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第5話  始めたからには終わらせる!

 目の前に桶。

 カスターはその上に覆い被さり縁を握る。

 フルールがその前に膝をついて両手に拳を握った。

 胃の中のスライムが内壁を覆っている。うねうねと動いているのか胃が痒い。


「うぅうぅ、きもちわるい」

「その調子ですよ、カスターさん。ほら、大きく口を開けて」


 飲んだときより粘度を増した液体、もといスライムが喉を這う。ぴたりと、ひんやり冷たいジェルが張り付いているみたいで咳が出た。


「カスターさん? 喉を開かないと。通りにくいじゃないですか」


 カスターはスライムが生きて出てくると思えばこそ、頑張れている。

 フルールがカスターの口を覗き込んだ。カスターの喉奥に光を当てて笑顔で応援する。


「いいですね、ちゃんと来てくれてますよ。ん~えらいですね。真綿のベッドから地獄の現世へようこそいらっしゃい!」


 喉元まで来ていたスライムはフルールのこの言葉を聞いて一度波立つと、さぁっ、と胃の腑へ引き上げてしまった。カスターの体感では冷たいものが身体の中央を落ちて胃に溜まった感じだ。重いし寒い。


  ……お腹痛くなってきた。


 カスターは桶から手を離してお腹を抱えた。


「余計なこと言うから……!」

「あら、残念」


 フルールは悪びれる様子もなく立ち上がるとカスターをそのままにキッチンに立った。

 すぐに彼女オリジナルブレンドティーの香りが漂ってくる。

 その香りにカスターはまたもや吐き気を催した。



  ◇◇◇



 熊の上でスライムを飲んだあと、初めて飲んだフルールのお茶に打ちのめされてカスターはそのまま気絶した。


 目を覚ますと見慣れぬ部屋。

 天井は目に入らなかった。なぜなら壁に凭せかけられていたからだ。

 見回した部屋は酷いものだった。

 本棚はほとんどの段がスカスカで横倒しになった本があり、そのくせ床にも台にも平積みの本が無造作に置かれている。開かれた本、その上に乗るマグカップ。床に転がるペン。

 カスターが座っている場所だけ物が避けられているがその床自体はいつ掃除したんだと思うような有様だ。乾ききった泥が張り付いている。

 カスターの左側の扉が玄関っぽい。右側は壁で仕切られているけれど扉のない大きな間口が隣室を露わにしていた。

 そこからフルールが湯気を立てるコップを持って現れる。


「おはようございます。カスターさんの勇気あるご決断に敬意を表し、まずは一杯」

「あ、ありがとうございます」


 フルールの手からコップを受け取る。中身は……


「これ、健康茶っすか」

「ええ、あなたが気絶したのと同じ配合です」

「えっと、他のがあればそっちを」

「駄目です。スライムをテイムしたときのとも同じなんですからこれでないと」

「でもぉ」


 カスターは粘った。

 しかし「スライムのためです」と言われたらどうしようもない。

 ひと口だけ飲む。

 苦み、甘み。飲んだ瞬間に胃の辺りがきゅうっとなってお茶がせりあがってきた。しかし口に戻る前に引いた。


「どうでした?」

「なんか、不味いのは変わらずなんですけど」

「美味しいと言ってくださいね」


 フルールが笑顔で訂正する。ブレンドティーの感想に厳しい。

 カスターは咳ばらいをして話を戻した。


「いま、ものすごくお腹空いてるんです。昨日も予定外に野宿になったし。お腹空いてるときって食べたものが戻って来るってないじゃないですか。でも」

「戻って来たんですね? でしたら、それはスライムが元気に飲んでくれてる証拠です。よかったですね」

「そうなんですか? え、胃に居座ってるの?」

「そうみたいですね」


 フルールがカスターのコップの底に触れて次を飲めと促す。飲む。胃に届き、一度戻って来て無くなる。飲んだときの衝撃とあとから来る波でカスターはひと口に二度お茶を味わう羽目になった。



  ◇◇◇



 冒頭の出来事はそれから翌日のことである。


 その間フルールがカスターに用意したのは激マズのお茶のみ。水も飲ませてくれない。荷物も取り上げられて目の前には常にコップが置いてある。冷めたら取り替えてくれるが湯気から漂う香りは救いにならない。

 スライムが元気になっている実感はある。香りにつられて中身がうごめくから。

 カスターはその香りで味覚の衝撃を思い出して吐きそうになる。

 しかし中にはスライムのみ。えづいても出てこない。ぬろぬろと喉を擦られるだけだ。

 また一杯。淹れたてのお茶が置かれた。


「さっきは惜しかったですね。体感ではどうですか?」

「待ってる間も喉を擦られましたよ」


 飲むのは辛いので口を開けないままコップを傾けて上唇を濡らす。

 フルールは顎に手を当てた。


「うーん……出てきたがるほどではないんでしょうか? 快適な胃の中で好物に囲まれたい欲のほうが勝っている」

「そろそろ倒れそうなんですけど」

「それならもうすぐ出てきますね!」

「寄生虫みたいなこと考えてます?」

「飲んでください」


 フルールがカスターに指示して、自分はゆで卵を剥き始めた。


  いいなぁ。


 カスターはそれを横目にお茶を飲む。

 飢えと渇きがかろうじてお茶を受け入れさせていた。

 異変はお茶を3口飲み下した瞬間に訪れた。

 腹の底から身体の中に氷を詰められたような寒さが全身に広がる。

 手が痺れてコップが床に落ちた。息が浅く激しくなる。

 フルールが椅子を倒しながら立ち上がりカスターに駆け寄った。

 うつぶせに倒されて床との間にクッションをねじ込まれる。浮いた頭の下に桶が置かれる。


「カスターさん、力を抜いてくださいね。絶対に力んじゃだめですよ」

「むりっ」


 フルールがカスターの顎を支えてスライムの通り道をまっすぐに保つ。

 がっしりと上下の顎の境を掴まれて口を開けさせられた。


 どろり。

 器官を這うのはもはや固形物にも似た圧迫感で道を押し開ける塊だ。それがカスターの胃から桶までの間を延々と移動する。えづきそうな状況だが体温がものすごく下がっているせいでそれもなかった。

 フルールに言われるまでもなく、身体に力が入らない。

 出てきたスライムは桶に至ると粘度を緩めてぷるるんと光を反射した。


「さむい、さむいっ」

「まだ終わってませんよ。外からのあなたを教えてあげないと、また入ってきます!」

「うっ、うっ……つらいぃ」


 スライムの行進が途絶えてすべてが桶に落ちたあと、フルールは震えるカスターの両手を桶に突っ込んだ。泣きながらゆるゆると手を動かす。


「カスターさん。そんな気持ちではスライムが安心できませんよ」

「生きててよかったよぉ!!!」

「その調子!」


 スライムの全身を満遍なく撫でるイメージでぽよよん、ぽよんと撫でさする。

 手触りは初テイムのどろどろよりずっと良い。

 形が定まってくるとスライムは桶の中で発酵中のパンのようになった。

 色は緑。見た目はグラスアイだ。ひと際色の濃い中央部とその周りを覆う透明な緑で構成されている。

 艶を増して光をつやつやと反射する。撫でた感触は「さらり」から「すべすべ」になっていた。

 カスターが腕を回してぎゅうぎゅうとハグしていると上から毛布が降ってくる。やけに温かい。

 カスターはスライムから手を離して毛布を身体に巻き付けた。

 フルールはスライムの傍にしゃがむ。


「まあ、大きくなりましたね。色も深くなって、つややか。美人さんになりましたね。素敵です」


 と撫でる。スライムが桶とフルールの手の間でぼよよんと跳ねて揺れた。



  ◇◇◇



 進化したスライムはフルールの家中をぽよんぽよんと跳ねまわり、フルールからお茶を与えられて床に広がり輪郭をぷるぷると波打たせて過ごしている。

 対するカスターは部屋の隅で毛布にくるまり、眠気に抗って粥を食べていた。

 スライムが中にいた間は実質絶食状態だったから優しい食べ物から始めなければ身体を壊す。

 しかしそれもスライムが出てから二日で終わった。


「おつかれさまでした」

「もう二度と嫌だ」


 家の前で伸びをする。足元にスライム。目の前にフルール。

 カスターはフルールからティーバッグを1箱買った。

 山に戻る。

 熊系モンスターの討伐はまだ終わっていない。


  スライムの心配はなくなったし次は肉に集中しよう。ジャーキー。

  あとグリップをちゃんと試したい。


 カスターは目標を決めるとA級の熊を探して山中を彷徨った。

 A級の見た目は、黒くて腹が白い。耳と耳の間の毛が逆立っている。大きい。

 攻撃は爪からかまいたちを出す中距離型で、脚力を活かした高速体当たりもある。

 毛皮は絨毯になることが多い。

 こいつの発見は谷間から見て5メートル上の傾斜から生えている樹上。食事中だ。

 カスターは熊めがけて石を投げた。

 跳ね返って落ちてくる。熊もカスターを見つけると幹を蹴って勢いをつけて降りてきた。

 木が大きく揺れる。バラバラと木の実が散らばり落ちた。

 カスターは熊の挙動を見ながらナイフを抜くと構えた。

 厚いグリップを握りしめて指を食い込ませる。ちょっと弾力が強すぎかも。

 最初に動いたのは熊だ。

 落ちた木の実を拾って食べる。


  冬眠明けぇ……!


 カスターは拍子抜けした。この熊は食い気が勝っている。

 だがカスターのほうも挑む気満々で石を投げたのだ。

 やろうや、と近づくとようやくカスターを敵認定してくれた。

 近づいていたのでかまいたちの影響を受けずに懐へ入り込んで思い切りナイフを叩きこむ。

 左手に握ったやつを右手で補助してバーン、と。

 柄から衝撃が全方位に巻き起こり落ち葉を吹き飛ばした。

 熊も絶命して後ろに倒れながら数メートル飛んでいく。


  やけに強いな……


 カスターは手の中のグリップを眺めた。


『武器屋ヴィルモア 素材持ち込み式カスタムサービス [総合評価4.3]

  アーネット社/東海鋼ナイフのグリップをカスタムしました。

  ヴィルモアさんを訪ねる前に金物屋へも行ったのですが、そちらでは武器のグリップがデザイン・素材共に限られており決めあぐねてしまいました。そこの店員さんが親切にもヴィルモアさんを教えてくださり訪ねた次第です。

  ヴィルモアさんではまずカスタムは原則素材持ち込みなのだと説明があり、持参した武器に合う素材を持つモンスターの選択肢と生息地、それから狙うべき個体についてもご教授いただけました。

  私は冒険者などやっていますが特別モンスターに詳しいわけではないので親切な対応に感謝しかありません。

  今回お願いした素材についてですが、蛇・トカゲ・竜と選択肢があり、個人的な好みでトカゲを選択しました。東海鋼ナイフの元のグリップは竜です。

  トカゲは近隣で一番グレードの高いトカゲについてとその中でも若い個体が良いことを教えていただきさっそく繰り出したのですが、余計な殺生をしたくないという私のこだわりから年寄りをお渡しすることになり、無茶ぶりをしてしまったなぁ、とその時は反省しました。

  そういうわけでデザインについても特に希望せずお任せしました。

  完成品は、深いボルドーに明るい金紐で仕上げていただき、ナイフの使用期間に対してふさわしくなるよう配慮してくださっていました。

  年寄りゆえに分厚い革で太めのグリップになりましたが、力強く縛ってくださってボリュームが抑えられています。ひし形の模様になるように紐が渡されているので革がそれに従って浮き上がり、模様としての美しさもあります。

  弾力は強めですが、敵に切り込んだときの威力はすさまじく経験豊富な後見人が着いてくれているような安心感があります。

  攻撃の威力は、力いっぱい叩き込んで半径3メートルほどの全方位衝撃波、といったところでしょうか。新たな技を身に着けたような高揚感でテンションが上がりました。

  もしまたカスタムしたい装備があったときはヴィルモアさんを選びます。

  料金について念のため。

  素材と武器のグレードによって幅があります。

  難しいほど高くなりますので事前に予算をお伝えされることをお勧めします。』

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