第9.5話 スライムの可能性
「ん? あれ、ヴィータ。メンダーさんがくれたお土産どこにやったんだ?」
店から出たカスターはしばらく通りを歩いた。ヴィータを抱える位置を変えたときに、ヴィータの角に何もかかっていないことに気づく。どこかに落としたのかもしれない。そう思ってカスターは踵を返してもと来た道を戻った。
メンダ―の店の前まで辺りを見ながら歩いたがなにも落ちていない。ヴィータはぷるぷるたゆんたゆんでいつも通り。
「えぇ? 誰かに取られたか?」
そう言って首をひねりつつ宿へ帰った。
部屋に入るとヴィータがすぐさまカスターの腕からぴよんと丸テーブルに飛び乗る。テーブルの円周をぐるぐると這って走り回ると縁からでろんと垂れて床に降り立った。
カスターは、なにをやっているんだ、と疑問に思いながら机についてお菓子の袋を開けた。港の仕事で参っているときに貰った菓子入りの袋だ。中から紙を取り出す。『35』と書いてある。
どう考えても爺さんの部屋番だろう。
さっそくカスターはヴィータを誘って宿の食堂へ向かった。腹ごしらえをして、菓子を投げられた裏路地から集合住宅へ向かう。階段を上がって3階へ。階段から5番目、『35』の表札の扉をドンドンドンと叩く。中から音がして、しばらく待つ。音が気のせいだったかと思うくらい待ってやっと扉が開いた。
「あいよ。おや、よく来たね」
爺さんの目が下へ落ちる。目線の先にはヴィータ。
「うん。明日は6時半だからね。お迎えを待ってるよ」
――ばたん。
扉が閉まった。
「は? え? なに? 迎えに来いって? はぁ? あいにくですけどぉ! 介護やってないんですよ! ちょっとぉ? 聞こえてます?」
返事はない。戸口に出たのは確かに菓子をくれた親切な爺さんだ。声が一緒だった。
カスターはヴィータを両手に抱えて、どういうことだよぉ、と嘆きながら宿へ戻り、風呂に入り、ふて寝した。こういうときは寝て忘れるに限る。
カスターは酒をやらない。
◇◇◇
6時半。
ドンドンドン!
「おはようございます~! 昨日の者ですけどぉ、来たんで開けてもらえますかぁ!」
カスターはやけくそ気味に爺さんの部屋の扉を叩いていた。
朝は灯台の音で寝てられないし、早く起きたらその分やることが早く終わっていまの時間はもう暇だし、暇だから物見遊山で来ただけだし。
ってこうやって悩むの嫌なんだよ。勘弁してくれ!
ドンドンドン、とまた扉を叩く。中から「そう急くな。すぐ出るよ。あとは帽子を被るだけだから」と声がする。数秒静かになって、扉が開いた。
「お待たせ。行こうか」
爺さんは矍鑠と歩き出した。カスターにはこの爺さんがボケているのかいないのか見分けられない。徘徊老人だったら大変だ。カスターは渋々ついて行った。
「いやぁ、日の登るのが早くなったね」
「温かいと関節がスムーズで助かるよ」
「そういえば昨日お茶を飲むたびむせてしまってね。いい筋トレを知ってるかい?」
「近所のばあさんが金を借りに来たんだよ。なんでも孫の結納だってさ。人の金でやることかね」
道中の爺さんの口は開きっぱなしだった。カスターは相槌を打つのみだ。朝から興味のない話とは、怒り心頭胸つかえ、いまはうんざりの境地である。
カスターは顔を覆ってため息を吐きつつ「そうっすね」と返す。
「ほれ、着いたよ」
と言われて見れば中央広場左下側の1階建ての公共施設だ。『タントリリア寄合所』とある。爺さん以外の年寄りも続々と入っていくし、若い人間もなにやら箱を持ってやって来る。爺さんが「おーい、置いて行くぞ」とカスターを呼んだ。
「ようこそ、老人会へ。若者はまあ座ると良い」
施設の一室へ案内されるなり椅子を指される。いくつかのグループに分かれた配置だ。「どうも」と近くのひと塊に座る。他のグループにも座っている若者がいて、謎の箱から青いスライムがぬるっと出てくる。年寄り衆はテーブルに布を被せて菓子を並べ、簡易台所で湯を沸かしている。
「おはようございます~。初めての方ですね。まあ、素敵なスライム。あなたのスライムですか?」
「え、ええ。ヴィータって言います」
「へぇ、ヴィータちゃん、よろしくねぇ」
同じグループに座った女性に話しかけられた。
「お湯が沸いたんがなん飲むか?」
婆さんがやかん片手にやって来て、いろんなお茶の入ったケースを「ほれ、選びや」とテーブルに投げた。女性は普通に「え~、なににしようかな」と選びだす。カスターは「うわ~合わねぇ」と思った。
ヴィータが床からカスターを伝ってぬろぬろとテーブルに上がる。上がったところでふるる、と身を震わせると体の上のほうからティーバッグが出てきた。婆さんが「それかね」と受け取りコップに入れて湯を注ぐ。香りを嗅いでカスターは勢いよく立ち上がった。
「ヴィータ! お前、昨日無くなった土産自分で持ってたのかよ!」
ヴィータがカスターの顔面に体当たりした。




