第28話 試練の始まり ファッションのひとつってことで
一晩明けて朝食後。
カスターは水守によってその子と引き会わされた。
「マグノー。このお兄さんが一緒に行ってくれることになったからね」
森のほうの守り――ルゥワといったか――も湧き水に行くという試練に関わっているはずだがここにはいない。コンラートに捕まって廊下で話しているからだ。
泊まれども教われなかったコンラートの、ティダ対策への執念ともいえる。
さて、カスターたちがいるのは森の建物の一階だ。
関所と集落が含まれた森の地図らしき絵が飾られている部屋で、他の子どもたちより先んじて森の環境に馴染んだ子、マグノーがカスターを見上げた。
「知らん兄やが」
水守に身体をぴたりとつける様子は人見知りをする幼い子どもそのものだ。
水守がマグノーに手を添える。
「森を越えてきた人だから頼りになるよ。外の話も聞けるかも」
マグノーが疑いの目でカスターを見上げる。
カスターはうんうんと頷いた。
頼りになるかは別として、ちゃんと森を越えてきました。
「んなら行くわ」
「よし。頑張って」
マグノーは急に覚悟を決めてしまった。
子どもってこういうものなのか。
普段関わりがないカスターは内心困惑して「よろしく」しか言えない。
水守から改めて決まりの説明がある。
「ひとつ、森にはなにも持って行きません。ふたつ、力を合わせましょう。みっつ、自分が持って帰るものは発表のときまでないしょです」
「わかっとるよ」
「了解です」
昨日聞いたのとちょっと違う気がするがおおむね一緒だ。
カスターは納得してから手を挙げた。
「いつ行きますか?」
「いつでもいいですよ」
「湧き水の場所は?」
「複数あります」
なんだって……?
「何個くらい……?」
カスターがどんどん不安になっていると水守がカスターのすぐそばまで来て声を潜めた。
「これはマグノーには内緒でお願いしますね。《迷いの森》なので、目的にするとたどり着けません」
「なるほど」
ますます不安になった。
「確認なんですけど、守りの人は皆さん自在にたどり着けるんですか?」
「少なくとも水守は。森のほうは知りませんけど」
「おぉん……まじか」
これは、
目的地に湧き水を設定するしないの話じゃなさそうだ。
守りたちの技術的な……それこそコンラートの魔力操作のようななにかがありそうに思える。
「なんとなく、やったらいいことがわかってきました」
「よかったです」
カスターは身を屈めてマグノーと視線を合わせた。
自己紹介をする。
「マグノー! 俺はカスター。水守にでろでろになってんのが相棒のヴィータな。あいつは森には行かねぇけど。頑張ろうな!」
「うん」
水守の脚にでろでろにまとわりついているヴィータ。
なぜこうなったのかについてはこういった経緯がある。
◇◇◇
昨日の夜に返されたヴィータは謎の液体を身体に溜めて帰ってきた。
珍しくカスターのコップに分けてくれたので、カスターはタントリリアの老人会で一度経験した香り付きの水を想起しながら匂いを嗅いで飲んでみた。
香りは草。味は、人が飲むものではない、という感じで。
カスターが顔を顰めてコップを置くとヴィータは中身を愛でるようにぐりんぐりんと身体を操作して取り込んで、その後は酔っぱらっているような有様でふにゃふにゃだった。
往来カスターが愛用していた枕としての用を成さないほどのメロメロ振り。
シンプルに危なそうなものを飲ませるのはやめてほしいという気持ちである。
「うちのヴィータ、帰って来てからおかしいんですけど」
と苦情も入れたが、
「益にはなっても害にはならないですよ」
と言われた。
しかし水守はきちんと説明を足してくれたので、いまのカスターの穏やかさがある。
水守の説明では、棉の茎と葉を煮だした液を飲ませたのだと言う。
一体どういうことかとさらに訊けば、森で育つ棉と森の性質の関係の話だった。
簡単にいうと生命力マシマシということだ。結晶には劣る。
そしてヴィータは結晶よりそちらのほうが好きらしい。
こういうものをヴィータが好むというのはルゥワから聞いていたためにわざわざ淹れてくれたというわけだ。
勝手に与える前に説明してくれ!?
とにかく、ヴィータは水守に懐ききっていた。
◇◇◇
「で、いつ行く? 合わせるけど」
カスターは腰に手を当て余裕ぶって聞いた。だって試練の主役はマグノーだし。
この地では子どもに行かせられる程度の危険度ってことだ。身構えなくて大丈夫。たぶん。
マグノーは「うーん」と声に出して悩んだあと、おもむろに部屋を出て、戸口の陰から顔を出した。
「はよ行こう」
「おし、んじゃ水守さん。行ってきます。ヴィータをよろしくお願いしますね、コンラートさんに渡してください!」
「はい。気をつけて」
カスターが廊下に出る頃にはコンラートとルゥワはいなくなっていたが、建物を出る前に別室へ入っていたルゥワと目が合った。コンラートの後ろ姿もある。
帰ってきたら話を聞こう。
身長差と歩幅で油断すると追い越しそうになるマグノーについて行く。
ふたりは棉畑の縁に沿って歩いた。
どこから入ろうかと思案する。
「ここがええ」
マグノーが指定したのはその他の建物から右斜め奥にあたる場所だ。
森の建物で見た絵に照らすとすぐに崖に行き当たる。
カスターが軽く周囲の森の様子を見るとマグノーは少しだけカスターを窺うように見上げた。
「カスターは、ちがう?」
「いや、そこがいいんだろ? 行こうぜ」
カスターはまず一歩、森に足を入れた。マグノーを招く。
マグノーは、やはり薄暗い森が怖いのか、カスターの手を握った。
カスターは驚いた。握られた手がカスターの驚いた心につられてぎこちなく揺れる。
マグノーは固い表情を浮かべて前を見ると歩き出した。
***
「体調はもう悪くないのか?」
森に入ってしばらく。カスターは話しかけた。
歩いても歩いても崖は見えてこない。
カスターが崖を意識しているからなのか、地図の縮尺の問題なのか、まさかマグノーが崖に行きたいわけではないだろう。
「うん、もう元気」
「ふーん」
「兄やんは悪いんか?」
「俺はきゅって真ん中に集めてるから」
「集めるん? うちは動かさんが」
体調の話から魔力操作に話題が移る。
動かさないって手段もあるのか
カスターは感心した。
ぼんやり歩いていると、マグノーが下生えを指さす。
「あらぁ、鹿やが」
見ると葉っぱの食いちぎられた痕がある。
「だなぁ。鹿ってどんなの?」
カスターの知る鹿と《迷いの森》の鹿に違うところがあるかどうかを聞きたくて尋ねてみる。
するとマグノーは「肉食わんのか?」と目を丸くした。
「食うよ。けど色違いとかいるじゃん。ここの鹿はどんなんだろうなって思って」
説明を加えるとマグノーはハッとした。次いで話を聞けと興奮してカスターの手を引っ張る。
「あんな、飛ぶんやが! 爺が言っとった!」
「まじで? 羽生えてんの? え、見たいわ」
「うちも! うえっ」
「おわー!!! 悪い、興奮させすぎた!」
興奮して魔力から意識が逸れたのか。とにかくマグノーは興奮の反動のように突然吐き戻した。
カスターはマグノーの背を擦り顔を拭ってやろうとポケットを漁るが中は空だ。
「あっ、持って来てねぇんだった! これの出番!」
もしものために手首に巻いていた手拭いを解いて使う。備えあれば患いなし!
「大丈夫か~」
カスターはマグノーが魔力に集中できるようにと考えて、身体を固定するように抱いた。
マグノーはべそをかいていたがやがて落ち着いた。
至近距離でその過程を感じていたカスターは気づく。
冷たかった手が温まり、熱の集中していた頭部周辺は冷めていく。
マグノーが自分で習得した魔力操作は体内の魔力全体を均した状態で固定する手法らしかった。
「もうええ」
「おう」
離れる前にまた顔を拭ってやる。
嫌がられたので力が強かったかとちょっと心配になった。
「兄やんも動かんようできる?」
「いやーどうだろうな。やってみるわ」
マグノーが言うのでやってみる。
体調不良のリスクを承知で素直に応じたのは、立て直してからのマグノーになにか考えがあるっぽかったからだ。
集めていた魔力を戻す。
グワン、と頭が揺れた。目を瞑る。
コンラートの講座で自覚した自分の魔力分布の偏りを補うように操作して、マグノーと同じように均一にした。
そこまではできた。
固定が難しい。
「できても動けないかも」
一歩動けばすべてが瓦解する。
「動いたらいけん」
「そっちじゃなくてぇ」
「ええからはよ」
容赦ないな?
カスターはその辺の木の根に腰を下ろして膝を抱いた。
「やったあとは?」
「森のが動いとる」
「ほう?」
改めて集中する。
自分が静かになると皮膚を境にして外側の魔力を感じられる気がする。
マグノーの言っていることが合っていて、自分の感覚が合っていればだけど。
「あっちに行きよるが」
マグノーの声を聞いてカスターは目を開けそちらを見た。
「えー……風じゃなくて?」
「風はこっち」
マグノーの指が別方向を指す。
自信があるなら問題ない。
カスターは弾みをつけて立ち上がった。
「行ってみるか!」
「うん」
「道案内よろしくな」
「ええで」
マグノーは再びカスターの手を取った。




