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第9話  カランカラン 俺のこと見えてます!?

 海モンスター警戒の仕事を辞めた日。

 カスターは中央通りのブランド店に入店した。

 目的はピクニックセットだ。この数日をヴィータのために捧げたのだから、


  買っちゃって良いよな!


 と、稼ぎを握りしめてやって来た次第である。もちろん、いきなり「買う」とは言わない。メーカー直販店といえども店頭にあるとは限らない。あと、実物を見る前に買うのはカスターのポリシーに反する。偽物だったらどうするんだ!


「こんにちは! ピクニックセットを見られますか? 空路サービスを利用したときに見て気になって」


 にこやかに迎えてくれた店員さんに開口一番尋ねる。お手本のような姿勢の店員さんは肘を90度に折り曲げて手のひらで店内を指し示した。


「先日丁度キャンセルがございまして。お客様、運がよろしいですね」

「やった! 見せてください!」

「もちろんでございます。どうぞこちらへお掛けくださいませ」


  高級店だ!!!


 カスターは綺麗でつやつやでキラキラの店内に大興奮で勧められるまま席に座った。

 接客担当についた店員さんが奥へ引っ込む。カスターはそわそわとして、広々と陳列された商品をぐるりと見た。

 この店、《アーイン》はもとは旅用の鞄を中心に展開していた。いまも大本は変わらないがカスターが産まれたときには既に『日常にも旅鞄』をコンセプトに方向転換をして独自のデザインを追求。現在は余空間加工品がほとんどで、新米には雲の上の装備になってしまっている。気になる価格帯は、一番安い鞄で長距離空路サービス5回分だ。チサメの宿代が半月分は払えそう。

 カスターの前に箱が置かれる。

 ピクニックと言えば? そう、チェック柄だ。

 箱はチューリップの形をしている。てっぺんのリボンを解いたら開いて中が見えるんだろう。おしゃれすぎる。

 店員さんが「どうぞ」という仕草をするのでカスターは待ってましたとばかりにリボンを解いた。パラリ、と花弁を模した部分が開く。内側と、箱の外側底にチェック柄が入っていて、ピクニックセットはオーガンジーの袋に包まれている。オーガンジーってのはすけすけの布だ。ほっそい糸で織ったやつ。

 店員さんを待たせちゃ悪いので早速ピクニックセットを取り出す。形はキューブ、素材はラタン。素材が軽いから本体も当然軽い。金具がついていて肩掛けベルトがつけられるようになっている。

 おほ~、と店の雰囲気に呑まれた感嘆の声をあげる。机に置いて……なにはともあれまずは、ディーナがやっていた開け方からだ。机に置いたまま上面のボタンを押す。カチっと小さな音がして留金が外れる。キューブ型の鞄の天面と側面の4面がパタパタとばらけて開いた。

 中面の布はチェック柄。


「なるほど! 箱とピクニックセットが同じなんですね!」

「ええ。ベルトにもひとつひとつ、チューリップの刻印が押されておりまして」


 ほら、と店員さんが角度を変えてベルトを見せてくれる。「こだわってますね~」と言いながら、中を見るためにピクニックセットを受け取りなおした。

 6の区画はそれぞれ余空間加工が施されている。実際に見えているより大きい空間を使える魔法を恒常的に定着させたもの。ピクニックセットはそれにさらに入れた物の固定まで含まれていて、ディーナの話では温度管理も出来るとか。期待しないほうが難しくないか?

 まずは内布に指を沿わせてみる。区画の境をなぞると何もないように見える空気の層が僅かな抵抗感でもって存在を主張していた。


「これ、生き物も入れられます?」

「ひとつだけ、入れられるようになっています。蓋の区画なんですけれどこちらのみ、試験済みで保証されています」

「おぉ! 安心だ」

「まさか、そちらのスライムを?」


 店員さんの目線の先にはヴィータがいる。ぽよん。突然注目を浴びてヴィータが跳ねた。カスターがその上に手を翳すと、もちゃ、と手に纏わりつく。ぼよよんっていうドリブル的なものを期待してたんだけど。


「温度管理ができるって聞いてるんですけど、どうやるんですか? 仕留めたての獲物の冷蔵保存もできます?」

「え、えぇ、理論上は可能です。ですが、本来の用途とは違う使い方になってしまうので、なにかあったときに当店では対応しかねることになってしまいますので」

「もちろん。その辺はちゃんとわかってますよ。実際やるかは別として気になったので」

「あ、左様でございますか。失礼いたしました。」


 店員さんが頭を下げる。そんなに丁寧じゃなくてもいいのにと思うが、大丈夫ですよとカスターが言いだす前に店員さんは頭をあげた。

 カスターはじゃあいいか、とピクニックセットをキューブに戻そうと意識を切り替えてばらけた面を立て始めた。


  ……いや、不便だな?


 1面ずつを天面から伸びる金具で留めるのだが、一つひとつそれをやらないといけないのが猛烈に不便だ。開けるときはボタンひとつで出来てしまうが故に、もうちょっとなんとかなったのでは、と思ってしまう。店員さんが「失礼します」と介入した。カスターが手を離すと店員さんは途中まで組み立てられた鞄をまたばらした。開けるときにも押した天面のボタンを押す。するとシュルシュルっと鞄が元通りのキューブに戻った。


「おおお!? 開閉自動? すげぇ!!」


 店員さんが「そうでしょう」とほほ笑む。別席で商品を見ている客と店員がチラッとカスターたちの席を見た。カスター担当の店員さんは次に、鞄を肩から掛けたときに背面になる面のファスナーを開けた。


「こちらから、各区画にアクセスすることができます。こちらの商品ひとつでピクニックを成立させてこそ旅鞄である、との当ブランドの精神を反映させた機能でございます」

「最高すぎる……! いくらですか?」

「9000ゴールドでございます」

「なんっ……ちょっ、とぉ……待ってくださいね」


 カスターは店員さんからの視線を避けて身体を捻り、財布を覗き込んだ。

 ひーふーみー……と数える。3度数えたが6000しか入っていない。うっ、悲しい……。

 カスターはしおらしく店員さんに向き直った。


「ごめんなさい……出直してきます。あの、もしできたら、取り置きとかってぇ……」

「大変申し訳ございません。他に購入されるお客様はいらっしゃらなければ、結果的に後日ご購入いただける、としか私からは申し上げられず……」

「いえ! 大丈夫です。ちゃんと値段まで把握してなかったのが悪いんで! ……うっ、本当に欲しかったっ……」


 カスターは滲む涙を指で拭いながら席を立った。店員さんが慌てて出口まで案内してくれる。道中の短い間で「せっかくですから他の商品を見て行かれませんか? もしかするとお好みのものが見つかるかも」と提案してくれる。カスターは断った。今季のラインナップはビジュアルブックで閲覧済みだ。

 最後に「次回ご来店の際は私、ミルシオをお呼びくださいませ」と出口で深々と頭を下げて見送られる。カスターはギルドへ直行した。たまたま誰もいなかった受付へ行き、カウンターに身を乗り出す。


「すみません。5000ゴールド稼げる依頼ありませんか」


 2000は生活費だ。

 スライム会のことを教えてくれたお兄さんがびっくりした顔でカスターを見て笑った。「調べてみますね」とファイルを捲る。ときどき紙に数字をメモして最後まで閲覧し、席を立って奥へ引っ込む。机に置かれたのは5枚の依頼書。


  『カンタベル氏宅にて余興。武勇伝を2、3披露して場を盛り上げてもらいたい。吟遊詩人も2組来る催しです。』

  『タントリリア沖合の無人島定期調査。本土とは別の生態系を確認済。高級モンスターとの戦闘経験30体必須。』

  『領主子息へ教育指南求む。実地知識希望。地理経済その他。要面談。』

  『特殊素材採取。ノルマ制。採取希望品は以下の通り。』

  『急募! 傭兵! 1名限り! 月俸:平時5000G 緊急時8000G』


  うわ、迷う……。


 カスターはとりあえず依頼書を受け取って休憩所に座った。傭兵の依頼書は返した。

 最終的に残ったのは教育指南と特殊素材採取だ。2枚を前に腕を組む。しばらく身動きもなく悩んでいると後ろから声を掛けられた。


「すみません。このヴィータってスライムはどなたのお仲間ですか?」


 他人の口から出たヴィータの名前に驚いて振り返るとやせぎすの男の腕の中に綺麗な緑のぷるるんとしたヴィータが。


「俺のヴィータです!」


 カスターはギギッ、と椅子を鳴らして立ち上がって手を挙げた。男が来る。


「迷子になっていましたよ。気をつけてください」

「すみません! ありがとうございます」


 ヴィータが男の腕からぴよ~んとカスターの頭に乗った。ベルトの金具がぶつかって猛烈痛かった。

 痛む頭を押さえるとヴィータがそこを体で包んで冷やしてくれる。それをいていた男がふむ、と頷いてカスターに言った。


「余計なお世話だったらすみません。スライム用の識別札を扱ってるお店が近くにあるんですけど、よかったらご案内しましょうか?」

「まじっすか! 助かります。お願いします!」


 カスターは急いで依頼書をかき集めて受付に返してから男のもとへ戻った。男が「こちらです」と歩き出す。店までの会話によると男の名前は『タティオ』というらしい。役所勤務のモンスター対応係、という事は迷子のヴィータを見た誰かが通報したって事かもしれない。


「あはは、実はそうなんです」

「ですよね! なんか俺たち避けられてるっぽいから」

「まぁ、医療用以外で見る事少ないですからねぇ」

「……あれ? じゃあなんでスライム用品が?」


 タティオが立ち止まる。


「ここです」


 指の先は表札もない民家だった。タティオはにこっとして「では」と去る。残されたカスターは頭を振って通りを見た。道行く人がカスターを見ている。いや、ヴィータかもしれない。


  なんなんだ。


 カスターはヴィータを抱えると腰のナイフに触れて、民家のノブを捻った。

 ガチャ。

 開いた。カスターは深呼吸をしてから中へ踏み込んだ。

 まずあるのは廊下だ。廊下の途中に扉はない。突きあたりに布が垂れている。古びているけれど掃除は行き届いている。カスターは警戒しながら一歩一歩奥へ歩いた。

 布の奥へ行く前に隙間を少し開けて中を見る。広い部屋だ。奥だけ灯りがついていて、人の影があった。

 嫌だなぁ、と思いながら中に入る。人影がこちらを向く。目がカスターを捉えた。


「おや! おやおや! いらっしゃいませぇ! なにをお探しですか?」


 店員の顔がパッと明るくなり、表情に相応しい明るさで迎えられる。カスターは戸惑いつつもカウンター越しの店員に近づいた。


「スライム用の識別札を扱ってると聞いて来たんですけど」

「こちらへどうぞぉ。好物はなんですか?」

「え? お茶ですけど」


 ヴィータがカスターの腕の中で表面を揺らす。


「そうですかぁ。淹れてきますね。こちらへお座りになってお待ちください~」


 店員が扉の向こうへ消えた。

 カスターは言葉にならない違和感を覚えながら、ヴィータを勧められた位置に近づけた。カウンターの横のテーブルと椅子の置かれた空間の、テーブルの上のクッションの上だ。ヴィータはカスターからあっさり離れてクッションの上に収まった。

 店員の用意したお茶は、カスターの薬草茶ともフルールのブレンドティーとも違う香りがした。香ばしくて甘そうな香りだ。ヴィータが目の前に置かれたお茶の周りをぐるりと回ってドーナツになる。ずろろ、と周縁から湯呑へ集まって中に納まった。その動きは怖いぞ。


「よかったです。お土産にお包みしますねぇ」

「あの」

「それでは識別札をお求めとのことでぇ、いくつか持って参りましたのでお好きな物を選んでくださいねぇ」

「あ、はい」


 店員が机にぐるりとヴィータを取り囲むようにして識別札を並べる。ヴィータが湯呑を中心にぺしゃ、と広がった。カスターは識別札を見る。

 数は6個、デザインも6つある。三日月に白のチャームがついたやつ、蹄鉄の形の金具とその中にXの軸棒と真ん中に赤の飾りのやつ、上限の月みたいなやつの両端に雫型の部品と飾り中央に星の透かしのやつ、ティアラ、王冠、玉。


「あの、これが識別札ですか? 名前を書くところが無いんですけど」

「どれにします?」


 再度「選べ」と促された。ぇぇ、と思いながら目を店員から商品に戻して少し迷い、蹄鉄に手を伸ばす。縁起物だし。

 カスターの手が蹄鉄に届く前にヴィータがすべてを弾き飛ばした。カランカランとあちこちから音がする。カスターはヒヤッとして店員を見た。店員はにっこりしている。


「おやおやまあまあ、でしたらこっちはどうですか?」


 店員が出してきたのは輪っかと曲がった角が合体したやつだ。輪っかのほうは黒い。角は綺麗に加工してあってつやつやとしていた。店員がヴィータの前にコト、と置くとヴィータはこれを一度体の中に入れてぐるぐると回してから角だけ出して揺らした。カスターは焦る。


「ちょっと待てよヴィータ、それ輪っかのところ東海鋼なんだけど。高いんだぞ? 払えないかも……」

「そちらはサーヴィスにしましょうねぇ。識別札は大事ですから」

「なんて太っ腹なんだ……! ありがとうございます!」

「申し遅れましたぁ。わたくしメンダ―と申します。札の仕上げをしましょうねぇ」


  なんか、テンポが始終合わないな。


 カスターは頭を掻いて仕上げとやらを眺めた。

 仕上げはこんな感じだ。

 メンダ―が角に指を当てる。角の表面に模様が浮かぶ。模様の要所要所に飾りの色石がつけられる。


「……採算どうなってんだよ」

「どうですか? 綺麗でお似合いですよぉ」


 ヴィータに鏡が向けられる。ヴィータは鏡の前で膨らみ縮み上に伸びて、でろ、と広がり丸に戻る。上部と下部が逆回転してくねくね回った。なんか知らんが喜んでるっぽいな。


「よかったぁ。ではここにおまけもつけちゃいますねぇ。前のより良いやつなので邪魔にならないですよぉ」


 メンダ―がメンマくらいの形と大きさのシルバーチャームを輪っかと角の接合部に付ける。カスターが覗き込むと番号と『ヴィータ』と書かれていた。こっちが識別札じゃん。


「ではでは、お代をいただきましょう。この瓶にちょびっとでいいので」

「は? さっきサービスって言ってませんでした!?」


 カスターの抗議をよそにお会計が済む。ヴィータの一部が瓶に入った。メンダ―がそれにコルクをねじ込んで自身のポケットに入れる。


「ご利用ありがとうございました~。ご相談はいつでもお受けしております。あ、人間さん」

「カスターです!」

「どうもぉ。カスターさんはスライム会をご存じで?」

「まぁ、名前だけは。会いたいのに会えないんですよ」

「識別札にお印をもらってくださいねぇ」

「だからぁ! 会えないんだって」

「あら、お帰りですねぇ。ヴィータさん、お土産をお忘れですよぉ」


 メンダ―が掲げた小袋を床に降りたヴィータがビュン、と攫い角に引っ掛けて出口に向けて跳ねる。カスターは「ありがとうございました!」とお礼を叩きつけてヴィータを拾い上げた。


「カスターさん。レビューは書かないでくださいねぇ」


 メンダ―の声がカスターの背に投げ返された。

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