第16話 迷いの森 空から見たときは普通だったくね?
昼食を終えた一行は午後の行程をこなす。本日の野営地を目指してひたすら移動だ。
午前は馬車にこもって「集中するから話しかけるな」と言ったシーラも午後は外へ現れた。一緒に歩いたり荷台に腰かけたりパルモルと御者を変わったりする。
もう一人の女性、セリアはマロウから馬の御し方をなんとなく教わりながら手書きの冊子片手に商品について勉強中だ。カスターとコンラートは最後尾なのでこの声が良く聞こえる。
「流木のオーナメント! えっと……? 山間地域では木は刃物によって削られ端正に整えられるものだが海峡部の海水と流砂でじっくりと削られた滑らかな質感を持つ流木は持ち込まれれば山の民にも受け入れられうる可能性を秘めている。んー……と、マロウさん」
「はい」
「お客さんに『触ってみてー!』って呼びかけしてもいいですか?」
「汚れないようにしてもらえれば構いません。水を入れた桶と手拭きを用意しておくと良いでしょう」
「はい! 準備。水、桶、手拭き……っと」
後ろから御者台は見えないが、気配から察するにメモしたようだ。
思いつきをやらせてくれる上司と、言うことを素直に聞く部下。良い人の周りには良い人が集まるのか。パルモルがすごいのかパルモルの父親がすごいのか。
とりあえずこれに尽きる。
「良い依頼引いたよな~」
「ですね」
ティダの愛想が良いとは言っていたがコンラートも良いぞ。
その間にもセリア達の会話は繰り広げられる。
「マロウさん、塩は覚えなくていいですか? みんな知ってるし勝手に売れそうだし」
「産地があるので覚えてください。味も微妙に違って面白い商品ですよ」
「へぇ……今回はぁ、二種類ですね。舐めてみていいですか?」
「三〇グラムで一ゴールドです」
「有料! じゃあ一〇グラムずつください」
「お代はいくらになりますか?」
「あーん、計算の問題になっちゃった……」
セリアの声が小さくなってぶつぶつ言いはじめる。
カスターも「えっと?」と考えてみる。〇、六六三くらいだ。
「小数点第二位は繰り上げてくださいね」
じゃあ〇、七だ。ゴールドだと〇、七ゴールド。それより下の通貨にすると七メイト。でもメイトを使う人は少ないから結局一ゴールドでは?
「七メイト!」
「はい」
「本当に払うんですか? えぇ~! むぅ……はい! きっちり七です!」
メイト使いがいた。
カスターなら一ゴールド払っておまけをつけてもらう。
と、会話ではのんびりしているが移動速度は午前より早かったりする。理由は野営地が山の上にあったからで、原因は手持ちの地図では高低差まではわからなかったから。商会側から準備不足を謝られたがカスターたち冒険者組は気にしていない。便利な労働力、冒険者。そういうわけで午後から平地は急いで行こうということになったのだった。
景色は林から森へ。木の密度が増して日射しが遮られる。
しばらく歩いていくと逸れる道と真っ直ぐ登山口の表示が現れた。
パルモルが馬車を止めて降りてくる。
「ここからは荷台を軽くしたいので僕とマロウは徒歩になりますね」
「え!? それならそうと言ってくださいよ、マロウさん!」
セリアがぎょっとして文句を言う。マロウは彼女に構わず降りた。
「心配せずともフリアはマージットについて行きます。手綱を握って余計なことをしない」
「はい!」
セリアは冊子を腿と座面の間に挟むと肩をあげて手綱を握った。
フリアとマージットは馬の名前だ。マージットが前の一号車、フリアが後ろの二号車を牽いている。
「周りをちゃんと見てくださいね! では前進!」
パルモルの声に合わせてシーラが馬を歩かせた。
徒歩の四人も適当に散らばって歩く。
カスターはポーチからジャーキーの包みを出して配った。走ってシーラとセリアにも渡す。
「暇つぶしにどうぞ」
「ありがとうございます!」
商会のみんなから想像以上に喜んでもらえてあげてよかったという気になった。
道端の薬草をちぎってヴィータにあげる。指ごともにょもにょとしゃぶられた。
マロウがそれを見て疑問を口にする。
「連れているだけでスライムには負担ですか?」
「あ、それ僕も気になってました。注意点とかあるのかなって」
「え?」
パルモルも入ってくる。ジャーキーを割こうと躍起になりながら。
コンラートがナイフを差し出す。「あっすみません、ありがとうございますー!」
カスターが、ふたりがなにを気にしているのかわかっていないことを察してコンラートが話す。
「私たちのスライムは強いので、蹴飛ばしても大丈夫です」
「大丈夫じゃないよ!?」
やめてくれ!?
「死にません」
「それはそう! でも心配だろぉ」
「そういう感じなんですね! よかった!」
パルモルはジャーキーを口に入れたまま喋った。マロウが疑問の意図を説明してくれる。
「スライムはすぐ死んでしまうので、お二人のスライムがそういうことになっては事だとおもっていたんです。安心しました」
なにやら知らぬ間に心労をかけていたっぽい?
「あ。もしかして、さっき薬草あげてたの、普通に回復だと思いました?」
「はい。そう思って聞きました」
「紛らわしくてすみません、ただの好物なんです」
「ふーん、ティダちゃんもですか?」
パルモルがコンラートに聞く。
コンラートは「ティダちゃん……」と呟いてから、
「あげてみてください」
とパルモルに薬草を渡す。
パルモルはわくわく、とティダに薬草を向けた。
――ペッ。
薬草が散る。
ティダがパルモルに飛びかかるのをコンラートの手が遮るもどろぬるんと指の間からすり抜けてパルモルのジャーキーを掠め取る。地に降り立ってジャーキーを掲げ持つとパルモルに見せつけてから投げ返した。しょんぼりして受け取るパルモル。コンラート、ティダをちゃんづけされてちょっと仕返ししただろ。
カスターはポーチから追加でジャーキーを出してやった。
***
そんなこんなで野営地。
道に沿って進むこと数時間。
木々の隙間から見える空は明るい紺色。だがしかし山の中はもう暗い。歩けないほどではなく、文字を読もうという気にはならない程度の薄暗さだ。
野営地まではもう一息。一行の視線の先に明かりが見えている。
そしてそこを出て引き返してくる人間も。
シーラが馬車を道の端に寄せて止めた。パルモルが先に進む。
「こんばんはー! 私たちこの先に行こうと思っているんですが、なにかありました?」
「こんばんは」
戻ってきた人たちが立ち止まる。応じてくれるようだ。
カスター、コンラート、マロウは馬車の近くで待つ。
相手は冒険者のパーティーだった。四人組。
「この先の森の中にダンジョンがあるので自分たちはそこを目指してたんですけど」
「前半部分の森ですよ」
「そこから先は立ち入り規制あるから」
「今回は前半部分も無理っぽいけど」
パルモルが整理してくれた内容はこうだ。
野営地より先に森があり、その森はダンジョンがある範囲と立ち入り制限のある範囲に分かれているが、このたび立ち入り制限の範囲が広くなってしまい、彼らはダンジョンに辿り着けなかった。
「一泊して行けばいいのに」
「僕もそう言ったんですけどね」
ゆるゆると歩きながら話す。
マロウが地図を出して開かないまま仕舞った。見えないもんな。
「もともと制限区域を行く予定だったので許可書はあります」
「範囲が広くなってるから無効かもしれないけど」
マロウとパルモルのやり取りにシーラが御者台から身を乗り出して声を飛ばす。
「守りの人に聞いてみましょう」
「僕が行くからみんなは泊まる用意をしておいてください」
「はーい」
野営地に辿り着いた。
篝火に照らされた野営地には今晩を過ごそうと集まった人々のテントや馬車、荷車などで手狭になっている。
カスターたちは馬車二台とテント二張を置ける空地を見つけるとそこに陣取った。
パルモルは場所が決まると、野営地にいくつかある道のうちのひとつを目指して離脱する。
残りの人間は昼と同じような要領で馬を馬車から解放し世話をして夕食作りに取り掛かる。
水場はないので持参の樽を使う。焚火をふたつ、鍋もふたつ。夕食用と風呂用だ。
マロウとシーラとセリアがそういうことをやっている間にカスターとコンラートはテントを張らせてもらった。
***
「皆さん、戻りましたー。『許可書があるなら行ってよし』だそうです!」
野菜が煮えるのを待っているとパルモルが戻ってくる。
一同が安堵するのが空気でわかった。
シーラがくるりと鍋をかき混ぜ、セリアがパンを炙る。
カスターはヴィータに薬草茶を淹れた。旅の間は水筒から直飲みだ。けれどヴィータはカスターとふたりなら水筒に収まってしまうが今は自分がコップになっている。閉じ込められるのを警戒しているのかもしれない。
そしてコンラートはなにもしていない。対するティダはコンラートの身体を縦横無尽に這っていた。ナメクジみたいであまり見たくない。
カスターは口を出した。
「ティダになにもあげなくていいんですか?」
するとコンラートは諦めたように膝に頬杖をついた。
「必要になったら自分で取りに来ますよ」
「凍らせた血は?」
肩を竦める。
「気分じゃないってことですか」
「そのようです」
それなら仕方ない。カスターは食事が出来るまでヴィータを眺めて過ごすことにした。
野営地では広場で数パーティーが集って酒盛りをしていたり、焚火を囲んでカードをしていたり、過ごし方様々に時を費やしている。パルモル商会はどんな過ごし方をするのかなぁと考えて数秒——。
商品見たいな。それもあって商隊の護衛選んだんだし。
動機を思い出した。
「ご飯できましたよー!」
セリアの呼び声がする。
コンソメスープ、焼き魚のトーストサンド、お茶が配られる。
「で、予定より早いですけど私たちがこの度入ることになる森について、情報共有します」
食事と同時にパルモルからミーティング宣言をされた。
サンドイッチをひと口もぐもぐ。パルモルに注目する。
焚火の前に地図が置かれた。
「守りの人によると、現在立ち入り制限のある区画がほとんど森全体に広がっているとのことです」
「《 迷いの森 》ですね」
「ご存知でしたか」
コンラートが言い当てる。
カスターは尻で少し前へ出た。こっちまで知っていると思われたらたまらない。
「どんな森ですか?」
「名前のとおり、迷うそうです。入った人の多くは体調を崩すことがわかっていますが崩さない人もいます。なぜ体調を崩すのかはわかっていません」
「え、どうやって突破するんです?」
「これです」
パルモルがポケットから出したのは何の変哲もないポーションだ。
「……力技ぁ」
「駄目だったらまた別の手を考えます」
「迷うという問題については?」
次はコンラートが問うた。
「ロープを持って来ています。森に入る前に方角を調べ、ロープを張っておきます。森の中では張ったロープとこれから張るロープとの角度を測りながら進みます」
「私たちにもやり方を教えてくださいますか?」
「はい。では食事のあとでやりましょう」
「はい」
ちょっと待て、という間もなく夜の勉強会に組み込まれてしまった。
やりますけども!
食事に戻るとカスターのコンソメスープからピーマンが無くなっていた。
***
翌朝。
朝食を終えた一行は荷物を片して森の入り口まで移動する。
野営地に泊まっていた他の人々も続々と方々へ下山していく。
人や物のまばらになった野営地を目に入れて、カスターは気づいた。
ディーナさんに運動させられたとこじゃん。
《 迷いの森 》なんてものの近くとは知らなかった。
一ヶ月で随分変わるもんだと守りの守る門を潜る。
許可を得て門の陰に杭を打ち込みロープを張った。
森に入る前に深呼吸して気合いを入れる。
踏破したらレビュー書けるな……
一抹の邪念を胸にカスターは森へ踏み込んだ。




