第25話 現地調査 地元愛がほとばしってんなぁ
集落の入り口に到る頃には集落の男が数人と周囲の家屋から覗く顔、そして遠巻きに野次馬をしに来た子どもたち、という状態だった。
大人たちの衣服はカラフルで子どもたちは幼くなるほど白や生成りになっていく。
自分色~ってことかな
カスターはさっそく仮説を立てた。
成長と共に生じる好みや感性を衣服に反映させる文化なのではないか。
集落の入り口まで来ても滝の音は聞こえてこない。
「こんにちはー!」
パルモルが張りのある声を発して現地の人との最初の接触を図る。
出迎えの代表らしき男数名が「こんにちは」と返した。
彼らの二の句は
「迷子ですか、お客さんですか」
である。
この男たち、ひとりは深い緑、ひとりはオレンジに成りきらない黄色、ひとりは若草色の服を纏っている。いずれも同じ型の服で、布を惜しげもなく使うスリット入りの長上衣だ。
彼らの中で最も偉い地位と感じるのは当然、深い緑の男。
「その二択だったらお客さんですかねー!」
男たちは互いに目配せをしたあと、パルモルたちに道を開いた。
「お客さんですか! ようこそ! 森越えは大変だったでしょう。さ、長の所へ案内しますよ!」
「や、これはご親切にどうも!」
「この道をダーッと行ったら酸い実でぐるりだらり掛けの家がありまして! そこが長の家ですわ!」
「そうなんですねー! このまま馬車で行っていいんですか?」
「いきなり預けろ言ってはいよろしくなんて無理でよう!」
「重ね重ねの御親切痛み入りますー!」
パルモルと三人の受け答えは上から深緑、若草、黄色だ。言葉まで色に対応している気がする。若手なんだろうな、と思える人ほど訛りが強いということだ。
子どもたちが馬車を見送った後ろをついてくる。
カスターとコンラートは彼らが近づきすぎないように馬車から距離を取った。
「なぁなぁ、それなに? なんて生き物?」
活発そうな男の子が話しかけてくる。裾だけ染色液を吸わせたような臙脂色に襟首袖口には同じ色の糸が波縫いで飾られている。その子の指の先はヴィータだ。ティダは隠れているから必然的にヴィータに注目が集まっている。
「スライムだよ」
「食える?」
ヴィータがカスターの頭の上から蕩けてフードのように垂れ、顎の先に伸びた身体が手を振るように左右に揺らされた。いつになく複雑な動きだ。
カスターは一応聞いてみることにした。
「コンラートさん、スライムを食べようとした人います?」
「聞いたことありませんね」
だよなぁ。
「だってよ? 誰も食べようと思ったことねぇって」
「ふーん。これ家?」
少年は興味を失くして話題を変える。
馬車が一行の家かと聞くが過去にそういう人が来たことがあるんだろうか。
「ちがうけど」
「なんで?」
「なんでって言われてもなぁ」
カスターが返事に窮するとコンラートが代わりに答えてくれる。
「ここの人たちに見てもらいたい物がたくさん入っているので狭いんですよ」
途端に子どもたちが目を輝かせてざわめきだした。
「いつ見られる?」
「はよ見たい!」
「くれるん?」
カスターとコンラートにさらに近づいて追いかけてくる。
コンラートが「迂闊でしたかね」と反省しているがもう遅い。
子どもたちはいつまでも追いかけてきそうに思われた。
騒ぎを聞きつけて様子を見に来た大人に追い払われてようやく散っていく。
***
長の家は少し高い土地にあった。
ここまで来ると流石に滝の音が崖下から昇ってくる。
けれど、滝のそばと聞いて想像するよりは音が奥まって聞こえる。
そのせいか不思議と気にならなかった。
『酸い実でぐるりだらり掛け』の長の家には軒先にぐるりと黄色の布が垂れている。
「はー、酸い実ってこれかー」
カスターは取り残された馬車のそばで家を見上げた。
商会の面々は長の家で話し合い。
カスターたちは馬車の見張りだ。
コンラートが二号車の荷車の縁に座っているのでカスターは家に近寄って布を手に取ってみる。
色糸で刺繍が施されている。これは遠目からでも見えたが布地の模様はこのときはじめて見えた。
「織る段階で用途が決まってんのかなー……」
カスターの考えでは色と柄と、あと関係してきそうなのは糸の素材だが今のところ綿しか見ていない。
「カスターさん。ここから見ると綺麗ですよ」
コンラートが荷台からカスターを呼ぶ。
馬車まで戻って振り返ると、青い空に酸い実の布が風に靡いて翻っている。
布の麦穂のような陰影がカスターの胸中にある種の感慨を呼び起こす。
背景には大量の水の落ちる音。
土地は孤立しているのに雄大な趣に感じられる景色だった。
しばし言葉なく長の家を見上げる。
「ここの飯ってどんなっすかね」
考えることが限られると空腹を思い出した。
昼も食べずにここまで来た。
「パンではない気がします。奥まで入ってきましたけどまだ窯を見ていないので」
「上から見ても大きな農地はなかったですもんね。あー、でも小麦粉を仕入れてたら焼けますよ」
「そうですね。発酵させないパンもありますし。私はそっちのほうが好きなんですよ」
「そうなんすか? 俺はどっちも好きです」
カスターがコンラートの隣に腰かけてすぐ、パルモルたちが出てきた。
「長の方にはご了承いただきました。滞在場所も用意してもらえることになりましたよ! ですが品を広げる前にこの集落ボアを観光するのが条件でした」
「願ったりかなったりじゃないですか」
「なにを言いますか! 過去にここへ来た商人たちはなにも売らずに帰ったそうですよ!」
前途多難の予感。
カスターは困り顔で後頭部に手を当てた。
そのときコンラートが荷台から飛び降りたので馬車がガタンと揺れる。カスターは寝転がった。
「お腹空きました!」
「ですね! さっそく宿へ向かいましょう!」
馬車が動き出す。
向かう先は森側の広場から出る大道の左の一本。その先の臙脂と深緑と黄色の布の垂れる大木だ。
おおかた木の中がくり抜いてあるか、木に見せかけた塔かのどちらかだろう。
腹ごしらえをしたら、観光がてらの現地調査だ。
カスターはパルモル商会のためだけにレビューを書く。護衛に選出されたときから決まっていることだ。
最初のレビューは飯か布か、どうしよっかな~
カスターは寝転がったまま運ばれた。本当に良い職場だ。
***
遅い昼食のメニューは主食が芋だった。
薄い生地にたっぷりの芋と細切れの肉の餡が包まれている。調理法は多めの油での揚げ焼きだ。野菜をしんなりしきるまで炒めたトマト味のソテーが添えられている。
汁物はお吸い物のようでいて飲んでみると酸っぱかった。
「柑橘?」
とカスター。
「ホットレモンのほうが好きだなぁ」
とセリア。
微妙な顔がマロウ。
不思議そうな顔で二口三口と飲むのがパルモル。
ティダと交代で飲んでいるのがコンラートだ。
「そんなに酸っぱいですか?」
シーラは五人の反応を尻目に料理を食べる。
「飲んでみたらわかります!」
「飲みましたよ。お料理とよく合います」
「えっ」
セリアが料理と一緒に汁を飲む。
あいかわらず、疑わずにやってみるところが素直だ。
しばらくもぐもぐと食べてみて、セリアは首を傾げる。
「合う……?」
「ペアリングが理解できない人でしたか」
「あ、意地悪言いましたね?」
ペアリングとは、チョコレートとオレンジやベリー、ナッツなどの組み合わせや、お酒と食事の組み合わせのことだ。両者の良さを引き出す技術である。
「肉料理のあとのレモンシャーベットということですか」
パルモルが料理をフォークで掬う。
カスターは料理を持って来てくれた人を捕まえて聞いた。
「これ、料理名なんていうんですか?」
「包み焼きよ。肉の包み焼きとか言うわ」
「これは?」
「だから、肉の包み焼き」
「わかりました、ありがとうございます。こっちの汁物は?」
「メオ。他には?」
「メオっていうのは実の名前ですか? 単純に料理名?」
「汁に使われる実の名前。これにしか使われないから」
「染色にも使わないんですか?」
「これは使わない。糸が駄目になるんだよ」
「へぇ~!」
カスターはひとしきり質問し終えるときちんと礼を言って食事に戻る。
みんな半分は食べ終わっていたのでひと口を多めに頬張った。
食後はいよいよ集落ボアを見て回る。
宿はあとで見られるので後回しだ。
一行はひとまず広場へ出てどこから行くかを決めることにした。
年寄りが糸紡ぎをしている横で地図代わりの絵を広げる。
カスターはそれを見て、自分でも書いておこうと思い立ちメモ帳を開いた。
「あんたら、長に挨拶はしたんかいな」
メモに図を描いていると年寄りが話しかけてきた。
手回しの紡ぎ機だ。回転を止める気配はない。
「しましたよ。そこの剣持ってる人と俺、以外の仲間が」
「ハブられるなんてひでぇ仲間だな」
「あー俺の言い方が悪かったです。俺たちは彼らに雇われた護衛なんで、いつも一緒なわけじゃないんすよ」
「ほぉか」
「はい。糸紡ぎ楽しいですか?」
「楽しいわけあるか。染めのがえぇ」
「じゃあなんで糸紡ぎを?」
「そりゃおめぇ、染めは若ぇもんがやらにゃやが」
「願掛けかなにかですか? 縁起担ぎ?」
「聞くことが多いな」
「すいません、性分で」
「んなら教えてやるわ。世代が変わるからよ」
「……ちょっとそれだけじゃ、わかんないっすわ」
「一発でわかっちゃお終ぇよ」
「あぁ、はい。頑張りますわ。……俺に時間ができて兄さんも気が向いたら糸紡ぎ教えてくれません?」
「えぇぞ」
「よっしゃ、ありがとうございます! カスターです!」
「エスだ」
エス爺さんは横に置いていた籠から木綿を手に補充した。
カスターが会話を終えてみんなを見るとパルモルに提案される。
「カスターさんは別行動にします?」
「なんでですか! みんなで回りましょうよ!」
「カスターさんひとりのほうが調査が捗りそうだったので」
否定できない。だがせっかく大人数で来ているのだから一緒に回りたいだろ。
「変わりませんよ! まずはどこへ行くんです?」
カスターはみんなの輪に割り込んだ。
『《迷いの森》奥の集落ボア 調査レポート(1)
・布
この地の最も目につく特徴として布があげられる。
多く使われている色は見られた範囲では深緑、若草、オレンジ~黄色の範囲の色、臙脂、白、生成り。
出迎えの人間のうち、言葉が標準語に近く年嵩の人物は深緑だった。
年配になるほど落ち着いた色を好むようだ。年配者の衣服には継ぎが多く施されている場合がある。
対して若者にはその痕跡が少ない。これについては今後の調査で明らかにしたい。
他に、役職や柄模様との関連も考えられる。
・方言
意味の不明瞭な現地特有の表現にはまだ困らされていない。これから交流を深める過程で出会うかと。
酸い実:黄色の布のこと。あるいは木の実(未確認)。
だらり掛け:のれんやすだれ的用途のかけ布か(未確認)。
~やが:語尾に多い。
メア:汁物に使われる実。またその汁物。染色使用は糸を損なう。
・食
芋と油が豊富。
メアという汁物が一緒に出される。
どの料理でもメアが出てくるが油物も多いのでそのためかもしれない。
・生業
現在確認できているのは糸紡ぎと染め。
染めは若者が行う作業である(エス証言)。
常設の販売店舗類はなし。
仕入れをするなら集落の人間の誰がなにを扱っているかを把握する必要がある。
・主要施設
長の家:集落奥、黄色の布が掛かった家。
宿:木を模した三階建ての塔。一階に宿泊中。二階三階は未確認。』




