第22話 迷いの森 渦中 本体へ
関所の向こう。本来の《迷いの森》。
入ってまず目に入るのは歴代の試行錯誤の痕跡だ。
木から木へ渡される無数の紐が最もわかりやすく、次に草木にまみれるテントや荷物が点在しているのが見えてくる。
カスターは魔物か動物かがつけた細い獣道を歩いていた。
ヴィータが先を飛び、カスターはヴィータの後を行く。
「離れるなよぉ……こっちは身体重いんだぞ」
文句を言う。ヴィータから返ってきた反応は、カスターの左手首ににょーんと巻き付けられているヴィータの身体が波立つ動きだ。
いま、カスターの魔力は、念入りな深呼吸のように一定の感覚でじんわりと出し入れされていた。
コンラートから教わった魔力操作を強制的にやらされている。
体内魔力の分布の偏りがカスターの身体に影響を与える。それが辛い。
魔力が身体から出ると腹が冷え、入ると頭がのぼせる。それを解消するためにのぼせたところから冷えたところへ魔力を移動させるのだが、
「疲れた……」
絶え間ない魔力操作は昨晩それを覚えたばかりのカスターにとって負担でしかなかった。
カスターの後ろには五〇〇メートルごとに色付けされたロープが垂れる。
関所からちょうど一キロ半の距離にカスターはいた。
***
――カスター出発前。関所。役舎内、会議室。
《迷いの森》についての情報がカスターたちに共有される。
「関所と探索者をロープで繋ぐ手法はこれまでにも大勢がやってきましたが、出来ても三十分までです」
「なぜです?」
《迷いの森》でロープを使う方法は、カスターたちのパーティーではパルモルが考えたものだったが、関所に言わせれば画期的な手法ではなかった。むしろ使い古されているらしい。
パルモルが聞き出す。
「途中で切れるんです」
「三十分で?」
「それがこちらで観測できている範囲での最短記録です」
「なにかがいる、ということですか」
調査隊の面々が黙る。
パルモルが薄ら笑いを浮かべて身を乗り出す。
会議室の空気がピリついた。
「皆さん、まだそれを見たことがない?」
「はい」
ガリングが認めた。
パルモルはそれを聞くと項垂れてはぁーーと息を吐く。そして考えをまとめると決意したようにガリングを見据えた。
「我々になにをお求めで?」
「範囲拡大の原因特定と解決を」
「ですよね。そちらはどのようにそれらに対処しようとお考えですか? まさか丸投げではありますまい。調査隊まで編成しているんですから」
「無論です。調査自体には調査隊が赴きます。皆さんには関所内に安全地帯を作っていただきたい」
「それならわかります」
無茶ではなかったとわかりパルモルがガリングに理解を示す。それに合わせてカスターも小さく息をついた。玉手弾を撫でる。
「俺は、関所でこいつを撃てばいいんですね」
「関所の見張り台から森にも撃ってもらったらどうなりますか?」
隊員が思いつきを言う。
「そんなの、やってみないとわかりませんよ」
カスターはそう言って空の円筒の蓋を開閉した。カチカチと音が鳴る。
コンラートが手を組んで関所側の人間を見回した。
「拡大されている森と調査対象の森とは、どの程度の差がありますか?」
「中に入るほど植生が変わります。うまく抜けられれば向こう側とこちら側の植生は似ているそうで、道中は他にない植物があるそうです」
「抜けて戻ってきた方もいるんですね」
「ええ、《迷いの森》でしか採れないものを目的に来ている人物で、百年ほど前から十年毎に訪れているようです。無事に動く方法を聞き取りしたこともあるんですが、『人間には真似できない』と」
答えを聞いたコンラートは数度瞬きをしたあと、歯に物が挟まったような曖昧で怪訝な顔をした。
?
「コンラートさん?」
カスターは流石に変に思って隣に座るコンラートに声を掛けた。
「はい」
はい、じゃないだろ。
心中で突っ込む。わざとなのか知らないがこっちも命かかってんだから無視できないぞ。
「なにか気になることありました?」
「いえ。魔力操作では限界があるのか、と思って」
「あー……いままでも《迷いの森》だったけど迷わなかったですもんね」
こそこそ話していると近くの隊員が二人に顔を寄せる。その隣の隊員が彼を小突いて「全体に聞こえたほうがいいんじゃないか」と言うので彼は皆に聞こえるように言った。
「僕の体感ですけど、元々の《迷いの森》と拡大している範囲の森ではやはり元々のほうが辛い気がしていて」
「症状が?」
「ではなく。なんというか、息が詰まるし。まぁ気持ちの問題だと思うんですけど」
「わからないことだらけだな」
マロウが険しい顔で腕を組む。
ガリングが「面目ない」と返した。
「とにかく、商会の皆さんには安全地帯を任せます。冒険者のカスターさんとコンラートさんは残ってもらえますか? 魔力操作について詳しく聞かせてもらいたい」
「はい」
「あ、じゃあ玉手弾をマロウさんに預けますね。入れるのは空気だけ。守ってください」
「わかりました」
***
上記のような経緯でカスターとコンラートは調査のほうに組み込まれたのだ。
魔力操作を齧ったばっかりに……
カスターは「あ~……」と呻き声をあげながら体内の魔力を回す。
与えられた任務は《迷いの森》拡大の原因特定と解決。
見当もつかねぇ~
いまはロープを切るというなにか待ちだ。それしか手がかりがない。
関所から出ているロープは三本。カスターと調査員二人が矢面に立つ。残りはロープの半ばに待機して異変の到来を待っていた。コンラートは彼の戦術のひとつである護符が使えないのを理由に待機組かロープの根元にいるはずだ。うまく逃げやがってと言いたくなる。
第一区切り。三十分だ。
カスターはロープの伸びる道を振り返った。まっすぐ歩いてきたつもりだが遠くを見るほど木々が視界を遮ってくる。カスターはロープを引いた。少し待つと引き返される。他のロープはどうか。
カスターは他二人のいる方向へ顔を向けた。
ガランガランガラン――!!!
けたたましいベルの音が鳴り響く。誰かのロープが切れたらしい。
カスターはロープを辿って自分とペアになっていた調査員と合流した。
「アディラスさん!」
「関所へ!」
ベルを鳴らすのは矢面に立つ人間だ。回収されるまでその場でベルを鳴らし続ける。
カスターたちは走って関所へ戻り、切れたロープを辿って捜索を開始した。
途中で切れたロープの待機要員マーカスと出会う。
「原因分かりました?」
「はい! 虫です」
「虫!?」
「カスターさん、とりあえず迎えに行きましょう!」
「そっすね、すみません!」
カスターたちは取り残された隊員を迎えに行った。
◇◇◇
広場に持ち帰られた虫とご対面する。
地を這うものだ。芋虫系。とても小さい。
調査隊たちが代わるがわる覗き込んで確認する。
「これ、たまに畑をダメにしていくやつっすよ」
そう言うのはマーカスだ。
「じゃあまじで虫が迷わせてるってことか?」
「森のなにかがこいつらを元気にしてるとか?」
調査員が軽口を叩く。
マーカスが「いやまじで」とロープ切断の目撃者らしく真剣な顔で身振りをつけて話す。
「ジリジリっていう音がしてロープあげたらこうさぁ、わー! ってこいつが群がってんのよ。あんなのはじめて見た」
と心底怖気が立ったと身体を抱く。
パルモルが広場へ入って来て調査隊に手を振った。
「どうでした?」
「虫がロープを切っていたことがわかったところです」
コンラートが答える。
報告を聞いたパルモルは満足げに頷いた。
「結果が順調でなによりです」
パルモルは二人が調査に参加することに対して、「安全性の担保」を条件に了承していた。
「こちらは診療所と宿と廟に玉手弾を撃ちました。商会のおもちゃに遠隔で簡易的な信号を送れる品がありまして、それをレンタルしています」
「え、見たい」
「では解決に向けて頭を絞ってください。僕たちも協力しますから」
カスターがおもちゃに喰いつくも無常に切り捨てられた。ちょっと優しいのが嬉しい。
「商品名を単信メールといいます。山仕事とかにも使えるんですよ。個人間に限定されますがシンプルで使いやすいとか」
「へぇ~!」
「皆さんがお弁当にしてくれたので持ってきました。冷める前にどうぞ」
マロウが両手に袋を持って現れる。
みんなに食事が配られた。
***
食事中の話題はやはり虫についてだ。
「拡大するまえからいたやつと変わりないように見えるけど」
「うん。具合を悪くするやつか迷わせるやつが関係してるんだろ」
「その区別もだよ。商会の人たちがいろいろ解明してくれて助かったよな、調査進展しまくり」
「本当に助かってます、ありがとうございます!」
「あ、はい」
急に感謝されてぎこちなくなるカスターとにこりと笑むコンラート。この調査隊は仲がいい。
コンラートがガリングに顔を向ける。
「これからの方針などはもう決まっているんですか?」
「ロープが切れて迷うのなら、原因である虫をまず駆除したい。森を一度焼こうかと」
過激な答えが来た。
調査員たちが顔を見合わせる。
「森を……」
やはりずっとあったものがなくなるのは受け入れがたいのかもしれない。みな困惑している。
けれどガリングは決断のときと考えているようだ。
念願の調査で、ロープを切っていた何者かを特定した。
この虫は恐らく《迷いの森》全域に生息していると考えられる。
しかし関所側に虫の生態と行動を調べる余裕はない。
パルモル商会としてもそれで足止めされるのは避けたい。
そこでガリングの強硬策「森を焼く」はそれでも困惑のうちに受け入れられた。
コンラートを除き。
「この森には守りがいるはずです。勝手に燃やせば取り返しのつかないことになりませんか」
これがコンラートの主張だ。
「他に方法がありますか?」
「拡大範囲が本来の森の範囲に収まれば森自体を傷つける必要はなくなります」
「ですから、どのように?」
コンラートと関所の責任者ガリングが対立する。
「聞きに行けばいいですよね。あれだったら行ってきましょうか? 多分今日中に帰ってこれますよ」
カスターは無用の争いを避けるべく手を挙げた。
***
道中特に問題もなく野営地に辿り着く。
守りに関所での出来事を告げるとため息をつかれた。
「役所はこれだから」
もしかしてあまり仲良くないのか。カスターは守りの反応を無視して話を進めた。
「燃やしていいですか?」
守りもカスターを無視する。
カスターに聞こえない程度の声量で近くの青年となにやら相談をすると、守りは彼にネックレスを渡した。カスターを振り返る。
「緊急事態と判断した。関所に戻ることにする」
お、全部解決しそう!
カスターは心が浮き立った。
守りの判断はむしろ大歓迎だ。迷いなく森へ歩む守りの背が頼もしく感じられる。
はじめから守りがいてくれたら良かったんじゃね?
と思いかけるがまあいろいろあるんだろう。ほら、しきたりとか。
ともあれ、解決したらご褒美が待っている。
ヴィータも柔らかくならないし元気そうだし状況は良くなってるぞぉ!
「解決できそうです?」
「《迷いの森》の守りは、森を守るためにいる」
「モリが多いっすね」
――ギロリ。
睨まれた。
疲労困憊、心うきうき、思考鈍麻で軽口ぽろぽろ。これが気に障ったようだ。
「木偶の坊ゆえ任せていたが森に手をつけるなら話は別だ」
木偶の坊はガリングのことだろう。
「調整する」
守りはそう言って視線を前へ戻す。
「それは木偶の坊をですか? 森の問題についてですか?」
カスターの問いに答えは返ってこなかった。




