百倍楽しそうですけどね。
「師匠。それで……どっちが勝ったの?」
サーシャ様は、苦しそうに問いかけました。それはそうでしょう。父と現在の師匠。どっちが勝っても負けても複雑な心境ですね。
「私が負けたわ。だって、あいつ魔法が効かないのよ。反則よ反則。剣士としてのディミトリには魔法剣の通じない私じゃ太刀打ちできなかった。超強かったんだから、サーシャのパパは。」
グラノールさんは、どこか嬉しそうに昔話を語りました。そして、サーシャ様の表情にも喜びが溢れています。もちろんグラノールさんの前だけに、笑顔を押し殺しているようでした。しかし、漏れてますよサーシャ様。
しかし、驚くべきはサーシャ様の父上、ディミトリさんです。まさかサーシャ様が魔法剣士になると見据えて、あの剣を贈ったのでしょうか?もし、そうだとすると預言者ですね。
ちょっと興味深くなってきましたよ。
「今日はここまでにしましょう。初日にしては、とても大きな収穫よ、サーシャ。」
グラノールさんに褒められて照れるサーシャ様。なかなか、お目にかかれない、お顔ですね。可愛い。
「じゃあ悪いんだけど、ピートちゃんとサーシャ、二人で夕食の買い出しに行ってきてちょうだい。今日は腕に頼をかけるわよ。」
「肉ですね師匠。」
「オフコース。やっぱりお肉よね。判ってるわねサーシャ。明日からは本気の修行ですもの体力つけなくちゃ。あっ、その前に長老にも挨拶しないとね。」
「長老?」
「そう、一応ね。まあ長老といっても私より年下なんだけどね。」
さすが百年以上生きてきたグラノールさんです。相当な婆さんですね。
「ピートちゃん。今、何か言ったかしら?」
グラノールさんは心の声が聴こえるのでしょうか。恐ろしい方です。
「町までの地図を書いてあげるわね。」
グラノールさんから手書きの地図を受け取り、僕とサーシャ様はお使いで町まで行くことになりました。
今日のサーシャ様は、グラノールさんにべた褒めされて上機嫌です。これなら一緒に買い物に出掛けても無茶は言わないでしょう。
こうして僕たちは黄金色の夕焼け空の下を足取り軽く、出掛けたのでありました。




