第8話 向き不向きってあるよね!
タントリリアの《とまり木》。
空路サービスの鳥モンスターが発着陸をする場所だ。専用の場所があることそれ自体が都会の証である。
初回利用から長距離で利用したカスターは、2度目の休憩を迎えるころには上半身を起こして景色を見られる程度には慣れていた。そうすると当然見えるものが増えてくる。
優雅に飛んでいると見えたディーナの派手な動き。例えば回転したり空を蹴るような動作だ。それらは筋肉の硬直や過度の脱力を防ぐための運動なのかもしれないと思えたし、同時に鳥であるヒュールへの指示とも思えた。
カスターたちが元いたチサメからタントリリアへ近づくにつれ、景色も変わる。森、山から河、塀、海へ。まず、見晴らしが良い。地平線から水平線に、遠くに船の黒い点。
ディーナが黒い板に白い文字で観光案内めいたことをしてくれて、海周辺に疎いカスターに教えてくれた。タントリリアははじめての街だ。
まずギルドに行かないとな。
空の上にいるうちからカスターの頭にタスクがひとつ追加される。同時に、上空からタントリリアの全景が見えたことに感動した。陸路では絶対に見られない。奮発してよかった。
カスターは旅行鞄を半分だけ開けてヴィータをつついて見せてあげた。そのあいだ両手でちぎれないように包んで抑える。ヴィータもカスターの手を丸ごと包むようにしてしがみついていた。
ヒュールは街の一点を目掛けて急降下する。本当の急降下よりは緩やかだからそこは客商売。ただし初利用者には優しくない。土台が落ちれば身体が浮く。カスターはまたもやヒュールにしがみついた。
ぶわっ、と空気を散らしながら着陸する。
ディーナがすぐに降りて安全確認。地上にいた《とまり木》職員も駆け寄ってきてヒュールのベルトを掴んだりカスターが降りるのを手伝ったりする。
装備を取り去られたヒュールは足で首を掻く。そして翼を広げて軽く飛び、仲間のいる本当のとまり木へ移動した。クエ、キュイと鳴き交わし会話している風だ。
それを確認したディーナがやってくる。
「今回はご利用ありがとうございました! 慣れてきたら空中飛行もできるので! 懲りずにご利用いただけたら嬉しいです。あ、ポイントカードどうぞ!」
「ありがとうございます。あんまお金ないんで、そんなに利用できないですけど、長距離はぜひ。指名します」
「わ、嬉しい。お待ちしてます!」
「では~!」とぶんぶん手を振るディーナに見送られてカスターとヴィータは《とまり木》から街へ入った。
◇◇◇
《とまり木》の下は市場になっていた。とまり木が屋根になって商店街のようになっている。折悪く到着したのは夕方で、店々は閉店準備、人々はばらばらと帰途に着いていた。普通の格好だ。
カスターはそれを見てほっとした。高望みしなければ馴染めそうだ。ヴィータを掬い上げる。
「ギルドに行って宿を紹介してもらおう」
ヴィータはカスターの腕の中に丸く収まった。
識別札をつけるためにとりあえず巻いているベルトは外さないし、普段は言うことを聞かないこともあるのに、大事なところでは聞き分けがいい。
「今日は大変だったから、フルールさんのお茶飲むかぁ」
ヴィータがベルトに沿ってドーナツみたいに回転した。なんだその動き。
さて、地図を頼りに歩く。街の西から出発して中央へ。そこから街の門までを貫く目抜き通り沿いにギルドがある。宿もあるみたいだがきっと高い。宿前でたむろする一団の装備が良いやつすぎる。
カスターは大荷物にヴィータを抱いたままギルドへ入った。
拠点登録やら諸々を済ませたカスターたちがギルドで紹介されたのは街の北東、港近くの宿だった。朝早くから夕方まで一日中、荷運びや船関係の雑踏と騒音がすごいらしくて労働者向けの滞在先ということだった。どうせ日中は外にいるからなんでもいい、と思って良いじゃん、とすら思っている。
海を満喫できそうだなぁ……良い景色。磯の香りって魚の匂いだったのかぁ。
明日は早速装備屋を探そう。ついでにギルドで依頼を見たいし、飯屋も気になるし、ピクニックセットのメーカーの直販店がギルドの通りにあったよな……
割り当てられた部屋の窓を全開にして風を顔に受けながらそんなことを悶々と考える。
フルールブレンドティーの香りが立ち昇る端から風に攫われるのでカスターは香りを嗅がずに済んだ。
ヴィータはお茶を飲めて素直に喜んでいる。自分の体を器にしてお茶を溜めてるあたり薬草茶よりはるかに良い反応だ。買った甲斐がある。
カスターは夕飯のごった煮を食べた。景色とヴィータを交互に眺めてまったりする。
ごった煮は海のものがたくさん入ったやつで魚醬味。味が濃いからとサービスでピタパンを5枚もつけてくれた。一番安いメニューだったのに親切すぎる。
安い理由は魚市場で弾かれたやつだから。感謝。汁まで完食する。
ヴィータがお茶を飲み終わったのをしっかりと確認してから窓を閉める。
いつものようにヴィータを下敷きにしてベッドに横たわった。
◇◇◇
2日後。
筋肉痛で動けない一日を過ごした翌日に、カスターはスライムの装備を扱っている装備屋の聞き込みを始めた。
まずは宿のスタッフから。
「スライムの装備? 室内飼いするものだと思ってました」
次にギルド。
「オーダーメイドのモンスター装備やってる装備屋はいくつかありますけど……スライムはどうだったっけ?」
「えー? スライムって装備いるの? あ、札を固定するための金具は売ってるの見たことあります」
「それってどこで?」
「いやぁ、わからないな……あ、もしかしたらスライムを飼ってる人たちが知ってるかもですよ。スライム会っていうコミュニティがあって」
手がかりがありそうだと両手をついて尋ねるとコミュニティを紹介された。それって貧乏人でも行けます?
「大丈夫ですよぉ。特にお金取ってるとか聞かないし、活動も派手な印象ないし。スライムって医療用が多いから優しい人たちが多いと思いますよ。よくお年寄りとお散歩とかしてます。出勤途中に見かけるんですよねぇ」
「ありがとうございます。声掛けてみます。あ、ついでにこの仕事受けたいのでお願いしていいですか」
ということでカスターはタントリリアに暮らすお年寄りの平均的な散歩時間に合わせて寝起きすることになった。ちょうど港の稼働時間と同じだ。朝早く、夜も早い。
それと、『海からのモンスターに対する警戒と対応』の依頼を受けたので完全に港の人間になってしまっている。いろんなことができるのが旅の醍醐味。
朝は灯台のボォォという音で目が覚める。
スライム会のことがなくても起きることになってたな……
眠気眼を擦って窓を開けると早朝特有の冷たい風が室内の温度を下げた。
てろてろだったヴィータが一瞬で丸型になる。寒くて縮こまる的な感じかと思ったがヴィータはもとからひんやりしてるんだったと考え直して思考を放棄した。
手早く身支度を整えて胸に警備バッジをつけ、食堂へ降りる。鯖サンドを持ち帰りで頼んで、食べながら街を徘徊した。お年寄りはどこだぁ、と所狭しと建ち並ぶ家々や施設の隙間を遠くまで眺める。が、不思議なことに数日間若者にしか会わなかった。
あと不思議なのは、街の人たちがヴィータを避けて歩くことだ。
カスターの仕事が港の警備なのでそれなりの大人数に出会うのだが、全員もれなく「お」と、ちょっと好意的な顔をするのに近づくと避けて行く。
若者も年寄りも子どももみんな同じだ。
スライム会、もしかすると怖い団体かもしれない。
カスターは捜索を始めて3日目で既にビビり始めていた。
カンカンカンと金属の触れ合う音や陸と船の間に渡された板の音、帆が風に翻る音や地面に落ちる影の揺らめき。話し声、足音、カモメののびやかな鳴き声。照る太陽と波と反射の眩しさ。魚の匂い。風。朝夕ひんやり、昼はじりじり。
「きっつ……」
音を上げた。それはもう見事に。だって、宿が安い理由フルコンボで体験してるんだもん……。
カスターは仕事終わりに裏路地の小さな噴水広場のベンチに寝転がった。
ヴィータがその上を飛び跳ねる。ベルトの金具がカチャカチャと鳴って石畳に跳ね返った。反響込みで静かだと感じる時点でだいぶ参っている。
なにがきついって、海が静かなことだ。モンスターの陰でもあればここまでにはなっていない。
「なにがきついのかな、新人さん」
そびえたつ集合住宅から爺さんの声が落ちてくる。目を開けると上からきんちゃく袋が降ってきた。受け取り損ねて零れ落ちた中身は金平糖とカラフルな飴。地面に落ちる前にヴィータが伸びて受け止めてくれた。お前は綺麗なのか?
カスターはベンチに座った。窓の錠が掛けられる音とカスターが上を確認するのが同時で、そのあと窓の灯りが消えた。あとに残るのは闇と水音。
カスターは立ち上がった。手は無意識にきんちゃくを揉んでいた。カサ、と紙の音がする。
『タントリリア港 常設依頼 港及び海方面の警戒と対応 [総合評価2.4]
タントリリアに来て一週間経たない初心者です。山間の町からやって来て、都会も未経験の田舎者だからでしょうか。
この仕事になかなか慣れることができません。
海特有の香りや風の質感、見晴らしのよさ、快活な港の皆さんの働きぶり。
その最中で警備のバッジをつけて突っ立っていなければなりません。警戒対象は海方面のモンスターです。巡回はありますが、常設という性質上同業が多く、平常時の担当区間が小さめです。港にいるのにあまり動かず、モンスターもほとんど目撃しないとなると集中力を欠きますし、労働の場で自分はなにをしているのか、と気づけば要らぬ物思いに耽っています。あと眠くなります。
タントリリアという街の商業的にも流通的にも、港という形が不可欠で、実際に境界を開いているのですから警備は大切な仕事ですし、人手が要るのも理解できます。
冒険者であれば戦闘の心得が多少なりともあるのは前提。ですからギルドの仕事としては誰でもできる区分になっています。それ自体はとてもありがたいです。冒険者である、というその存在のみで受けられる仕事ですから。ですが山間出身には辛かったです。
でも、仕事終わりに参っていたら親切な方が「新人さん」と言ってお菓子をくれました。
人の往来が多い土地だからでしょう。見ず知らずの旅人にまで親切にしてくださるなんて、と嬉しかったです。
もし、これからこの仕事を受けようという冒険者の方は、港の方とよくお話をされたり、交流の輪を広げると続けやすいんではないかと思います。
私はこの仕事から撤退しますが、これは必要な仕事で、街を守る大切な役目なのだと現地の警備の方がおっしゃっていました。
私たちは冒険者の身分なので、一時の滞在の経験のひとつ、と体験してみるのも良いかと思います。』




