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第2話  湯治ならぬスライム浴 ~捕獲網を添えて~

「じゃあ、いつもどおり軟膏を出しますね、1週間分。見た感じこれで終わっていいと思うから、使い切ってください。何かあったらその前でもいいから来てくださいね」


 カスターが3週間前に駆け込んだ病院は、カスターの惨状を見て直ちに処置室へ隔離した。

 粘液はカスターの肌に触れている限り絶え間なくその肌を責め立てる。医師の指示のもと看護師が三人がかりで洗浄して薬を塗り、その場で入院の手続きをさせられた。

 入院中は手厚く、日に三度は薬を塗られる。尻も前も悲惨でそのたび痛みに悶え、しばらくは寝転がっているのも辛すぎた。入院していたのは1週間ちょっと。

 その間にカスターは学んだ。


  スライムのひんやりとした触り心地。想像よりさらりとした表面。

  ぷよぷよとした弾力と、包み込まれる感触。

  なにより熱を持った患部に物凄く気持ちが良い。


 しかし、これを使えたのは入院初期の数日だけだった。領収書で一番高かったのがスライム医療だ。

 1週間ちょっとで退院できたことと2週間以上病院通いしたことを合わせると、スライム医療はカスターの療養期間を大幅に短縮したのだと考えられる。


 そしていま、軟膏を受け取ってギルドへ寄ったカスターの前に、『スライム捕獲機改良版の試用試験への協力依頼』という求人票がある。報酬は日当に加えて「スライム差し上げます」。


  やるしかあるまい。


 カスターは求人票を抜き取って受付へ向かった。



  ◇◇◇



 スライム捕獲の舞台は丘の草原。

 山の中腹で、山上から流れる小川がそばを流れている。吹き渡る風は、立っているだけなら肌寒い。

 季節は春だ。柔い下生え、ヨモギ、たんぽぽ、なんかよくわからん赤紫のなんか、白い花。あ、スズラン。そこにスライムが、多くはないがのびやかにくつろいでいる。

 カスターは捕獲機の柄を握る手の平を掻いた。汗が滲んで痒い。

 医者に「あまり掻くな」と言われているから気をつけているし他の所はガーゼで覆っているから大丈夫だが、ここまで来るのによく動かした足の付け根とか、尻とか、普通に痒い。

 意識し始めると余計に気になって、カスターは小川に入った。浅いのでうつぶせに寝そべり、捕獲機を眺める。


 まず、柄。拳みっつ分の長さで、太さはやや太め。 滑り止めに麻の紐が巻き付けてある。今のカスターにはちょっとした毒だ。握るたび痛痒い。軟膏が取れる。けれどこれはもう仕方がないので終わったら塗り直すことにする。

 先端を見る。穴が開いていて、そこから重石代わりの丸い金属がジャラジャラと出ている。

 例えるなら、ハタキだ。スライムに向けて振ると、中からいろいろ出てくるらしい。試しに引っ張ってみると、強めの抵抗を受けた。紐しか出てこない。手を離すとなんとも言えない速度で収納された。

 従来版はその中身がはじめから出ているタイプで非常にシンプルだが、改良版は少しコツが要りそうだ。コンパクトにしたのは定番の発想。しかし持ち運びを便利にしようというのは使用者からすると非常に助かる。


  動作確認は、したほうがいいよな。

  前回死にかけたし。


 うん。とカスターは水から立ち上がった。

 川辺に置いておいた服を着て、靴のつま先を地面に打ち付ける。


「よおし、いっちょやるかぁ!」


 軽く身体を動かして、いざ。

 カスターは捕獲機を振りかぶって、川釣りよろしく振り下ろした。

 網が対象を覆い被さるようにして飛び出す。柄の奥に落ち込んでいた部品が、カチ、と先端で引っかかった。次いでその部品からさらに細い棒が出る。


  網、留金、棒。


 棒は6本。先端が尖っていて網に至る。

 スライムが捉えられていればそいつに刺さるんだろうと思われる。なんのためかはわからない。


「うーん……角度が大事になるか? 先っちょを常に獲物に向けないと……ああ、誤差を見越して6本なのか」


 色々出ている柄の反対側にスイッチがある。

 カスターはひとりごとを言いながらこれを押した。やはり、なんとも言えない速度で出たものが柄に戻る。見ているともどかしさから力んでしまうので目を逸らした。

 スライムが飛び跳ねて、ペチャン、と着地する。カスターの目はそれに引き寄せられた。


「やるか……試用レビューは製作者の生命線」


 捕獲機を揺する。金属が触れあってガチャガチャとカスターを捕獲に押し出した。

 草を踏んで日の下へ出る。近くのスライムがカスターの足に柔らかくぶつかって転がる。

 カスターは試しにそのスライムを空いている手で持ち上げようとしたが、スライムは身体をとろりと変形させてカスターの指の間から溶け落ちた。軟体生物っぽい柔軟さだ。

 身体の横に浮かぶ重石の金属が鳴る。日光が反射してカスターの視界の端でキラリと閃いた。


「ちゃんと使うって。そのために来てんだから」


 カスターは宥める気分で捕獲機を触った。揺れる金属たちを包んで揉み、よしよし、と持ち手の先端にも触れておく。その流れのまま、ちょうど正面に来たスライムめがけて捕獲機を振った。

 網がスライムを越えて、半分先に落ちる。スライムの身体の半分に網がかかるがするりと逃げられてしまった。棒が空を刺す。


「距離感難ぃ~」


 数歩前へ出る。悔しがりながらも楽しく感じた。我ながら勘は悪くないし、スライムは雑魚も雑魚、命の危険がない。

 スイッチを押して初期状態に戻す。目は次の獲物を探している。

 目星をつけるが捕獲機はまだ中身を収納している最中で、カスターは舌打ちをした。


「玄人向きだな、こりゃ」


 軽く左右へ振ると巻き取る速度が緩む。


「へそ曲げるなよ、繊細だな。あ、あいつどうだ? おぉ、やれるな、やるぞ。せーの!」


 初期状態に戻った捕獲機をポーンと振る。

 網は見事にスライムに覆いかぶさり棒が6本、身体に刺さった。

 スライムはいつも輪郭がなんとなく動いているものだが、それが静止した。

 カスターがスイッチを長押しすると、金属同士がくっついてスライムを完全に包み込む。


「よしよしよし……! あとは持って帰るだけぇ!」


 カスターはグッと拳を握った。

 網を掴んで持ち上げてもスライムはとろけない。


「いやぁ、やっぱ専門用品はわけわからん技術持ってるなぁ」


 んふふ、と収穫物を眺めて笑む。

 カスターはギルドへ帰った。



  ◇◇◇



「お疲れ様です~! 道中垂れたりとかしませんでした?」

「大丈夫でした。これ、レビューって口頭ですか? ちゃんとフィードバックしたいんで出来れば後日提出とか」

「あ、助かります~! じゃあここに連絡先と滞在先住所、あと登録ナンバー書いてもらえますか? ときどきバックレる人がいるので」

「はーい。大変っすね」


 カスターはギルドの報告窓口で依頼完了を伝えると、捕獲機を返却した。

 解放されたスライムがカスターの腕から流れ出る。


「おわ、え、やば。ちょっ、すいません! 誰かテイム系グッズ持ってません? 買います!」


 動き回るスライムを足で通せんぼしながらカスターは周りの冒険者に声を掛けた。

 テイム対象がスライムだからか、「えぇ……」という顔をされる。

 興味を持って近づいてきてくれた人も


「あー……スライムかあ。手持ちのやつ、ちょっと強すぎるかも」


 と離れていく。

 スライムは徐々に出口へ向かう。カスターには止める術がない。

 なぜなら、蹴ったら死んでしまうから。スライムはキング・オブ・雑魚。

 しゃがみこんで「お願いだよぉ!」と両手でスライムを追い撫でていると、カスターの目前でティーバックが揺れた。


「1個30ゴールドです。普通にお茶にしてかけたら良いですよ」

「買います! 追加で20出すんでお茶にしてきてくれませんか!」


 カスターは即決で買った。

 ティーバックの代わりに白とピンクの水筒を渡される。カスターはそれをスライムの上にひっくり返した。お茶をかけられたスライムはたちまちでろでろに床に広がってしまう。カスターはドキッとしてお茶を売ってきた人間を振り返った。相手の服の裾を掴む。


「ちょっとぉ! これ死んでない? 大丈夫? こっからどうすんの?」

「元に戻るまで愛でてあげてください」

「よーしよしよしよし、元気になれよ、可愛いなぁ!」


 アドバイスに従ってスライム液をひたすら揉む。かき集めて揉んでまた広がった分をさらに寄せ集めて……だんだん粘度を増してきた。

 手の中のスライム液がやけに少ないなと思ったときにはスライムがカスターの膝を捉えている。スライムはナメクジのようにカスターの身体に上ってきた。

 思わず顔が引きつる。感触は全然違うが、動作がまんまナメクジだ。岩の隙間と入院生活が頭を過る。

 スライムの粘度がわずかに緩んで垂れかける。

 背中を蹴られて我に返った。


「よしよし! 可愛い! お前は可愛いぞぉ!」


 自己暗示を兼ねて元気に愛でる。ひぃ、可愛い!

 スライムはカスターのスライムになった。



  ◇◇◇



 ぽよん、ぽよん。

 すっかり弾力を取り戻したスライムはカスターの首に、タオルのようにぶら下がった。


  スライムって、丸型でおさまるとはかぎらないんだなぁ。


 お茶を売ってくれた女性には丁重にお礼をした。水筒のお茶は彼女が飲むつもりで淹れていたらしい。なんでも人体には健康茶であるとか。今度飲んでみよう。

 カスターは宿に戻って服を脱いだ。スライムは床に置いたら丸くなる。場所によって形状が変わるのは面白い。

 身体を拭って軟膏を塗り、いつもはガーゼを巻くところをスライムを巻いた。


「あー……これこれ、こんな感じだった。運動後のクールダウンにもいいかもなあ」


 ひんやり、プルプル、撫でても気持ちが良い。

 新しい捕獲網も試せてスライムも手に入って、


  今日は良い日だったなぁ。


 カスターは眠りに落ちた。

 落ちてしまった。

 夕方から眠り、深夜に猛烈な痛みで目が覚める。

 痛むのはスライムを巻いた腰あたり。

 明かりをつけて確認すれば、軟膏を塗った場所だけが赤くなっていた。


 朝、開院直後に駆け込めば、医者がこう言う。


「あー……スライムですか。いやぁ、テイムしてまでって人は初めてだなぁ。いいですか、薬にはやっちゃいけない組み合わせっていうのがあるんです。特にスライムは医療利用されてるんですから、使うならまず相談してくれないと。あ、これからもスライム使います? 薬変えますよ」




『スライム捕獲機改良版の試用試験について(レビューです)[総合評価3,4]

  従来品を使ったことないです。まずそこ、すみません。

  なので純粋に改良版の使用感をお伝えします。

  使ってみて、性能は良いんだろうなと思いました。実際、スライムはちゃんと捕まえられました。

  ですがこの改良版、網とか針とかが持ち手の中に入ってるじゃないですか。なのでどのくらい伸びるのかっていうのがちょっと掴みにくかったです。正直、初心者向けではないかな、と。実地研修とかしたら良いと思います。

  捕縛中のスライムについては、あのぷよぷよで形が定まらない生き物を見事に硬直させることができていました。確保から町に戻るまでの道中少しも垂れませんでした。あの技術は私には想像もできません。素晴らしいです。(従来品にも使われている技術でしたらすみません。)

  捕まえたスライムをいただけるとの事でしたが、捕獲機から出した途端に掴めないし押し退けたら死んじゃうしでとてもてこずったので本当に素晴らしい道具だと思いました。

  ここからは余談ですが、私はいただいたスライムを最近知ったスライム医療的に使用しました。

  私の調べが足りなかったのが悪いのですが、医師から処方されていた軟膏とスライムの相性が最悪だったようで……。ちょっと大変なことになったので、これから依頼を受ける方には注意点を共有したほうが良いかもしれません(テイムの有無。テイムするなら、医者に行ったときに「スライムがいます」と申告するよう促してもらったり)。お手数おかけしてすみません。

  以上が私なりの試用試験結果です。

  私のレビューがこの捕獲機の発展に寄与できますことを嬉しく思います。

  この度は貴重な体験、機会を賜りましてありがとうございました。』

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