第20.5話 一夜と薬草飴と鍛錬
タッドのありがたい申し出で泊めてもらえることになった一同は宿に置き去りの荷物をタッド宅へ移動させた。
宿の人には清掃係にも口添えしてもらって事情を話し、馬の世話と馬車の管理を頼んでおく。もちろん金も払う。
拠点を移し終えるとこの一晩は良い空気――雰囲気的にも森の空気的にも――の中で過ごす暇ができた。
「タッドさん。台所借りてもいいですか?」
カスターが訊いてみるとタッドは腰を浮かせた。
「お夕飯ですか?」
「いえ、ちょっと試作してみようと思って。飴ちゃんを作ります。薬草で」
「苦そうですね」
「砂糖増しましで!」
言い合っているとシーラに言われて馬車に食材を取りに行っていたコンラートが戻ってきた。
台に山盛り野菜の籠を置く。
「勝手ながら多めに取ってきましたが良かったでしょうか」
「ええ、ありがとうございます」
コンラートは包みをシーラに渡した。中身はなんだろう。干し肉かな魚かな。
気になるがそれよりなによりあまり扉を開閉しないでほしい。空気の流れが制限されているから玉手弾の効果が長めなのであって、ばんばん行き来していたら空気が混ざる。
玉手弾をあまり使いたくないカスターのわがままなので言わないが。
「薬草を砂糖漬けにもしてみましょうよ」
タッドが瓶を片手に提案してくる。さては薬草が苦手だな?
「元気出てきましたね」
「皆さんがいてくれるからですよ」
流しにシーラ、作業台にタッド、コンロにカスターが並ぶ。
火元は蓄熱石だ。直火ではないので一長一短だが屋内で使っても安心というのは便利である。
これから使おうとしている蓄熱石は家庭用の蓄熱石だ。どういう仕組みかわからないが専用の棒でカチンと衝撃を与えると赤くなって熱を発する。メンテナンスはいらないがひとつの家に置ける個数に制限があるらしい。
そんな料理用蓄熱石を使って飴を作る。
薬草を一束。みじん切りにして湯でエキスを取る。液の倍量以上の砂糖を加えて溶かしながら煮詰めていく。ぐつぐつ泡立つ様子が重みをもってぷすぷすするようになってからさらに色が変わるまで待ったあと、それを包み紙に少しずつ垂らして冷ます。固まったら完成だ。やけどに注意。
タッドは薬草と砂糖を適当に瓶の中にいれて蓋をするだけ。早々に終えて椅子に戻っていた。
シーラは空いた作業台で野菜を切っている。
「今日のご飯はなんですか?」
「ミートソースのパスタです」
「おー美味しそう」
コンソメスープが続いていたのでうきうきする。
コンラートがやって来て、
「魔力操作は護符づくりのためにもなるのでカスターさんも」
と誘ってくれる。
カスターはシーラからも送り出されて台所から離れた。
***
「ではまず、魔力を感じるところからはじめましょう」
コンラートが授業を始める。
「おふたりにはティダをお貸しします。カスターさんはヴィータさんに協力してもらってくださいね」
「はい」
カスターはよくわからないまま返事をしてヴィータを呼び寄せた。
セリアとタッドがティダに触れている。
カスターはそれを見てヴィータに手をつけた。
「ティダ、ヴィータさん。魔力をいち、にと合わせて吸収と注入をしてください。はい、いち――」
吸収。
ギュン、と腹が冷えた。
「うわ」
素直に呻く。身震いをして背を丸めた。
コンラートのカウントが注入を指示する。
「――に」
指先が熱いほど温まる。次いで頭がぽう、とする熱に浮かされたようになってカスターはぐらりと背中を背もたれにつけた。強烈だ。あと腹が冷えたままだ。
まだ温い手を腹に当てる。
セリアとタッドはどうなっているかと横に目を向けるとふたりもそれぞれの反応をしていた。
セリアは頭を抱え、タッドは咳をする。
「いまそれぞれに不調が出ましたね。吸収されたときに現れたマイナスの反応は普段の魔力の置き場所です。注入のときの反応は常日頃魔力が少ない部位です。では実際に魔力を操作してみましょう」
「げほげほ、どうやって、こほっ」
「大丈夫ですか?」
咳が止まらないタッドを心配して訊くとタッドはお構いなく、と掌を向けてうんうん頷いた。病み上がりにこれはかわいそうになる。
「皆さんが苦しんでいる部位に魔力が行けば回復します。いつもの習慣でそこに魔力があることが当たり前だと身体が思っていますから」
つまり自力でやれと。
セリアが前傾姿勢涙目で深呼吸をしはじめる。一点集中なところを見ると頭痛がけっこう酷いらしい。必死だ。森に入って以来セリアは大変なこと続きだな。
タッドもソファに身体を預けて目を瞑る。
カスターも腹の中に意識を向けた。表面は温まっても中は依然として冷えている。
ええと、どこから魔力を持ってこようか……
苦戦しているとコンラートが指示を追加する。
「のぼせているところから魔力を移動させましょう。いつもはないところにあるからのぼせます」
「はい」
タッドが返事をする。
カスターも遅れて「はーい」と言った。
「動きませんー!!!」
セリアが集中を切らして喚く。同じ気持ちだ。
このままだとお腹下しそう……
キュッと腹を抱く。ちょっと危機感。
「熱をそのままそっくりゆっくりと移動させるんです」
新たな助言。
セリアは両手で頭を支えて長く息を吐く。それから動かなくなった。
カスターはイメージする。頭と手から熱を動かすところをなるべく具体的に。
細く息をしながら一定の集中力を保つ。
随分長いことそうしていると次第に。極々少しずつ身体が温まり始めた。
「できました」
「流石です」
挙手して申告するとコンラートが拍手してくれる。救われた気分だ。
ほっとしているとすぐにセリアも諸手をあげた。こちらはガッツポーズに見える。
「ジャーキー食べます?」
「これからご飯なのに?」
断られた。
鞄に突っ込んだ手を引き抜いて膝の上で手を組む。ヴィータを足で挟んでちょっかいをかけた。
しばらくしてタッドが課題を達成する。
片手で一度顔を覆いため息をつくと身を起こした。達成感の笑みを浮かべている。
「すこぶる疲れました」
「はじめてでしょうから余計に大変だったと思います。本当は森の影響を少なくするところまでやりたいですが、今日はここまでにしましょう」
「はい」
「ありがとうございました!」
「腹減ったー……」
三者三様の返事をして席を立つ。
護符に辿り着くには長くかかりそうだ。
なんかめちゃくちゃ大変だし。
台所からミートソースの良い香りが漂ってくる。
見るとパルモルがパスタの鍋をひっくり返して「あちちっ」と叫んで鍋を落としてしまっていた。
「あとはやりますから座っていてください」
シーラに追い払われて食卓へ退散してくる。そのまま椅子に座るパルモルは「むずかしいなぁ」と困りながらも楽しそうだ。
セリアが手伝いを名乗り出て鍋を拾う。シーラは鍋を受け取るとセリアに床拭きを命じた。
カスターも台所へ近づく。
「お茶のお湯を沸かしますね」
「ありがとうございます」
「ヴィータのついでですから」
やかんをコンロに置いて蓄熱石を叩く。青から赤へ、色が変わった。
今回のお茶はメンダーのお茶だ。
「なぁヴィータ。俺も飲んでみてい――」
言い終わらないうちにヴィータが服の中に入ってきて素肌に張り付く。
「わかったっ、冷たい!」
習ったばかりの魔力操作はまだ咄嗟には発揮できなかった。




