01
新幹線から降りた私は、スーツの皺を軽く払う。所々錆びついた看板には、掠れた文字でようこそ! と書かれている。私以外に駅で降りた人は居ない。スピーカーから出る掠れたノイズは、もはや何を言っているのかも聞き取れない。どうやら気付かぬ内に、ホラーゲームの舞台に降り立ってしまったらしい。
寝不足で軋んだ身体を伸ばすと左手の指輪に燻んだ色の曇り空が反射して、私の心をより一層、じめりと湿らせる。
水蒸気を多分に含む梅雨の空気を掻き分けて駅を出る。
生まれも育ちも東京。遠出という遠出は高校時代に行った京都が最後の私にとって、そこはあまりにも異様な光景だった。
駅前だというのに、コンビニも食事処も見当たらない。あるのは自販機と公衆トイレ。そして人気の全くない観光案内所のみ。
これが観光なら絶句ものだが、幸いにも目的は別にある。
私は鞄から眼鏡ケースを取り出す。紺色の合皮で出来た安物だ。中には妻の眼鏡が入っている。これこそ私がこの町に来た理由だ。
「どうかされたんですか?」
突然背後からした女性の声に、私は思わず眼鏡ケースを落としてしまう。
「ごめんなさい! 大丈夫でしたか?」
背後に居たのは女子高生だ。茶色いローファーにセーラー服。黒い髪は結ばず肩まで伸ばして、黒の眼鏡を掛けている。セーラー服を折る様にしてしゃがみ、私が落とした眼鏡ケースを拾ってくれる。黒縁の丸眼鏡はサイズが合っていないのか、鼻のてっぺんまで落ちてきていた。
拾ってもらった眼鏡ケースを受け取り私は答える。
「あぁ、平気だよ」
「それ眼鏡ですよね? 傷付いてないですか?」
「大丈夫大丈夫。元々修理に出そうとしてたところだったから」
肝心な修理先を未だ決めていないということを除けばだが。
「……そういうことなら」
彼女は鼻先まで落ちた眼鏡を直し、目を細めて笑う。
「良い場所知ってますよ!」
「良い場所?」
「はい。ってお店もう決めてましたか?」
「いや、不甲斐ない話。丁度どうしようかと考えてたところだったよ」
「いえ! むしろ良かったです。眼鏡の状態見ても良いですか?」
私は部品が落ちないように、慎重にケースを開く。
フレームが何箇所も折れた眼鏡。かちゃりと音を鳴らして私の手の中で揺れる。有名なブランド品という訳ではない、これもケースと同様、普通の雑貨店で買った安物だ。
「これは……中々ですね」
彼女はつむじが見えるほど深く手を覗き込み、小さく呟いた。
「直りそう?」
「大丈夫です! 直りますよ!」
自信満々な笑み。その疑うことを知らない純朴な笑顔に。
「……ありがとう」
私の頬も僅かに上がっていた。




