第1話 留金規格統一してくれ……!
抜きもせずに死ぬなんてもったいなさすぎる。せっかくの高級ナイフ、使わず終わってたまるか!
カスターはどうせこれで終わりなら、とナイフを引き抜こうとした。
ガチャ、と大きな音がして、引っかかる。ガチャガチャと揺らすが抜けない。
「はあ⁉ 最悪すぎるだろ!」
どうなっているのか見ようにも、場所は狭い岩の隙間。頭は固定されている。頭頂部の跳ねた髪に何かが触れる気配がする。ダンジョンボスの舌か粘液か。
新品の高級ナイフを試しに来ただけなのに、ピンチすぎる!
そんな俺、カスターはこんな経緯でこうなっている。
◇◇◇
シン、と静まり返った部屋でカスターは横たわったまま数度瞬きした。
頭上の窓から夜明け前の薄暗く青い空気が見える。早起きな誰かの足音がカスターの部屋の前を横切る。
カスターはそれを合図に身体を起こした。薄い毛布が身体からずり落ちる。あっても無くても体感温度は変わらない。カスターは毛布を跳ね除けて机へ駆け寄った。
トイレより飯よりなにより、起きたからにはこれが大事だ。カスターは机の上の箱に手を伸ばした。
いや、待て……
伸ばしかけた手で目を擦る。
目の前にあるのはブランド物の装備だ。
なんのことはないただのナイフだが、研ぎは勇者御用達の金物工房出身者がやっていて、グリップは柔らかくしめやかで手によく馴染むと評判の小竜の革。肝心の刃はといえば、遠い海の向こうで独自の割合で練られた鋼が使われている。
世界の良い所だけ取ってきたような装備を、こんな寝起きのたるんだ心持ちで扱ってはならない……!
カスターはベッドの縁にかけていたズボンを履いて共用洗面所へ向かった。
◇◇◇
「よーし……準備完了。新品って一度きりだからなあ!」
洗面から戻ってきたカスターは箱に手をかける前に指を絡めて拳を握り、手の感覚を馴染ませた。
開ける前から緊張しているのは、梱包からして高級だからだ。ホスピタリティに溢れている。
きれいな折り目の四角い箱。スライド式だ。
触れると吸いつくような適度なざらつきがあり、気持ちがよくてついつい撫でてしまう。これは筒のほうで、装備が入っている箱本体は逆につるつるだ。
押して出すとメインの装備は姿を現わ――さなかった。
ナイフを収納するケースがまず見える。
カスターは、はやる気持ちを抑えてケースを掴み持ち上げた。
白い仕切り。
「なんだよぉ! 焦らしやがって!」
じわじわと持ち上げられる期待感からカスターは思わずにこにこと情けない笑みを浮かべる。
ケースを机の隅に置いて深呼吸ひとつ。心臓が痛い。
「よし。いざ……!」
カスターは慎重に仕切りのつまみを持ち上げた。
怪我防止のクッションも一緒について出てくる。
ようやく現れたナイフは、それ専用にくり抜かれたクッション材に収まっていて、柄の部分だけ指が入る隙間がある。カスターは柄に指先を置いた。取り出すより前に革の感触を撫でて確かめる。
「うーん……これは」
ここで何か言うのは早計だ、と堪えてナイフを箱から出した。
鞘と鍔が同じ材質で出来ている。どちらもに繊細な模様が彫られているがカスターはそれよりも別のことに気を取られた。
数多のナイフ、剣を使ってきたが、これはもしかすると刃と同じ材質なのでは……。
そう思い、鞘を抜く。
果たしてやはり、同じ色だ。念のため触れてみる。
うん。同じだ。
次に気になるのは、このナイフがパーツ組みなのか、そうでないのか、である。
カスターは刃と鍔の境を目を近づけて見た。
窓から朝日の純な光が差し込む。カスターはナイフを見る姿勢そのままに光の中へ移動した。
しばらく見つめて目を離す。
しぱしぱと目を開閉して、窓の外に視線を転じた。
建物の隙間から遠くの山を見る。自然光に目を慣れさせて机に戻った。
結論。鍔は後付けに見える。革を少しめくってみたが下の材質がわかるほど剥ぐのは怖くてとてもじゃないができなかった。
カスターは刃を鞘に納めて机に置くと、身体に添わせたベルトに収納用ケースを取り付けた。
入れ口の留金を外す。
ここでカスターはまたもや引っかかった。なじみのない留め金だ。
簡単に言えば、突起のようなボタンを押すと、パカ、と開く。このボタンが正面ならカスターは文句を言っていた。5段階評価なら減点1。
なぜなら、ちょっと当たっただけで開いてしまうからだ。しかしこれは金具の下についていてそういう心配はなさそうだった。試用運転がきちんとなされている証拠である。さすがブランド物。
カスターは感心しながらナイフを収めた。上蓋の爪をスリットに差し込む。
カチリ、と小気味良い音がカスターの満足度を確定させた。
◇◇◇
露店で買った山菜のおやきを頬張りながら郊外へ向かう。
目指すはダンジョン。
目的は高級ナイフを試すこと。
人によってはアクセサリー感覚で持つのかなぁ
などと考える。軽すぎて何度も、無くなってないよな、と確認していた。
草道から石段を上がって岩を歩くと入口に着く。
このダンジョンは洞窟だ。辺りに誰もいないのでそのまま入る。
道中のモンスターはすべて無視してきた。今回に限ってはS級以外はすべて無駄。今日の主役が乗り気じゃない。カスターは歩きながら今日の主役——高級ナイフに手を当てた。
こいつのためにも無駄な体力は使えない。
それでなくても研ぎ、材質、宣伝。すべてがカスターをボスへ導いているのだ。
『S級モンスターもさくさく捌ける!』
『調理・実用両用の実力派ナイフ』
『魔力洗浄対応』
さらには「手段、内容問いません。良いレビューをお待ちしております」などと言われていたら。
行くしかない!
カスターは追いかけてくるモンスターを振り切って駆けた。
カラカラカラと骨科のモンスターがやかましくしつこく身体の骨を鳴らしぶつけてカスターを追う。骨科は体力という概念がない。ボスの前に辿り着いたときにカスターが膝に手をつき肩で息をしていたのは決して体力がないからではない。
カスターは肩から胸にかけて装備している弾丸ホルダーから小瓶を取り出した。本来の用途とは違うが、独自改良で……この話はまたにしよう。
小瓶に入っているのは栄養剤だ。身体強化系の薬である。ちょっと甘くて後味はわずかに草っぽさがある。
カスターは息を吐いて用済みの小瓶をウエストポーチに仕舞った。ボスのいる空間入口から中を見る。後ろを向いている隙に中に入り岩陰に潜んだ。
さて、このボス。見た目はナメクジだ。目ではなく、波動で物を把握している。そして表皮から分泌される液体によって、刃物による攻撃が効かない。『S級モンスターもさくさく捌ける!』とのうたい文句が事実か否か、検証してやろう。
カスターは留金のボタンを、音をたてないようにゆっくり押した。
……カチッ――
かすかな音がして、ヌルン、と幽霊のような速度でデカいナメクジがカスターの目の前に迫った。岩からカスターの上へのしかかろうとする。やつの口は身体の下。まさにカスターの頭上にある。
カスターは息を吸った。視線を上げて確認する余裕はない。岩と岩の間に身体をねじ込んだ。身体の厚み程の隙間だ。身動きは取れなくなるがナメクジも入って来られない。触角がふよふよと伸びてきて――そんなに伸びるのか、と思うほど――カスターの前髪に触れる。
カスターは歯を食いしばった。ナイフは右手側、ナメクジは左手側。
これじゃあ試せないじゃないか!
数秒前の行いを振り返り己を罵る。
岩の反対側はどうだ。このまま端まで行ったらやつもそっち側に来るんじゃないか?
カスターは荒い岩肌に肌を擦らないように気をつけながらジリジリと後退した。髪から離れた触覚がカスターを探して上下に動く。粘液のついた髪がぺったりとカスターのおでこに張り付いた。
ナメクジはしばらく触覚を伸ばしていたが、届かないとわかると岩を登り始める。岩と岩に身体が渡るように、口から舌を伸ばせるように、唾液か粘液かわからないものがナメクジの進行とともにカスターに迫る。カスターはこの粘液から逃れるようと後退する速度を上げた。粘液のついたおでこがジンジンと痛んできている。
右手が突き当りに触れる。カスターが一歩進むごとに、右手が身体に近づく。行き止まりだ。
カスターは鼻から息を吸った。ふう、と吐いて上を見る。
やつの口内はイソギンチャクのように蠢いている。なかでもひと際太く、長いのが舌で、それはカスターを探して隙間中を舐めている。
この状況では魔法も意味がない。情けないことに、隙間に挟まっている閉塞感におされて役に立つ技が思い浮かばない。魔力をでたらめに反響させて混乱させる方法があるが、この範囲では自分にも影響が出る。
顔の前に粘液の塊が垂れ落ちた。頭頂から、ないはずの体温を感じる。カスターはナイフを掴んだ。
抜きもせずに死ぬなんてもったいなさすぎる。せっかくの高級品、使わず終わってたまるか!
カスターはどうせこれで終わりなら、とナイフを引き抜こうとした。
ガチャ、と大きな音がして、引っかかる。ガチャガチャと揺らすが抜けない。
「はあ⁉ 最悪すぎるだろ!」
どうなっているのか見ようにも、頭は固定されている。頭頂部の跳ねた髪に何かが触れる気配がする。舌か粘液か。ケースってどんな形だったっけ。気配が実感に変わる。カスターは膝を曲げた。鞘があるのにケースが必要だったのか。なぜ疑問に思わなかったのか。高級品の実用性について。カスターの膝が地面につく。痛むおでこを触る。指に血がつく。
カスターは前へ倒れた。腹筋と背筋頼みに上体を浮かせ、粘液まみれの地に触れないように踏ん張る。
喉に力が入ったまま息を吐く。
筋力か寿命かケースか。どれが先に尽きるかの勝負だ。
***
海の向こうの鋼は魔力を通さない。
武器として使えるのはもちろん、こちらでは金庫や牢屋に使われている。
対して、今回のナメクジ。
やつの粘液はすでにわかっているとおり消化液っぽい。だが、消化液が刃物の攻撃を受け付けない理由にはならない。別に理由があるはずだ。魔力の影響は受ける。力の伝導、つまり波動だから。勝ち方はたいてい認知機能から脳へのダメージによる。
そう、皮膚への影響は魔法でもそんなにない。魔法に対抗できるものを、やつの粘液か皮膚かはもっているという事になる。
カスターは出発前にこのように考えていた。まさか抜くことすらできないとは。
初期不良も甚だしい。
いや違う。本体は良いはずなのに、周りが邪魔している。
***
カスターは左手を右の壁について、肩を左の壁につけた。
しまった。
素直に地面に手をつけばよかったか。
頭の上にあった何かは、その速度からどうやら粘液らしいとわかる。
意外なことに人肌で、尻を中心に上は腰、下は腿まで浸る。普通に最悪だ。生きて帰っても通院は避けられない。
カスターの右手は粘液の中にあってもナイフを握りしめていて、ケースが壊れたらすぐに抜けるように絶えず揺すっていた。
ナイフのグリップもケースも、種類は違えど元はなにかの皮膚だ。カスターのおでこや手のひらや尻と同じ。無くなるのは惜しいがしかたない。
たすき状につけていたベルトが切れる。端が地面に落ちるがナイフに引っかかって落ちきらない。
カスターはナイフを振った。グリップが滑る。腰にベルトが落ちる。
眼球を限界まで右に回すとナイフが見えた。
朝、観察した姿になっている。
上を見る。届かず出てきもしない獲物に興味を失ったのか、出てくるのを待っているのか、ナメクジは口を閉じている。
カスターは立ち上がった。頭の上でナイフの鞘を抜く。鞘で壁を激しく叩いた。
消化液に浸かった場所が痛い。事は一刻を争う。早く舌を出せ!
矢が飛ぶように舌が伸びてくる。
カスターはナイフを突き立てた。伸びたゴムのように舌が縮んで宙に放り出される。ナイフをしっかりと身体の前で構えてナメクジの身体に落ちて沈んだ。
「うわああああ!」
上から刺したカスターはそのままナメクジの身体にめり込んで、叫びながら横腹の部分から出てきた。
口に入ったナメクジの何かを目一杯絞り出した唾液で吐き出す。
「切れた! おっしゃもういい、帰る! まじ痛ぇぇ」
カスターは走って来た道を戻った。持ち帰れたのは主役のナイフと鞘のみ。
ナメクジの粘液にまみれているせいか、骨すら出てこない。
病院に駆け込み、レビューが書けたのは2週間後だ。怪我の様子は伏せておく。
『小型装備専門店アーネット 東海鋼製ナイフ [総合評価 4,2]
まず、箱からナイフ本体が出てくるまでの焦らし、最高でした。
箱に使っている紙の質感がスリーブと身箱で違うのが特別感を演出している。開けてからも、最初に出てくるのが携帯用ケース、というのが良いですね。さらに仕切りで焦らされるのが思わずにやにやするほど期待感を煽っていて憎らしい。
ケースの金具はボタン式でしたがよく見るタイプそのままではなくボタンの位置が改良されていてそれは良いと思いました。誤作動は、私はありませんでした。
ここからは実際に使用した使用感を体験交えて簡単に書きます。ご参考まで。
S級ナメクジ(すみません。正式名称を知りません)に挑みました。刃物による攻撃が効かない、というのが選んだ理由です。東海鋼は魔力を通さないことで有名なので、もしかしたらイケるのではないかと浅はかにもチャレンジしました。
結果は、格好をつけたいところですが、正直に言えば後続が出ないことを祈るばかりです。
ケースのボタンを押した際のほんの小さな音にも反応されてしまい、たちまちピンチになりました。ナイフを抜こうにも、何かが引っかかって(ここは状況が悪く確認できませんでした)抜けません。そもそも論になってしまうのですが、鞘とケースをダブルで使う必要はないと思います。
切れ味は素晴らしかったです。ナメクジにも対抗できました。ほとんど抵抗もなく。私は上から刺してそのまま身体の中に埋まりました。実際に傷つけた範囲よりやや広めに切れるようです。だいたい4倍くらいですかね。
ですがナメクジ戦はマジでお勧めしません。行くならパーティーを組んで行ってください。
それから、本番前に何度か動作確認をすることを推奨します。私はそれを怠って死にかけました。
個人の危機管理の問題になるので、アーネットさんや販売店さんに迷惑を掛けないように、節にお願い申し上げます。』




