第4話 転落注意 せめて好物を食わせてやりたい!
トカゲ戦を終えて3日。
カスターの朝の日課は、机に置いたスライムの様子を見ることになった。
トカゲ戦の帰宅後のこと。
水筒に入れて持ち帰ったスライムを、ザルに漉して瓶へと移した。砂利を取り除き大切に密閉する。
ガラス越しに見るスライムは、苔色だ。もとは水色だった。
それから事あるごとに取り出して見ているが、特に変化はない。どころか日増しに色を濃くしているように見えた。
悪いことが起きているのだけはわかる。
カスターはギルドへ入り浸った。
目的はスライムのテイム時、ティーバッグを売ってくれた女性に再会するためである。
位置取りは出入り口が見える場所、冒険者がよく見えるカウンター付近だ。
依頼書のコピーをまとめたファイルを占領してのんびりとページを捲るが心は嵐。
カスターは貧乏ゆすりをして次々とやってくる来訪者を盗み見た。
「カスターさん」
「あっ、すみません! 返します」
受付のお姉さんが話しかけてきた。
スライム捕獲網改良版試用試験の際に世話になった人だ。カスターがファイルを占領しているので、他の冒険者の迷惑になりそうな頃に声をかけてくるようになった。依頼書は壁一面の専用棚にもあるが、一括で見たい人もいるのである。
カスターはファイルを閉じてお姉さんに差し出した。
お姉さんの手はそれを押し返す。
「長時間利用したからには、何か受けますよね?」
「えっ、あ、はい。受けます!」
首を傾げてからにこりと微笑んだお姉さん。
依頼受注を断ったら迷惑行為を叱られて追い出されそうな雰囲気だ。
カスターは急いでファイルを開いた。内容もよく読まずに見せてしまう。
「承りました。頑張ってきてください」
ポン。
《受注済》のスタンプが押された。
◇◇◇
武器屋にナイフを取りに行く。
依頼に必要だからだ。
依頼内容は熊系モンスターの討伐と解体5体。
皮と肉と内臓、と綺麗に分けて持って帰ったら肉一頭分はジャーキーにしてくれるらしい。朱書きの大文字で「内臓一頭分差し上げます」ともあったがそんなものが殊更欲しい人間などいるのだろうか。
ナイフを受け取るついでに聞いてみよう。
「内臓をもらえる理由? 熊の内臓って言ったらアレだ、薬になるだろ」
「ほう、薬か……」
「それより出来を確かめてくれよ。手を尽くしたが年寄りだったもんでちっと使いにくいかもしれん」
言われてカスターはトレーに乗るナイフを手に取った。
まずは灯りに翳してみる。刃の鋭さは変わっていない。いや、少しだけ輪郭がはっきりしたか。研いで、薄く錆止めを塗ってくれたらしい。
次に手を開いて柄を見る。
持った感じは弾力が最初に実感された。
採取した皮は若い個体がいいとされるが、カスターが取ったのは結局年寄りの皮になったので厚めだ。
しかしごわつきがないので、相当気を遣ってくれたのだろう。表皮も、毛羽立ちそうなものだが滑らかに整えられていた。
色は黒に近い赤、ボルドー。
固定のための紐は明るい金だ。
紐は柄両端に隙間なく巻きつけられたものが柄全体をネットのように粗い菱形を作りながら渡っていた。キツく縛られているせいで革の部分が浮き出ているように見える。当初の予定のパールリボンはこの革を押さえるには強度が足りない。
腕を伸ばしてナイフ全体で見れば落ち着いている割に派手だし金が目立つ。しかし金を暗い色にしたら見た目が重くなるのは簡単に想像できた。
とにかく、素材に対してこれ以上良い組み合わせはないだろうと思われる出来栄えだ。
「完璧です。確かに太さが前より太いですけど、鍔は機能しますし、自分で持ってきた素材に文句はつけませんよ」
ナイフを鞘に入れる。「そりゃ良かった」と店員さんが笑う。料金を払って店を出る。瓶を光に翳す。
深い苔色だ。光が通ったところがまだ緑だとわかる。軽く振ると液体がゆらんゆらんと動いた。
さて、向かうは山だ。
カスターの腰には素材運搬用にと渡されたポーチがぶら下がっている。
見た目より中が広く、たくさん入るので冒険者に人気のバッグである。便利な分だけ値段も高い。カスターは今回のように依頼で使うのみで自分のものとして所持したことはなかった。
熊の内臓が薬になるならスライムに……その前に医者に行ってなにに効くやつか聞いてみて……
心の中でぶつぶつと言いながら歩く。
石畳の道を歩き、露天で干し菓子を買う。山へ向かい、登山道からおもむろに獣道へ入った。
熊系の生息地は山や森林だ。ときどき人里に降りて来ては作物を荒らすこともある。
厄介なのは、餌場を知ると頻繁に来るようになるということだ。追い返しても今度は仲間を連れてくる。なにもしなければじわじわと活動範囲を広げて最後は村ごと乗っ取られるのだ。
そうなったところに人は住めない。ので、定期的な調査と討伐はギルド所属冒険者の義務でもある。
そこには納得している。しかし、これは想定外だ。
見つけた熊と交戦中、攻撃を跳ね返したら熊が落ちた。崖から。
「ぇぇ……初めての事態」
驚きすぎて声が細くなる。
熊は重量が重いから、跳ね返した程度で吹き飛ぶなんて今までなかったのだ。
カスターは困り顔で崖下を覗いた。
地面まで約10メートル。
落ちた後に転がったようでカスターが予想していた落下地点より先から音がして木々が揺れた。
音が遠ざかる。
逃げられたっぽい……けど見に行ったほうが良いんだろうな。
カスターは頭を掻きかき、崖下へ至る道に進路を変えた。
道中で3頭狩る。戦闘の調子は良かった。見つけられる確率が高いのは個体数が増えているからだ。
あの一頭が落ちなければもう引き返していたのに。
薄暗い山中で軽く文句を言ってから、今夜の寝床を探す。
木の傍——なるべく大きいやつ――で枝が低い位置にあればなお良い。これはカスターの好みだ。
一番下の枝が、カスターが背伸びをしてなんとか届く高さにある木があった。
傍へ寄ってポーチを探る。備品のハンモックを出して枝に括りつけた。
よじ登って横になる。辺りはすっかり真っ暗闇。
カスターはポケットに手をいれて瓶に触れつつ迷ったが、結局そのまま眠りについた。
こうも暗くては見たくても見られない。
◇◇◇
翌日、探索へ繰り出す前に川に寄る。
野宿が決まったときに沈めた熊を引き上げた。こうして冷やしておくと傷みにくい。
あとは、血抜きがしっかりされる。臭みは血抜きの精度によるから。どうせなら美味しく食べたいし、報酬のジャーキーがどの肉で作られるかわからない。
それより内臓だ。
依頼書の書き方的に5頭分を全部揃えるのが条件っぽい。
カスターとしては残り2頭を仕留めたいが、もし崖から落ちた熊が見つけられればそいつの状態いかんにかぎらずそれを持って帰るつもりだった。流石に鳥にやられていたら土に埋めるが。
とにかく、
やつを見つけなければ話にならない。
カスターは目当ての熊が逃げた方角へ足を向けた。
◇◇◇
「あら」
カスターが歩き続けて……道中では4頭目を仕留めたりして分け入った先で、待ち人が熊の内臓を手にカスターを振り返った。
「あ、どうも。奇遇ですね」
こんな待ち人は嫌だ。の代表格では?
当たり障りなく笑みを浮かべて挨拶をした。
「そうですか?」
馴れ馴れしかったようだ。
カスターは挨拶が成立した箇所で立ち止まった。ティーバッグの女性が捌いている熊を指す。
「多分なんですけど、俺が追ってたやつじゃないかな~、なんて」
「弱らせてくれたんですね。でも早い者勝ちなので」
「っすよね」
「はい」
沈黙。
カスターは指さしていた手で首を擦った。
「手伝いますよ。重いでしょう」
「まあ、それはテイムのお礼ですか?」
笑顔の頭が、こてん、と傾げられる。
ちゃっかりしてるなー……
カスターは「もちろん。その節は、本当にお世話になったので」と言いつつ、女性と熊の下へ歩いた。
ナイフを抜きつつ次にすることを察する。
「足回り切っちゃいますね」
「お願いします」
許可を得たので解体に参加する。右前足から手をかけるが、詳しくはいいだろう。
解体中に女性と会話を試みる。
「まだ名乗ってませんでしたよね。カスターといいます」
「あら、良かったのに。んー……フルールです」
「え?」
聞き覚えのある名前だ。思わず聞き返してしまった。
「偽名では、ありませんよ」
「いやそれは、偽名でも良いんですけど」
《森のフルール》って知ってます?
聞いてしまった。
暫定フルールさんは何事もなかったように解体を続ける。勘違いか?
「露出は少なくしているつもりだったんですけど、ご存じでしたか」
「やっぱり! 武器屋で視覚系強化剤を試させてもらったんですよ! めっちゃいい薬でした!」
カスターがテンションを上げてそう言うとフルールさんは顔を顰めた。
喜んでもらえると思っていたカスターはまずかったか、とひやりとする。
「あれのどこか良かったんですか?」
「ご自分では良くないと思ってるんですか?」
「自分では使いません」
ときた。そうなると今度は腹立たしい気持ちになる。
自分では使えないと言ってしまえるものを人に提供するとは。無責任だ。
カスターが黙り込んでしまったので悪いと思ったのだろうか。今度はフルールさんのほうから話しかけてきた。
「あのときのスライムはお留守番ですか?」
「来てますよ」
フルールさんが辺りを見回してから首を傾げる。
カスターはため息を吐いて瓶を出した。
この人と会ってから感情が振り回されまくっている。疲れた。
瓶を見て「まあ」と驚くフルールさん。
「真っ黒になってしまいましたね」
「3日前から徐々に」
カスターは説明した。
するとフルールさんが真面目な顔になった。手の平を上に向けてカスターに出す。
フルールさんの製品への姿勢は腹立たしいのもまだある。スライムを渡したくはない。
しかしどうすればいいのかを知っていそうなのもフルールさんである。カスターは葛藤を抑えて瓶をフルールさんの手に置いた。
フルールさんは瓶を受け取るとなんのためらいもなく蓋を開けてひっくり返した。瓶を放り投げる。
瓶からこぼれたスライムが熊の上に落ちた。
「は? おいなにやって――!」
「カスターさん。スライムは生き物なんですよ」
怒鳴りかけたカスターをフルールさんはそのひと言で黙らせた。
「あなたは道具には真摯かもしれませんが、生き物には酷い方なんですね」
あんまりな言い様でカスターを責める。カスターは言葉を詰まらせた。
肩を落として熊を跨いで座り、体表面を垂れるスライムを掬う。
フルールさんは解体を続けている。
「熊系の内臓が薬になるって、聞いたんです」
カスターの手の平にスライムが溜まる。
フルールさんはカスターの感傷には付き合わず、熊の開いた腹に手を突っ込んで内臓を出した。
「これがそうです」
とカスターに見せる。
「狙いはいいですよ。テイムに使ったお茶にも入っていましたから」
「どういうことですか?」
カスターが訊くとフルールさんは内臓を鞄に入れた。そのまま。
え、直に?
こんな状況だがカスターの中にドン引きのカスターが現れた。彼女の鞄が心配になる。
気を取り直して。
フルールさんの説明はこうだ。
テイムに使ったお茶でスライムがでろでろになった。カスターがこねくり回して懐いてテイム成功。だからテイム後のスライムはお茶とカスターが好物になっている。
これだけ聞くとちょっと怖い。同時に、だから薬草茶を好んでいたし、あのときカスターの中に入って来たのかと納得してしまう。いや、わからん。
「えっと? つまり、飲めばいい?」
「いいですね! やってください」
自分でもなにを言っているかわかっていないが、フルールさんが目を見開いて笑顔になったから合ってそう。あと水筒を渡された。
「それも一緒に飲んでください。愛でる気持ちを忘れずに!」
「はい!」
カスターは手の平のドブ色のスライムを見つめた。勢いよく息を吸ってえいやと飲む。舌触りと飲み心地はハチミツみたいで、でも甘くない。どっちかというと草と苦み。香りは無。
次いで薬草茶を飲む。こちらは最初に悶えるほどの苦みがきて、あとから甘みが襲ってきた。ねっとりと纏わりつくような。
「まっず……!!!!」
「美味しい!」
「美味しいです!」
こんなものを常飲しているのかこの人は!
カスターはフルールさんから謎の声援を受け続けて水筒の中身を飲み干した。吐きそうだ。
『森のフルール 熊系モンスターの熊胆入りオリジナルブレンドティー [総合評価1.0]
まず、頭を殴打されたときくらいの衝撃で苦みが来ます。
その衝撃で目を回していると奥から最初はほのかに、次第に強く、甘味が襲ってきます。
あれは津波です。甘味におぼれます。しかもひどく濃度が高いです。
どういう原理でさらりとしたお茶からねっとりとした甘味がやって来るんでしょうか。
口いっぱいにチョコレートを食べてもああはなりません。
正直、二度と飲みたくないです。
このお茶はどこにも出さず、誰にも飲ませないほうが良いです。
追記
相棒の好物らしいので、不本意ながらエサとして購入させていただきます。』




