第30話 売れ残り 染め材ちょっとだけください!
一晩明けて翌日の午後。
カスターは祭りの余韻が残る広場に出た。
マグノーの見送りだ。
棉の苗を育てる場所は守りの家でなければならない。
世話と収穫後のあれこれでいずれは守りの家に住むことになるが、数年は通いの生活らしい。
今日は苗を置きに行って初めての世話をする。
集落の入り口にマグノーの両親と守りとマグノーが揃っていた。
「守りの言うことをよく聞くんだぞ」という集落の外でも聞くような話をしている。
こういうのは同じなんだなー
カスターはいなくてもいいような関係性なので守り側へ行った。
「来たんですね」
「はい。マグノーの門出だし。そんな大げさじゃないかもですけど来たかったんで。だってこれからマグノーにいろいろ教えるんでしょ?」
「それが目当てですか」
「あと、落ち着いた時間が欲しくて」
カスターは織り途中の小型織り機を見せた。
カスターの紡いだぼこぼこの糸が、きれいな緑の経糸を器用に隠している。
いまは十列ほど追加で織ってあるのでそのぶん布の幅も広くなっていた。
ヴィータは置いて来たかったが、なにがなんでもついて来ると聞かなかったので、いまはカスターの足元にいる。
「ひどいな」
横目で織り機を見たルゥワが言う。
カスターは織り機を仕舞った。
「初めてなんで」
「いや」
言いたいことがあるらしい。
ルゥワは少し考えてから再び言った。
「織るときの力加減が、……均一でない」
「……それ、どこの行程でですか? 糸を通すとき? それとも」
「締めるときだ」
通した糸を手前に寄せて糸同士のあいだの隙間をなくす行程だ。
「全体を見ながらやるといいですよ。糸を通すときに目が寄ってしまうので初めてだと難しいですよね」
水守は優しい。
カスターはわかりましたと頷いてから水守に大事な質問をした。
「水守さんのお名前ってなんて言うんすか?」
「ディギタゥです」
「え、あんま聞かない名前っすね」
「この色の名前なんですよ」
水守が服の肩口を摘まんで見せる。
色はグレーだ。
「グレーをディギタゥって言うんですか?」
「外ではグレーと言うんですか」
守りとカスターがそのように話しているとマグノーが身体を割り込ませたうえで文句を言ってくる。
「兄やん。うちのあれやんか」
「ん? ごめん」
怒っているので謝る。
ディギタゥも謝るとマグノーたちは守りの家へ向けて歩き出した。
言われたときはピンと来ていなかったが歩きはじめてからマグノーの時間だったなと気づいて反省する。
マグノーは落ち着いたピンク色の肩掛け鞄に棉を入れて、守り二人と手を繋いでカスターの前を歩いている。この鞄は棉を入れる専用のやつだ。
服は淡い黄色と薄い土色のチュニックに未晒しのズボン。
「マグノーの服もマグノー色なの?」
「そ!」
「自分で?」
「材料ひとつやが、ちょんちょん刈って終いだわ」
「へぇ、一個で二色かぁ」
カスターはまだ染め未経験だ。現場すら見ていない。
織り途中の布を思い浮かべた。あれを染めたいと言ったら失礼だろうか。
経糸は染めてあるやつだしな……
この希望を口にしていいものかというところから悩ましい。
いっそのこと手持ちの手拭いを染めさせてもらうか。
カスターは地面からヴィータを拾って抱きしめた。
ヴィータの目当てはわかっている。
棉の煮汁だ。
***
ヴィータがカスターの腕の中でどろどろに溶ける。
「頻繁に飲むのはよくありません」
ディギタゥのこの言葉が原因だ。
聞いた途端に溶けた。
たぶん「そんなぁ……!」って感じだろう。
カスターたちは水の建物にいる。
外側の窓からルゥワとマグノーがスコップを持っているのが見える。
水守が水を持って行くために建物に入ったのを追いかけてきた次第だ。
「……ルゥワさんもルゥワ色がある?」
カスターが呟くとヴィータがカスターの両腕を蠢きながら登ってきた。すごい勢いで。
情けない悲鳴がカスターの口から飛び出した。
聞き分けの悪いヴィータにカスターもむっとする。
「残念なのはわかるけど仕方ないだろ! 売ってくださいも無理なんだから!」
叱りつけると襟首から出てきてカスターを威嚇していたヴィータが力をなくしてだらんと垂れる。
そんなにか。
依存してんじゃん!
カスターはヴィータを挟むのも構わず腕組みをした。
祭りでわかったことだが、ここボアには貨幣がない。
パルモルはこれがわかったあとも祭りのあいだはサービス精神旺盛に振舞っていたが、宿に戻ってから今日カスターが宿を出るまで考え込んでいた。
貨幣がないとは、商売以前の問題だ。パルモルの思惑は成り立たないことになる。
気の済むまで考えたい商会側と動きながら考えたいカスター、そしてティダを制御する途中でそれどころではないコンラート、それがパーティーの現状である。
「メンダーさんのやつ淹れてやろうか?」
ヴィータに声をかけると茶葉が頭からポンと出てきた。
いつもの手順で水筒をフリフリ。桶を持ったディギタゥについていく。
マグノーのところへ着くまでに蓋を開けてヴィータに渡した。形を取り戻したヴィータが水筒をカスターの鎖骨にぶつけながら中身を取り込む。
水場の見回りから帰ってきた水守が二人、森の守りが新たに一人、マグノーの土に植えたばかりの苗を見にきていた。
ルゥワが根元の土を指で押しながら、
「ここに水の結晶を」
と言う。
マグノーは「うん」と返事をすると、ポケットから小袋を出して結晶を摘み出した。
そっと、ルゥワの作った窪みに落とす。
次にディギタゥが手酌で「水を撒け」と仕草する。
マグノーが言うとおりに桶に手を入れて水を撒くと、一連の儀式は終了した。
「朝、見回りついでに起こしに行ってやるからな」
「うん」
「来年は倍以上の本数だぞ」
「どっちになるか楽しみだ」
見物していた守りたちが口々にマグノーに絡む。
ディギタゥは余った水をマグノーの手にかけて洗ってやると桶を持ち上げた。
「再来年に最初の布が作れるよ。その次の年はもう一人で布までにするのは難しいかな」
告げられたのはカスターの想像より時間がかかるような、引っ越してくるまでに残された時間としては少ないような、そんな風に不思議な気持ちにさせる内容だった。
***
「できた……!!」
陽は真上。
カスターは守りの家の中庭で布を織り続け、遂に完成させた。
陽に透かして撫でるとぼこぼこして感じられるのは見た目通りだ。
大きさは横が掌底から指先まで、縦が横幅の一.五倍ほどだ。
「ここからどうするんだ?」
首を捻ったその瞬間、中庭の入り口から細かな光がシュンシュンと四方八方に瞬いた。
光の向こう側から子どもの歓声がする。
玉手弾だ。
光を突破して、ピンクのラインが織り込まれた上衣の少年がやって来た。
「太陽が映ったところの水!」
「水面に?」
「そ!」
「雲が映ってるところは?」
「わ! やってみる!」
「あっ……」
カスターが織り終わった布はどうするのか訊く前に走っていってしまう。
次はぁ……、と言う声が遠ざかりカスターは取り残された。
子どもらが使っている玉手弾。これはカスターが貸したものではなかった。
ルゥワが子どものおもちゃと言っていたのは知ったかぶりではなく事実だったわけだ。
いまはカスターにお披露目をしてくれていた。夕食前の休憩時間である。
「午前はなにやってたんだ?」
「勉強!」
「午後からは?」
「いろいろ!」
「そっか」
カスターは遊びに夢中の子どもたちのそばに行ってしゃがんだ。
逡巡したが、子ども相手なら訊きやすいかもしれないと思って話しかける。
「染めをやってみたいんだけど」
「んなら……なに染めんの?」
「んー……考え中。これが良いよとかある?」
「ねぇ」
顔を顰められたうえに無いと言われてしまった。
試しに手拭いを出して見せてみる。
表面には、きちんと洗ったがマグノーの作ったシミができていた。
「じゃあ、これは?」
「ここにあるんじゃ綺麗にならなそうだ」
「あぁ……これは綺麗にならなくていいんだけど」
「んなら訊いてみるわ」
「マジで? 助かる!」
カスターはひとまず染めへの足がかりができたので、守りたちの糧を圧迫するのも忍びない、と辞して帰途に就いた。
***
集落に帰りつき、帰宅準備をしている東屋の年寄りたちを呼び止めて、織りあがった布をテテーンと掲げて見せる。
掲げたのはヴィータで、カスターはその下で満面の笑みを浮かべた。
「布! できました!」
「おー」
年寄りたちはいざり寄り、子どもは首を伸ばしてカスターの布を矯めつ眇めつする。
どれだけ見ても出来は変わりませんよ、と照れくさく思いながらカスターは注目を浴びた。
「こりゃ袋もんがええが」
「やろな」
「うん」
年寄りたちはさざめきのように言い交す。
結論をエス爺が代表して述べた。
「使えるなりにすっから寄越せ」
「はい!」
お願いします、と軽く頭を下げるとヴィータが身体を伸ばしてエス爺に渡した。
「カスターさん!」
パルモルが走ってやって来る。こっちも結論が出たのだろうか。
カスターはもう一度、年寄りたちに両手を合わせて、お願いします、と示してから宿への道に入った。
パルモルと合流する。
「いてもたってもいられず来てしまいました! 今後の方針第二弾を発表しますよ!」
「はい!」
カスターはパルモルに腕を掴まれて宿に急かされた。
駆け込むようにして扉を開けると、普段みんなが食事を摂るテーブルに全員勢ぞろいしている。
カスターはコンラートの隣に座った。
コンラートの前の卓上にはティダがいる。
首尾はどうかとカスターが尋ねる前にパルモルが話し始めた。
「みなさん揃いましたね! 方針第二弾を発表します!」
セリアが拍手をする。ノリがいいな。
カスターが驚きつつ拍手をすると、シーラ、コンラート、マロウと続いた。
パルモルはそれに満悦の様子で応えた。
「パルモル商会会長パルモル! 私は商会の取引候補地として最有力のこの地ボアに貨幣がないということについて一晩考えました! そこでこう思うに至りました! すなわち! 『商売は全体が最終的にプラスになっていれば良い』ということです!」
めちゃくちゃ力入ってるな……
パルモルの言葉は続く。
「私は商会長として、ボアとの取引を諦めません!」
マロウが頷く。
パルモルはそれに励まされ、自信を増し加えた。
皆を一人ひとり見ながら述べる。
「まず! パルモル商会は今後もこの近辺にこれからも訪れることが決定しています! それは関所主催の催しと関所との取引に関わる商会として指定されたことによってです!
次に! ボアと取引している競合がいないが故に、取引が実現した暁にはそれだけで商会に得難い箔をつけることができます! それは専売特許も同然に!」
パルモルが身振りをつけながら訴えていく。
その弁舌の勢いはすさまじく、誰も口を挟めない。
少なくともそういう雰囲気だった。
「以上が! 挑戦をやめない理由です!
では具体的な策をどうするか!? まず、関所とボアを行き来するのであればカスターさんの玉手弾が必要です! しかしカスターさんにはカスターさんの事情が! いつも道連れになってくださるとは限りません! そこで! カスターさんのレビューにありました玉手弾の製造メーカー《カーター社》に接触しようかと考えています!
そしてここからが本題! 私はパルモル商会としてボアの皆さんに、外の世界を見てみたくないですか? と言っていきたいと思っています!」
ここでパルモルが一度言葉を切り、皆の反応を見るように視線を巡らせた。
カスター的にはなんかちょっと嫌だな、という気持ちだ。
集落の人間から見ると外野の人間だが、安易に外の世界を見せたらいずれボアから人が減る日が来ると心配になる。
現地の人たちが自ら、無理して済む必要のない土地と思ったのならそれはやむかたなしだが、外の人間が唆してその結論に至らせる可能性の種を植えるのは違うだろう。
だが勢いの良いパルモルを見ているとそれも言いづらい。
カスターがマロウを見ると、マロウも皆を見てからパルモルに対した。
「まず、パルモルの意見を最後まで聞きましょう」
「もちろん!」
パルモルは皆の様子をきちんと見ていたようだ。
先ほどより幾分か勢いを落として続きを述べる。
「ボアには外の品々を見る機会がその他の土地に比べて極端に少ないです。こちらへ来る際にいくつか仕入れても損失にはなりません。我々は他の土地でも商売ができます! ですから、外の品のうち気に入ったものがあった場合にこれを給与として差し上げます。次回我々が来るまでの間に外へ出す用の布を一反! 作ってもらったらどうでしょうか!」
「以上ですか?」
「いいえ! 布を作ってもらったうえで! 希望者には布を持って共に来ていただきます! 一往復一人まで! そうすることでボアや自分の布が外でどのように受け入れられるのかが目の前で見られます!」
マロウがパルモルに視線で「終わりか?」と尋ねる。
パルモルは「以上です!」と言った。
そこでマロウが姿勢を正す。
「私がパルモルの意見を聞いて感じたことを述べます」
「はい!」
パルモルはさあ来い、とマロウを見た。
マロウはパルモルだけではなく全体に向けて声を出す。
「『外の世界に出て、集落や自分の布の価値を見る』。これが当地の人々にとってどれほどの価値となるか。現状では予想のつかないことです。それをよりどころとするいまのパルモルの策は脆弱かと思います」
カスターは頷いた。確かに。
コンラートが口を開く。
「ボアの布は、ボアの人々が総出で取り組むものでしたね。ボアの社会と子の育成にも関わっていますし、《迷いの森》への対抗手段でもあります。そういうものを外地の文化も異なる人々に見せたいと、彼らは思うでしょうか」
カスターはまた頷いた。確かに。
カスターも自分の考えを述べてみようと声を発した。
「俺の捻りのない布どころじゃない布をここの人たちは作るじゃないですか。色数に合わせて何本も糸が要るし、染めはまだやってないんでわからないですけど森の前に干してあるのを見るとそれも時間がかかるんだろうし、何メートルもほっそい糸を織るんですよ」
なにが言いたいかわからなくなってきた。
結論、こうだ。
「ここであれこれ言うより、守りの人とか長とかにも意見を聞いたほうがいいんじゃないっすかね」
終わりに皆の反応を見るとマロウと目が合ったときに頷いてくれた。
「代案はないですか?」
パルモルが全員に訊く。
そのあとで彼は、
「私たちだけの話ではない話ですし、取引である以上相手方の意見も必要なのは道理です。そうですね。お話してみましょう!」
と心を決めた。
「この話は以上! 夕ご飯はなんですか?」
パルモルがそう言って席を立ったのでカスターたちも自然、台所へ集まった。
あのまま座っているのが居心地悪かったせいだ。
皆で料理を温めなおし、よそい、運んで、その日の昼ご飯を支度した。
落ち込みかけた空気を団結で補うように、あとは仕事の話をせずに食事を楽しむ。
カスターはティダを見ながらコンラートに聞いた。
「スライムを掴むっていうやつどうなりました?」
「なんとか。ですがいつも気を張っていることになるので……こちらがやればティダも虎視眈々とするんです。ですのでいつも制御しようとするのはやめることにしました」
「そうですか」
「カスターさんは興味ありませんか?」
「いやぁ、俺はそこまで好き勝手されてないので」
「はは、否定できませんね」
一件落着したコンラートは、カスターの知るいつものコンラートだ。
よかった
カスターは汁に柑橘のメオを追加で絞ってヴィータに皮をあげた。




