第23話 権限移譲 守りの人 やっぱ変なもん食べてた!
「野営地を放り出してきていいのか」
「心配はいらない。それよりお前の考え方だ」
「そちらにも非があるのでは? 体調不良者は明らかに森の影響を受けている。それなのにお前たちが被害の抑制でなしに往来の規制に動いたせいで、関所はジリ貧だ」
正常な空気の残る会議室で執務をしていたガリングと乗り込んできた守りとの会話だ。
いまの状況は守りが問題解決に積極的じゃなかったから長引いていることらしい。
成り行きでカスターも守りと一緒に入って来たがなにかを率いていくような人たちの話は遠い世界の話に感じられる。
しかし思わぬところがないでもない。カスターは足元をぐるぐる回るヴィータを眺める。
ほーん、人間より――
「人間と森、優先順位がおかしいだろう」
ガリングがカスターの思ったのと同じようなことを言って守りを責めた。
守りはというと、これ以上話しても仕方がないとでもいうようにつま先を出口へ向ける。
「どちらをより守るかという話ではない」
守りの足音が遠ざかる。
カスターはガリングを見た。
「説明が足りない気がしません?」
「いつもだ」
ヴィータが大きく飛び跳ねる。マジで元気だな。
カスターはヴィータを捕まえて抱えた。
広場へ出ると役舎出入口付近に守りとコンラートが立っている。
「なにしてんすか?」
「情報共有をしていました」
コンラートが答える。
守りの視線はカスターの腕の中のヴィータへ……。
「森の影響は?」
「え……最初は柔らかかったですけど、玉手弾以降元気です」
「玉手弾か」
「お、知ってます?」
まさかの接点。期待してしまう。
「子どものおもちゃだろう」
「違いますよ!?」
コンラートが後ろで「あは」と笑う。
「集落にも玉手弾があるんですね。行くのが楽しみになりました」
「外の者は喜ばれる。楽しんでいくといい」
二人が話す。
しかしカスターの意識はおもちゃ発言に逸れていた。その隙にヴィータがスルンと地面に逃れる。
ナメクジみたいにぬるぬる進んでぴょんと飛ぶ。行き先は《迷いの森》方面。
コンラートと守りはそれを目で追った。
「もー、勝手に行くなって」
カスターが駆け寄って回収しようとする。だが守りがそれを止めた。
「行かせてみよう」
すかさず抗議する。
「森に入るって事っすよね。それなら関所とパルモルさんたちに言っとかなきゃいけないし、いますぐ行くのは危ないんで無理です」
「お前は往復してきたろう。渋るのは体調のせいではないな」
「そうですよ。ロープ切られちゃうんで」
忘れるなかれ。目下の問題はロープが切られることだ。これでは調査ができない。
コンラートは二人のやり取りを静観している。
「わからないな。結局どれが一番解決したいことなんだ?」
「森をもとの範囲に戻したいって聞いてます」
そのために調査が必要で、そのためにロープを切ってくる虫が邪魔なのだ。
どれかひとつと選べるものではない。
「ロープがないと森の中で迷うので」
「迷わないとしたら? すぐに行けるか?」
「そりゃもちろん。え?」
「行こう」
守りがカスターからヴィータを奪い地に放す。
ヴィータは今度はなんの邪魔もなく森へ向かって動きはじめた。
***
先頭をヴィータ、その後ろを守り、最後をカスターとコンラートが進む。
「どこへ行くんでしょうね」
「ところでティダは元気です?」
「効果の打ち消せていないところでは変わらず辛そうです。ですが絶食しているので生きてはいますよ」
「なんで絶食?」
どうつながるのかわからない。
「私の魔力を取り込まないので魔物に近づいていくんです。そうすると影響が小さくなるようですね」
「へぇー」
守りが説明を加えてくれる。
「《迷いの森》は人間の魔力を得て維持されている。テイムされた魔物は人間の魔力と繋がっているせいで影響を受けるんだろう」
「……怖いこと言いませんでした?」
「人間の魔力を得て」
「ですよね!」
守りが怖い言葉を繰り返す。
コンラートもこの会話に入ってきた。
「人間の魔力が欲しいから人間を迷わせるんですね」
「そうだ」
「やだー……」
「だから立ち入りを制限している」
そんな森なくしてしまえ、と思う。カスターはガリング派だ。
さらにしばらく歩いて守りが立ち止まったのは、一本の木の前だった。
「ほぉ、立派だ」
守りの目線の先を見ればそれは木のウロの中。
ヴィータが午前に食べた青みがかった碧の珠、その結晶が詰まっていた。
三人をここまで連れて来たヴィータはすりすりとこの結晶に纏わりついている。
守りが振り返る。
「テイムではなにを使った?」
カスターはリオールの分析結果を思い出しつつ答えた。
「たしか、薬草と熊胆が入ってたかな」
「では益になる。掘って持って行くと良い」
「そうなんすか? 俺が触っても問題ないやつ?」
躊躇っていると守りが結晶を捥いだ。
カスターに渡す。
感触はひんやり。ただの石のように見える。
「他にもあるはずだ。これが拡大の原因になっている」
「なんなんですかこれ」
「十年毎に来るという人が今回は来ていないということになるんでしょうか」
カスターとコンラートがそれぞれ問う。
守りは煩わしそうに立ち上がった。
「お前たちに言えることはない」
***
《迷いの森》拡大の原因特定と解決はこうして達成された。
広場へ集めた結晶を積み上げる。
ガリングがひとつ手に取り眺めた。
調査隊の面々もパルモル商会も集まっている。
「説明は?」
ガリングが守りに要求する。
守りは憮然として答えた。
「拡大の原因だ。そこのスライムがいたから彷徨わずに回収できた。これらは来月ここへ来る取り手に引き渡す」
「わかった」
ガリングは説明が足りん、というため息とともに結晶を山に戻した。
カスターとコンラートのもとへやって来る。
「あとで詳しく聞かせてください」
「いやぁ……」
「私たちも、『取れ』と言われただけでほとんど説明されなかったので……」
ガリングはため息をついた。
結晶を一通り見たマロウが玉手弾をカスターに返しに来る。
カスターはそれを受け取った。
少し眺めて、
「ちょっと砕いて、玉手弾で撃ってみます?」
円筒の蓋を開けた。
***
空へまっすぐ向けて引き金を引く。
シュンッ――
空気が素早く動く音が打ち上げられた。
キラキラと反射しながら結晶と同じ色の靄が昇っていく。
頂点でふわっ、と広がり広場に柔らかな光の欠片を落とした。
降り注ぐ光の中へ入ると身体がぽかぽかしてくる。
「ポーションを浴びたらこんな感じなんですかね」
日光浴のような表情になる人々のうちの誰かがそんな感想を述べた。
あー、ポーション系かぁ。ヴィータが食べちゃったのも納得。
カスターは納得感と共にひとしきり結晶の光を堪能した。
『《迷いの森》と玉手弾 [ 攻略情報 ]
《迷いの森》の攻略と玉手弾の続報をまとめて書きます。
正直に言って万人にできる攻略方法ではないのですが、私の経験からヒントを得る方もいらっしゃるかもしれないと思うので。
《迷いの森》から。
迷いの森はその名の通り人を迷わせる森です。しかしそれだけならば攻略は容易でしょう。これを困難にしている要因に体調不良と虫があります。
体調不良については玉手弾を使ってみたことである程度まで原因がわかりました。
森の魔力とでもいうべき要素が人間に引き寄せられる性質を持っていたのです。
けれど不思議なのは人間の魔力に反応している訳ではないという点です。仲間の中に魔力操作に長けた者がおりまして、彼は魔力を内へ引っ込めることで体調不良を回避できていました。
このことから考えられるのは、やはり森の魔力の働きかけとは別に人間側の魔力もなんらかの反応をしているということです。
この問題に対して私の場合は玉手弾が役に立ってくれました。
たまたま森の空気を撃ってみたところ、なんと中和されるという奇跡が起こりました。
ですが注意点もあります。
効果がわかってからというもの何度も撃つことになりましたが毎回の効果に付随して生じる環境への影響が大に小にと違う。これには危機感を覚えました。
玉手弾のレビューに私は条件を揃えられれば狙った効果を引き出せるのではないかと書きました。
いまは考えが甘かったと言わざるを得ません。
条件を揃えたつもりでも微細な違いが大きく影響してきます。
《迷いの森》に戻ります。
虫についてですが、関所から紐を用いて探索に出ることを思いつく方は多いようで、森には多くの痕跡が残されていました。この命綱にも等しい紐を切ってしまう存在が関所でも認識されていたのですが、この度その原因が判明します。それが虫でした。正しくは芋虫ですが。
小さな虫も寄って集って励めばロープを切ることができます。虫嫌いは要注意です。
殺虫効果のある薬剤でも撒けば被害が食い止められるかもしれません(これに関しては試していません)。
いずれにせよ、体調不良に対策ができれば思う存分森を彷徨うことができるので十分な携行品の準備をしたうえで挑んでいただくのが良いと思います。
また、森の中では結晶を見つけることがあります。
対策なしに近づけばそれまでよりも不調の度合いが重くなるのでなかなか近づこうとは思わないかもしれませんが、ひとたび地面から切り離してしまえば回復アイテムになります。
滅多に見つかるものではないので当てにしないようによろしくお願いいたします。
蛇足ですが、森の守り人さんは『《迷いの森》は人間の魔力を得て森を維持している』とおっしゃっていたので結晶の由来もさもありなん、ということになるかと。』
――――――
カスターは完成した原稿をパルモルに渡すとタッド宅のソファに飛び込んだ。寝ます。
ヴィータを腿のあいだに挟んで体勢を調節する。
テーブルで原稿を読み終わったパルモルが早くも添削結果を述べた。
「『蛇足ですが』から以下全文削除しますね」
そこは自分でもどうかなーと思っていた部分だ。読み手がどう受け取るか予想できない内容である。
「はーい」
この原稿はガリング経由で王都への報告に添付される予定だ。




