第3話 視野強化! 俺のスライムがどうなってる!?
剣、刀、斧、ハンマー、カナヅチ、包丁、ピック、缶切り、鍋……
ここは金物屋である。
武器屋は武器専門店、武器含む金属製品と付属品を扱うのが金物屋、ということで店員さんの専門領域がちょっと違う。
武器屋は武器の性能に振れがちだが、金物屋はもうちょっと冷静だ。
カスターは尻のポケットからナイフ――東海鋼製——を取り出した。
「すみません。これ、どっちかというと武器の方なんですけど。あ、アーネットさんが出してるやつで。グリップがダメになっちゃったから新調したくて、いいのありますかね」
今回はこの子に服を着せてあげたい。
カスターは乱れた陳列を指先で整える店員に話しかけた。
店員が振り返り、カスターに笑いかける。
ナイフに視線が向く。
「持ち手に滑り止めをつけたい、ということでよろしいですか?」
「はい。前回のはナメクジの消化液にやられて……もう挑みませんけど、丈夫だったら嬉しいなぁ、なんて」
「なるほどですね。いまうちにあるのだと……ちょっと待ってくださいね。サンプル持って来ます」
「あ、ありがとうございますー……」
店員さんが接客のプロすぎてちょっと萎縮してしまう。
「すみません、お待たせいたしました。これなんですけど……」
店員さんが見せてくれたのは革リボンを巻き付けるタイプのグリップ用品だった。あの、途中でねじったりするやつ。刀みたいな。
「あ、あー……悪くないんだけど、ナイフのデザイン的に無骨すぎるかなぁって」
「左様ですか」
店員さんがサンプルを引き取る。「でしたらあの武器屋がおすすめですよ。結構こだわりがあって」との勧めでカスターは金物屋から武器屋へ回された。
金物屋から広場を挟んで向こう側の通りの武器屋へ。
開け放しの出入り口から中を覗くと筋骨隆々の店員さんに「いらっしゃーい!」と即座に声をかけられた。
金物屋でしたのと同じ説明をする。
するとこの店員さん、顎を撫でながら言った。
「ほお! それ一本でナメクジに! パーティー? 単身? 度胸あるなぁ!」
「あ、ありがとうございます。いやでも、あの、そっちじゃなくて」
「うんうん。グリップだろ? うちではそういうのは基本持ち込みってことにしてんのよ。在庫になるから。代わりに、生で持って来ても加工からやってやるぜ」
「え! まじすか」
冒険者持ち込み素材を加工からやってくれるなんて!
よっぽど腕に自信があるって証拠だ。
カスターはにわかにテンションが上がった。
店員さんからおすすめの革について、いくつか教授してもらう。
蛇、トカゲ、ドラゴン、と好みを聞かれて、戦闘を想像する。
蛇はキモい。ドラゴンは強すぎる。前もドラゴンだったし本当はドラゴンが良いけど。
「トカゲで」
こうして、カスターは登山をする羽目になる。どれを選んでもやってたかもしれないが。
「ところでもしかするとカスターさん? だったら、頼みがあんだけど」
アーネットから取扱店舗に冊子が配られているらしい。商品一覧のおまけに載っていた東海鋼製ナイフのレビューを読んだとか。
店員さんはわざわざその冊子を出してくれた。
なるほど、こうやってポップとかお客さんへの説明とかを作るんだなぁ、とページをめくる。
数ページめくると「でさぁ」と販売予定の商品が置かれた。
「関連販売を考えて取り寄せたんだがな? 本取引前に試そうと思ってまだできてなくてさぁ。でも春だし。頼める? おまけするから」
「ええ、めっちゃ嬉しい。レビュワー冥利に尽きます。やります!」
◇◇◇
そして山中。
渡された小瓶の中身は青。
身体強化系の薬品で、なんでも目が良くなるらしい。春は蜂とかバッタとか……確かに必要かも。
カスターがグリップにこだわる理由は、東海鋼製ナイフの作りが本焼きだからだ。
鍔を外せば包丁に、鍔をつければ戦闘用に。しかし……戦闘で使おうと思ったらこれが滑るのだ。持ち手に窪みがあってもモンスターの血や体液がついたときに一気に滑る。危ない。
そこでグリップの出番、というわけである。
皮を取りたいトカゲは、トカゲ系モンスターの中でも上級。それも若い個体が良い。年寄りは硬いから盾とかの素材に向く。
群れを作るのが特徴で、今の時期は日光浴を好むとか。
それでカスターは山頂を目指していた。
この山はてっぺんが禿げている。なぜなら目的のトカゲが木を倒すから。自分たちのために。
カスターのズボンの中ではスライムがパンツのようにカスターの尻その他を覆っている。足の付け根を冷やしながら行こうと思ったらこうなった。
外から見えないからまあ、良し。苦しむより良い。いや、スライムが若干動いているからくすぐったくはあるんだが、痒いよりマシ。
道中は薬草を摘みながら歩く。摘んだ薬草は、宿に中身をひっくり返して空にした旅行鞄に突っ込む。
ちょっと出かけるのに大きいな、と思ったか?
ナメクジに装備を剥ぎ取られ入院と医療費ですっからかん。おまけに今回は皮を持って帰りたい。鞄がないと無理だろう。苦肉の策だ。
カスターは新鮮な薬草を噛みながら歩いた。薬草摘みも小遣い稼ぎを兼ねている。だが消費もする。
この薬草はスゥーっとした清涼感があるやつだ。
鞄には他に辛いやつと甘いやつが入っている。
いま摘んだヨモギは傷に効く。おやつにも飯にもなる。万能。
山頂の日の下へ出る前にトカゲたちの巣の反対側へ歩く。岩と木が隣接している窪みに荷物を置いてズボンを寛げるとスライムが這い出した。
「頑張って歩いたからお茶にしような〜」
鞄から水筒を出して、中に清涼感の薬草を詰めて振る。中身はお湯だ。お茶になる、はず。
しばらく振って香りを嗅ぐ。
判断できなくてスライムに近づけるとスライムの輪郭がうねうねとして水筒の縁に触った。
「待てよ、俺も飲むんだから」
コップになるようになっている蓋にとぽぽと注いで残りを本体ごとスライムに渡した。
数日一緒に住んでわかったことだ。
こいつはお茶が好きらしい。
ただ、水筒に入っていくスタイルはシンプルにやめてほしいと思う。
ズズ……、と茶を啜り、今日の対象である小瓶に注目する。景色に透かして見ると青くて透き通った水溶液に見える。
匂いはざらついた清涼感って感じでどことなく湿布っぽい。とはいえ微かに香る程度で意識しなければ気にならない。
味は、膜を張った苦味だ。バーンとはっきりした苦味じゃない。
ふむ……
カスターは舌を上顎に擦り付けて微妙な顔をした。
残っていた薬草茶で余韻を消す。
立ち上がってズボンの前をキュッと締めてまだグリップのついていないナイフを握った。
「行ってくるな」
スライムに声をかけて歩き出す。
ナイフの柄を親指で撫でる。
自分の服は自分で選びたいだろ。
自分が不便でもこれはこいつにとって大事なことだ。あと、武器がこれしかない。
「頑張ろうな! まじで!」
カスターは日なたを見据えた。トカゲの鱗の枚数が数えられるほどよく見える。代わりにめっちゃ眩しい。目を細めて日の下へ出た。
出た瞬間目の前が光でいっぱいになる。頭がくらりとしてたたらを踏んだ。
頭を押さえてうめきながら薄く目を開けると目の前に迫るトカゲのしっぽ。咄嗟に地に伏せ避ける。風圧が横向きにカスターの髪をなびかせ服を浮かせる。色が暗く褪せている。年寄りだ。
「お前じゃないお前じゃない、そう! あっちが良い!」
カスターは攻撃してきたトカゲを通り過ぎた先、3匹向こうの、色が特別濃いトカゲを選んで立ち上がりながら走った。
置き去りになったトカゲがカスターを諦めて木陰に入る。これ幸いと目的のトカゲに頭を向けた。
巣のある方へ駆ける。
トカゲの攻撃のうち、気をつけるべきは尻尾のみだ。スイングが1番早くて、他はコンボの組み合わせによるが冷静であれば基本対処できる。
ズザァッ、と草を剥いで地に跡をつけながらスライディング回避して目的のトカゲに辿り着いた。
鱗の下の皮膚の色を見る。
ナイフのダークグレーに、日の当たったダークチェリーの重くなく軽くもないこの絶妙なレッドはよく似合うんじゃないか。ナイフをかざしてみる。
似合う!
「差し色はパールリボンにするぞ!」
革を纏ったナイフを想像してカスターは叫び、気合いを入れた。ナイフの柄はカスターの体温に慣らされている。握ると境に汗が滲んだ。
トカゲの右手が振り上げられる。尻尾の先が左に振れる。避ける場所を間違えたら一発でぺしゃんこだ。
どこだ!?
忙しなく左右遠近に目を動かす。
視界の左端でスライムが跳ねた。頂点で速度を落とし落ちたそのすぐ後をトカゲのボルドーが掠める。
カスターは後ろに頭を倒してごろごろと後ろ回りをしてスライムを振り返った。
「おい、スライム、なに見つかってんだよ!」
地面に手を突き叫ぶ。
カスターの首筋スレスレに尻尾の先端が触れて、遅れてきた風圧がカスターの身体を浮かせた。
若いから力が強いのか!?
浮いた身体でうまいこと足を地につけ蹴る。
「全部あとだ死ぬなよスライムゥゥゥウ!!!」
スライムを追って木陰から日なたへ現れたトカゲは、最初にカスターをスイング攻撃した個体だ。
スライムがジャンプで移動するせいで、トカゲの一歩が山を揺らしていると錯覚する。いや、ちょっとだけタイミングがずれている。走る自分の上下運動。視界が揺れ――
おろろろろろ……
「うえぇ……気持ち悪、」
カスターは倒れた。
激しい頭痛と目の奥の痛み、ぎゅっと目を瞑っても同じ気がする硬直した筋肉。
そんな中にあっても、スライムと素材、このふたつを頭に残して肘をつく。
スライムを守らねばという気持ちと、ナイフに一張羅を着せたい、という想いがカスターに膝をつけさせない。
傍から見ればプランクだ。
トカゲの群れのど真ん中でプランクをする男。
スライムがカスターの襟首から服の中へ入り込んでカスターの身体に纏わりついた。
全身を覆われるのは初めてだ。寒い。
息をするのも頭痛を誘発する状態のカスターはスライムのされるがままだ。
耳、鼻、口、その他からスライムが体内に入り込み、窒息しそうになる。目の奥で光が煌めき、もう限界だ、という瀬戸際でスライムが水のように、ぱしゃん、と弾けた。
スライムゥゥゥゥゥウウううう!!!
「ゲェッホ、ゲホ、エッ……カハ、ぉぇ」
スライムだった水分を盛大に吐き出し口を拭って立ち上がる。手には執念深く握ったナイフ。
スライムを襲ったトカゲが目の前にいる。カスターは目を擦ってそいつを睨んだ。
「お前はいらねぇんだって言っただろぉ!」
手を振り下ろすトカゲに向かって叫んで走り、懐に入り込む。背後で地面が轟きカスターを振動で震わせる。カスターは感情のままに、このやろ、このやろ、とナイフをトカゲの腹へ突き刺した。
覚えているだろうか。ナイフの切れ味は刃幅の4倍なのだ。
カスターは二度突き刺した。一度目は縦、二度目は横。トカゲの腹に+の傷ができる。
トカゲはそのまま背後に倒れた。
「スライムゥゥ! 大丈夫か? ダメ? 最後なにしたんだよお前ぇ!」
カスターは周りに残るトカゲを無視して半泣きで崩折れた。
テイムしたときのようにスライムの水たまりを両手でかき集め、揉む。
しばらく続けたが、粘度が増すことはなかった。
カスターはスライムだった水を砂利と一緒に水筒へ入れた。地面に染み込まないのだから、可能性はある。あって欲しい。
水筒の蓋をキュッとしっかり閉める。
カスターは鼻を啜って、トカゲを剥いだ。
『森のフルール 視覚強化剤 [総合評価3,7]
服用から効果の現れるまでの時間は平均的です。
その過程で身体が痛んだり熱くなったりという事はなく、その面では利用しやすいと感じました。
味はやや苦いので、別の飲み物を用意したうえでの服用をお勧めします。
肝心の強化の具合ですが、上限は素晴らしいことこの上ありません。
視界がクリアになり、山一つ分先までくっきり見えます。
視野も広がるようで……これは私の場合の話ですが、戦闘向きでない仲間モンスターが、普段なら気づかない場所でピンチになっていることにも気づくことができました。
ここからは副作用の話になります。
効果が持続している間、ものすごく眩しかったです。
くっきりはっきりいろんなものが見えますが、光もよく見える、という事でしょうか。
それから、やはり見えるというのは不便な面があります。仲間モンスターの動きと、敵モンスターの動きと自分の動きが不協和音的に作用して、眼精疲労からくる頭痛を誘発し、それに伴うあらゆる刺激への防御力が弱まります。
副作用を考慮して、私は主な使用方法を〈索敵〉や〈探索〉に留めることをお勧めします。
今回わたしは、どうやら仲間モンスターによって強制解除されたようで、持続時間は分かりません。
総じてクセは強いですが、使いどころを間違えなければ非常に有用かと。
繰り返しになりますが、使用される際は慎重に。
販売店様、それだけはしっかりとお伝え願います。』




