02
「こっちです」
閑散とした街並み。左右に見えるのは同じ形に整えられた一軒家ばかり。入れそうなお店も居酒屋やコンビニが僅かにあるのみで、ボウリング場もゲームセンターもない。高校生くらいの年頃の子供が遊べそうな場所はない。
「普段は、何処で遊んでるの?」
なんとなく静寂が嫌でそう言う。
「えっと」
「あぁ、ごめん。東京に比べてその」
彼女の困った表情に、私は慌てて言葉を付け足す。
「そうですね……ここから何駅かしたら大きなお店もあるんで」
彼女は少し困った様子で頬を掻き言う。
「へぇ。君は行かないの?」
「私は、ここが好きなので」
彼女は小さくそう呟いた。
「そっか」
それに返す言葉も思いつかなくて、また静寂が訪れる。
思えば、会話の糸口を切り出していたのはいつも妻だった。妻は私を聞き上手だと言ってくれたが、妻が居ないと私は、人一人とすら満足に会話も出来ないことを思い出させられる。
「着いたよ」
結局、彼女が歩みを止めるまで、碌な会話も出来なかった。
「ここ?」
前にあったのは一軒の平家だった。磨りガラスの嵌め込まれた横滑りの扉。窓ガラスには色褪せた新聞紙が目隠しに貼られていた。現代のコピーペースト的建築とは違う。古い木造建築だ。
もっと大きな工場や、先ほどのビルのような無機質なものを想像していた。どう見ても、まともな設備があるようには見えない。小さなため息が口から思わず溢れて、それを慌てて隠す。
「ただいま〜」
幸い彼女は気付かなかったようで、軋む扉を開けて中へずかずかと入っていく。
「どういうこと? 君の家なの?」
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
慌てて着いていった室内は、古めかしいながらに埃ひとつないほど清潔だった。およそ六畳ほどの小さな空間に、無骨な機械が詰め込まれていた。
眼鏡屋のように展示された商品はなく、玄関脇に姿見が置かれているだけだ。
天井で揺れる豆電球が夕焼け色に機械を染めて、そこだけ昭和に逆戻りしたみたいだ。
鼻を刺す鉄臭さと木材の匂い。ただのボロ屋のようにしか見えない平屋だが、その内面には職人を宿していた。
「おじいちゃーん。お客さん連れて来たよ」
奥に掛けられた簾から顔を出したのは、腰の曲がった老人。
私の顔を見て眉間に皺を寄せる。
「あんた……うちになんの用だ?」
杖をつきながらも、確かな足取りで私の前へと歩いてきたその老人は、私の胸に指を突き刺す。
硬い、枝のような指だ。心臓を突き刺す威圧感に、私は酸素の足りなくなった金魚のように口を幾たびか開いては何も言えずにそのまま閉じる。
「お爺ちゃん! もう! ちょっと失礼しますね」
「あ、ちょっと」
彼女の手は鞄に滑り込んで眼鏡ケースを取り出すと、老人に手渡した。
「これ、直して欲しいんだって」
「ふん」
心臓に突き刺さった硬い指が抜け、私は思い出したように大きく深呼吸をした。
「直してあげれる?」
「ほとんど変わらない状態には出来る」
老人は彼女から眼鏡ケースを受け取ると、中の壊れた眼鏡を細かく注視すると、眉間を揉みながらぼやいた。
「本当に……?」
想像以上に震えた声。老人はゆっくりと視線を上げる。その目からは先ほどまでの威圧感は薄れていて、次に発せられた声は予想以上に柔らかくて、私にはこれまでの何よりも鋭く聞こえた。
「だが、相当酷く壊れてる。新しいのを買った方が安上がりだ。どうして直して欲しいんだ?」




