第15話 旅路 冒険者ですからこのくらい(照)
――納税期限まであと一日。
今日は街を出る日だ。
カスターは朝からシャワーを浴びた。身支度を整えてベッドに装備品を並べる。
小型装備専門店アーネットの東海鋼製ナイフ。チサメの武器屋ヴィルモアのカスタムグリップバージョン。
魔道具メーカーカッター社の玉手弾。道中いろいろ試して活かせるようになりたい。
タントリリアの道具屋あののーの帆布製三連ウエストポーチ。街を出ると言ったら「鞄持ってなさそう」と正確な分析をしてリオールがくれた。
水筒。薬草茶とメンダーのブレンドティーを各三回分。貝殻の小物入れとビタミン剤。道具の整理用に巾着三枚。手拭い一枚。熊肉ジャーキー。メモ用紙とペン。裁縫道具。
油紙。これは汁が出るものを包んだり雨避けにしたりする。
柔らかい布。ナイフを使ったあと、鞘に戻す前に拭くために使う。手入れ用品は大きい鞄へ入れておく。
蓄熱石。お茶を淹れるために絶対必要。
……こんなもんかな。
カスターは並べた装備品を身に着けると、着替えやその他諸々の道具類を旅行鞄に放り込んだ。
「ヴィータは準備できたか?」
聞くとヴィータが飛び乗ってきた。目の前にヴィータの身体の膜で小分けにされた茶葉がふたつ並ぶ。これはすぐにヴィータの中に取り込まれた。
「便利な身体だな~」
宿を出る。
旅立ち日和の快晴だ。からっとした空気に強い日差し。気温は高いがヴィータが良い熱冷ましになってくれている。
カスターは手庇しを目の上に当てて海を眺めた。
歩き出す。
***
南門。
「おはようございます」
後ろから声をかけられて振り返る。コンラートだ。
四角いリュックを背負い左の腰に直剣を佩いている。ベルトにちょっとした小物入れがついていて見た目には荷物少なめだ。
肩にティダが垂れている。
コンラートが撫でるとポンッと丸くなった。
「カスターさん、コンラートさん! おはようございます」
南門付近東側倉庫街からパルモル達がやってくる。従業員一同とも口々に挨拶を交わしこれでメンバーが揃った。
余談だがサルジーニは本拠地勤務を提案したところ「就職先は間に合ってます」と断られたらしい。
カスターは門を出る前に一度振り返った。
この街にはやり残したことが山とある。
長距離移動サービスのディーナおすすめのご飯屋さんには行けていないし、最初の目的だったヴィータの装備は手に入っていない。この街での稼ぎ方もよくわからないまま。あと観光も全然できてない。
スージリアのあとで戻ってこよう。
カスターはそう決めてみんなと一緒に街を出た。
***
パルモル商会の馬車は二台。どちらも小型だ。
前を行くのはシーラを乗せた馬車でパルモルが御者として馬を操っている。中身は仲間たちの荷物や備品。カスターとコンラートの荷物も載せてもらっている。
後ろは商品を積んだ馬車で、同乗するのは売り子のセリア。御者はマロウだ。
前者が一号車、後者が二号車と呼ばれる。
護衛のカスターとコンラートはどうするかというと、最後尾に幅をとってついて行く。
前はパルモルとマロウが見ているので死角になる部分を冒険者に任せよう、というパルモルの判断だ。
馬車の両外側をそれぞれ見ながら歩いていく。せっかくなので話しでもしようかな。
カスターは景色を見ながら横に声を飛ばした。
「コンラートさーん。旅をするときに絶対これは外せないってものはなんですかー?」
「自分の身体ですかね」
「おぉ……それはそうだろ」
「あは」
まさかの回答にたじろぐとコンラートが笑い出した。なんとか抑えようとしているが忍べていない。
ティダがコンラートの首回りをぐるりと覆う。
コンラートが首を縮めて落ち着いた。
「すみません。そうだなぁ……護符でしょうか」
「護符?」
面白そうな話が出てきた。道具マニアとしては俄然興味を引かれる。
「ご飯のときにお見せします」
中央に寄りかけたカスターをコンラートは手を振って所定の位置に戻す。
護符かぁ
と思いながらカスターは視線を沿道に戻した。両手を伸ばしてヴィータを腕の中に招くとぼよんぼよんと抱きしめて衝動を発散する。
「カスターさんはどうなんです? 外せないもの」
コンラートが改めて話題を振ってくる。話しはしてくれるらしい。
「やっぱりお茶ですかねー。……いや、ヴィータだな。ヴィータです」
「それは前提では?」
「おっとぉ……? それはそういう判定か。じゃあお茶です!」
「やっぱりそうなりますよね。相棒が大事です」
「ですね」
結論は同じようだ。
「ヴィータさんの好物はお茶でしたっけ?」
「はい。リオールによると回復効果のある素材が入っていると良いみたいで」
「なるほど。それで薬草の香りが」
「え、します?」
カスターはまたもやまさかの事実を指摘されて身辺の香りを嗅いだ。よくわからん。
鼻先をヴィータに埋めてみる。
コンラートがにこっと笑った。
「面白い人だなぁ」
などと言う。
嫌な感じはしないがカスターはムッとしておいた。軽くみられる可能性の芽は摘んでおかなければ旅がしにくくなる。
「からかったんですか」
「いえ、確かに香りはします。薬屋さんのようで清潔感がありますよ。薬草の香りを纏うのはお嫌ですか?」
「嫌っていうかぁ、弱そうじゃないですか。薬草が欠かせないってことだから」
「なるほど。そういう見方もありますか。失礼しました」
「いや……働きで見返します」
「では前衛をお任せします」
ヴィータが角でグイ、グイと天を突く。
「ヴィータさんもやる気ですね」
「頑張ろうな!」
雰囲気が和やかになったところでカスターはティダに視線を移した。
「ところで識別札は?」
「中に持っています。普段は隠れていることが多いので目立つものは必要なくて」
コンラートが身体でティダを揺するとティダからペロンと札が垂れた。ちりり、と揺れる。
「素直ですね」
「ええ。愛想の良いスライムです」
なんというかお互いに自立しているコンビだ。
「仕事に戻りましょう」
「ああ」
それから一時間半ほど歩いた。
経路は南門を出て左手、次の分かれ道を右へ。
距離にして約一〇キロ程。のんびり歩いている。
車輪をがらがら、蹄をパカパカいわせて進んでいたのが次第に速度が緩まりやがて止まった。
「ご飯にしましょう!」
パルモルが御者台からぴょんと飛び降りる。
パルモル商会の面々も出てきた。
セリアが言う。
「水場はありますか?」
カスターとコンラートはあたりを見回した。
場所としては草原に接する林の入り始め。木がまばらで見晴らしがまだいい方だ。遠目に川が見える。
「あっちにあります。行ってきましょうか?」
「お願いしますー!」
コンラートがシーラのほうへ寄っていく。桶が一号車から出されたところだった。
セリアは一号車に乗り込んで食材を出してくる。マロウとパルモルは馬を開放している。
皆働いているのでなにかすべきかと思いかけるがカスターは敢えてその場にとどまった。周りを見ている人がいないと大変だ。
「俺はなんかやることあります?」
でも一応聞く。
マロウが答える。
「周りをぐるりと見て回ってもらえますか。場所を移した方が良さそうであれば知らせてください」
「どのくらいいる予定です?」
「二時間半から三時間です」
「じゃ、そんな感じで見てきます」
「はい。よろしくお願いします」
ということでカスターは散歩を始めた。警戒すべきはCランクの魔物からだ。Cランク以下は危険度が低く、例えるなら犬猫に相当する。Cランク以上になると野生動物と同じくらいで猪や鹿ほどの脅威度になる。
この辺りは草原ということもあって穏やかだ。スライムの数が少ないのは土地に水分が少ないことを表している。日射しが強いもんな。草原真っただ中より林側のほうが多い。
スライム以外の魔物だと大型の蜂とか木の上で様子を窺っている黒からグレーの羽の鳥とかがいる。どちらも煙で追い払えるのでどうせならあとで玉手弾で試してみよう。
いまのところ近くには他に人もいないし誰かの土地でもなさそうだし移動する必要性はなさそうだ。
報告のためにみんなの所へ戻ることにした。
っと、林に入る前に日光もらっとこ。
カスターは歩きながら腕を振って円筒にその場の空気を入れた。
戻ると昼食の準備が進んでいる。シーラが食材を切るのをパルモルがうしろから覗いている。セリアの姿はなく、マロウは馬の近くにいて、コンラートが火の番をしつつ鍋に湯を沸かしていた。焚火から煙が出ている。
「おかえりなさい。どうでした?」
「蜂と鳥がいるくらいかなぁ」
「蜂と鳥? 魔物の?」
「はい。煙貰っていきますね」
コンラートに円筒を見せて中に煙を入れた。コンラートが目をぱちくりさせる。
カスターの準備が終わるとちょうどセリアが戻ってきた。
「セリアさん、すみません。代わってもらえますか? 魔物を追い払ってきます」
「はい、もちろん!」
「お願いします。……――カスターさん、私にも見せてください」
コンラートがすかさずセリアに声を掛けて追いかけてきた。
「うまくいくかわからないですよ。失敗したら襲ってくるかも」
「でしたら余計に人手があったほうがいいでしょう」
コンラートがそう言うのでカスターは煙入り円筒を本体に嵌めて構えた。狙いは樹上の鳥モンスターだ。
「カラモドですか。執念深いんですよねぇ」
「撃ちます」
「はい」
ボン――。
中身によって音も違うのか!
頭を過る感想。目は発射された魔力と鳥を見る。
この魔物は初期に追い払えなかったら徐々に数を増やしあるとき一気に襲ってくる。単体なら怖くないが数の暴力は対処が難しい。人間側も絶対仕留めるという覚悟が必要だ。
煙弾は着弾の瞬間にカラモドの飛翔によって枝に当たった。
カァ!
カラモドが鳴き声をあげ煙を迂回する。カスターは玉手弾を捨ててナイフを抜いた。
中空から翼でグン、と空気を押し出し加速したカラモドはそのまま翼を仕舞ってカスターに迫る。
カスターはグッと集中して左足を引くとすんでのところで避けてナイフを下から振りあげた。もう見るとかじゃない。風圧と音と気配で勘に従い反撃している。
カスターのナイフはカラモドの尾を掠った。
隣後方から手を打つ音がパンッと響く。一瞬の間の後に後ろから黒煙が風に流れてカスターを通り過ぎた。振り返る。
サァ、と煙が引いて視界が開けたあとには剣を抜いたコンラートの姿がある。カラモドの姿はないが刀身に血がついていた。地面に転がっている玉手弾を回収する。
「すみません、逃がしました」
「追いかけましょう」
「あっちです」
ティダが刀身を伝って地面に降りる。等間隔に飛び跳ねながら血を追ってくれるのについて行く。ティダは血を回収しながら先を行く。刀身の血もティダが通ったあとは綺麗になっていたからそう予想した。
「凍ってなくてもいいんですね」
「温度より鮮度です」
「ヒルみたい」
「それを言うと怒りますよ」
「すみません」
ティダは草原を進み左へ曲がり、曲がり続けて商隊のいる場所からさらに西側の林を少し進んだ場所へふたりを案内した。地面に横たわるカラモドと傍に立つカラモドがいる。近づきすぎないくらいでティダがコンラートの肩に戻る。カスターとコンラートは気づかれないように二匹を見た。
「増えてる~」
「ここから早いですよ」
「っすね。仕留めないと」
ふたりはカラモドの動向を気にしつつ連携のために手札を見せ合うことにした。
コンラートが短冊形の紙を地面に並べる。
「煙幕、防御、捕獲、探知を用意してきています」
「俺は見ての通りです。びっくり箱とナイフ」
コンラートが防御の札を手に取る。
「これ以上増えると怖いので結界を張りませんか? 四方に置けば閉じ込められます」
「で、俺が中で倒す?」
「私も一緒に入りますよ」
「おし、やってみましょうか」
決まると早い。ふたりでカラモドのそばまで駆け寄る。カラモドが警戒して翼を広げる。飛び立つ前にコンラートが纏めた札ごと手を叩くと隙間から札が四方に散って結界が形成された。
カラモドの鳴き声が反響する。
コンラートが追加で護符の説明を入れた。
「攻撃が一度でも当たると消えます。都度張りなおしますが」
「なるべく早くってことね!」
「はい」
ヴィータがカスターの前方に広がっている。角がクイッとカスターを招くので踏んづけた。外周が盛り上がる。次いで中央部分。カスターはグンッ、と跳ね上げられた。
カラモドと目線が合う。
「ナイス、ヴィータ!」
ここでナイフの性能を思い出してほしい。
ナメクジを切ったときの切れ味、グリップをカスタムしたあとの熊との戦闘と衝撃波。
カスターはナイフを振りかぶった。渾身の力を込めて振り下ろす。切っ先が天の結界に掠って空気を揺らす。カラモドの身体が均衡を崩す。下がった翼をナイフが捉えてふたつに分かれた。
カラモドの金切り声と消えた結界が再度張られるのが同時だった。
ぼよん、とカスターの身体がヴィータに受け止められる。
「ヴィータぁ! すごいぞぉ!!」
よしよし撫でる。そのあいだにコンラートが飛べなくなったカラモドを仕留めた。そして言う。
「燃やしますね」
「火ですか?」
「いえ、護符を使います。煙が出ないので」
「ほぉ~」
コンラートが白紙の短冊を出してペンを握る。カスターはその隣に並んでしゃがんだ。
迷いなく線が引かれる。
「魔力を込めながら書くと護符になります。魔力の感覚を自覚できる人しかできませんがわかる人なら魔法適性がなくてもできるので便利ですよ」
「へぇー、俺もできるかな」
「旅のあいだに教えますよ」
「え、良いんですか? 秘伝とかじゃない?」
「特に禁止されていません」
「わー! お願いします!」
旅のあいだの習い事が決まった。
カラモド二羽は護符の力を受けて燃え上がらずに灰になって散った。




