第14話 旅立ち しばらくお世話になります!
――納税期限まであと四日。
カスターの宿に手紙が届いた。
『秘境調査のご決断まことに助かります!
祝! 初調査!
つきましては研修担当にコンラートを派遣します。
カスターさんの旅路に便乗いたしますが自活できる男ですのでいち冒険者として扱ってくださいませ!
顔合わせは商隊との打ち合わせ時に予定しています。
では! カスターさんの旅路に幸多からんことを!
モーゼフ』
コンラートさんって……
「誰だ……」
商隊の依頼を受けたのは一昨日。スライム会への報告も一昨日。それでもう同行員が決まっている。
頼んでないのに。
それはともかく、今日はヴィータのお茶を手に入れに行く予定だ。
最近、お茶の時間になるとしぼむなぁ、と思ってはいたがお茶を淹れれば喜んで飲んでいたので気づかなかった。メンダーのお茶が無くなったらしい。飲み干したという意味で。
実はフルールのお茶も底をついている。
ヴィータはもう、角を真上にピンと立てて扉の前に待機していた。これ以上待たせると飛んできそう。
カスターは手紙を机に置いて宿を出た。
***
「おやぁ? 二度目のご来店ですねぇ、覚えておりますよぉ。ようこそいらっしゃいませ」
メンダーの目線の先にはヴィータ。その後ろにいるカスターには全く視線が向かない。試しに黙っていることにした。
メンダーはヴィータのためにクッションをカウンターに置く。
「お茶がお好きでしたよねぇ」
とお茶を淹れてヴィータの前へ。ヴィータは背を高くしてコブラのようにお茶の上で揺れると、タプン、と湯呑みに入った。色も相まってお前がお茶みたいだぞ……。
メンダーは湯呑みの中でたぷたぷするヴィータをしばし見つめるとカウンター下に手を入れて缶を出した。
カン、と卓上に置く。
蓋をトントンと打つ。
「およそ三十杯……」
ヴィータが缶の下に入り込んで缶を持ち上げた。
メンダーが「おお!」と笑顔になる。
「取引成立ということで。ではでは、こちらにお代を」
前回ヴィータが自分の一部を入れた小瓶が今回はふたつ並んだ。
東海鋼よりお茶のほうが高いってどういうことなんだ。納得がいかない。しかしカスターが口を挟む前に、ヴィータはふたつの瓶に自分の雫を入れてしまう。
緑色の液体に満たされた小瓶を大切に仕舞うメンダー。表情には満足げな笑みが浮かんでいる。なにに使うのか聞きたい。
「どうも……切っ風のいいヴィータさんにはおまけしちゃいましょう! 飴ちゃんなんていかがです? あら、お気に召さない。でしたらぁ……」
メンダーはぶつぶつ言いながら奥へ引っ込んだ。なにが出てくるんだ。
何度かガタゴト物音をいわせたあとでメンダーが戻ってくる。
「どうです?」と言ってヴィータに見せた。その手には小物が三つ。
翡翠の玉、金具のついた竹筒、瑪瑙の細長い板。
思ったより普通だが竹筒はともかく翡翠と瑪瑙はカスターの目には何かの素材にしか見えない。ここから加工するのならよくわかるがメンダーとヴィータの雰囲気をみるとそうではなさそうだ。
ヴィータは翡翠と瑪瑙を身体に浸し、竹筒は避ける。
竹筒側の身体の端がうねうねと震えているので好きじゃないか警戒しているかだ。
メンダーが笑顔で頷く。
「えぇえぇ、分かりました。すべて持って行ってください」
ヴィータが三つのおまけを回収した。
そんな話だったか?
カスターにはもうふたりのやり取りがわからない。お手上げだ。だがこれだけは言っておく。旅程を考えてのことだ。
「ヴィータ。お茶はもう一個あったほうが良いんじゃないか?」
ヴィータの身長が伸びた。
◇◇◇
——納税期限まであと三日。
商隊との顔合わせが行われる。
場所は商隊が宿泊している宿の貸し部屋。主にイベントとかに使われるような定番の部屋だ。
扉の脇に借主の名称と目的が書かれている。
『パルモル商会 ― 顔合わせ 打ち合わせ 交流会』
中身がそのまま書いてあるって珍しくないか?
扉の前には見覚えのある男が立っている。カスターを見て――正確にはヴィータ――手を挙げる。
「カスターさん! お久しぶりです」
「どうも。……コンラートさん」
コンラートの肩の向こうから赤いスライムが顔を覗かせる。
もうわかっただろう。彼は、カスターがモーゼフと初めて会ったときにいた通せん坊の男で、赤いスライムは彼の連れ。そして凍らせた血が好物というわけのわからん嗜好を持っている。なぜこの男はそれを許しているんだ。
「いやぁ、商隊との旅は初めてです。カスターさんは経験あります?」
「あります」
「本当ですか! ではいろいろ教えてください。仕事として受けたからには頑張りますから」
「コンラートさんは受かりそうですね」
「え?」
ギルドに依頼を出して旅の友を募集しているとはいえ依頼主も誰でもいいわけではない、というのは当たり前のことだ。特に今回は既存メンバーと同じ方向を向いてそれなりにやっていける人間を募集している。カスターも商隊のほうから品定めされる可能性くらいは考えていた。
コンラートはこういう依頼を受けたのが本当に初めてらしい。まったく考えが及ばないようだ。知らなくても問題なさそうなので教えないことにした。
「行きましょうか」
「はい」
***
「皆さん。我が商会の新規開拓事業に興味を持っていただきありがとうございます。仲間への投資は惜しみませんがいかんせんまだまだ小さな商会でしてわたくし、商会の長を務めております、カルシステン・パルモルが司会をさせていただきます。本日の流れについてですが……」
依頼書の文面や報酬額からしてもお金がありそうなのに商会長自ら出張って来るってことは本当に規模がそれくらいってことなんだなぁ、と頭の片隅に思い浮かべながら話を聞く。
自己紹介で応募のきっかけと意気込みを言わなければならないらしい。選別に直接関係しそうなのはこれだけだ。さて、なんて言おうかなぁ。
「出立まで日もありません。本日のこの会で同行者を決めてしまいたいというのが正直なところでございまして残念ながらこちらからお断りすることもあります。皆さんも、我々と数か月共に行くのはきついなぁと思われましたら遠慮なく蹴ってください。しかしながらやめておこうという方も共に行こうという方も交流会までは等しく参加していただきたいと思っております。お食事も出ますので自然体で楽しみましょう!」
コンラートも趣旨を把握したようだ。もやが晴れて笑顔燦々。余裕だな。
カスターとコンラートを含む応募者たちは円卓を進められて座った。応募者の人数は五人。対して商会側はパルモル含めて四人だ。
パルモルが座る前に自己紹介の先陣をきる。
「先ほども名乗りましたが代表のカルシステン・パルモルです。三男坊で家は継げない、ということで父から資金を提供されて去年から活動しています。もともと市が好きで! どんな商品があの場に並んだら楽しいかなぁという視点でやってみています。私の感性がお客さんにウケるかはわからないので仲間にはそういう意見を募ることもありますね。組織運営についてはトップとして思い上がらずやっていきたいところです」
驚いた。代表も応募者に求めた内容を話すのか。
カスターは、想像よりかなり真面目なやつだぞ、と認識を改めて座りなおした。
カスターからひとり飛ばして隣の男は早くも居心地悪そうな顔をしている。彼は断りそう。
パルモルの隣の男が話しはじめる。
「私はパルモルさんのお父上から派遣されています。彼のもしものときのアドバイザーと思っていただければ。名前はマルセコット・マロウです。マロウとお呼びください。意気込みというほどでもありませんが仕事上の相談には立場を問わずお応えします」
「一番詳しい人ってことですか?」
「事業については」
質問したのはコンラートと反対側の端、カスターがこいつは断りそうだと予想した男の隣の女性で、まだぎりぎり子どもの領域にいる年ごろの子だ。物怖じしないところが開拓員に良さそう。
商会側の残りのふたりも自己紹介をする。こちらはどちらも女性だ。
「売り子担当のセリアです! 結婚しようと思っていたんですけど詐欺だったのでやめました! ひとりで楽しく生きていきます。パルモル商会の最初の求人で拾ってもらえたので今は若さを武器に! ゆくゆくはいろんな人の接客技を身に着けていきたいと思ってます!」
「事務員のシーラです。この道で二十年やってきました。マロウさんからお誘いいただいたのがきっかけです。旦那と子どもがいますが子どもは中央に行っていて家にいませんし夫は介護があるので家を離れられません。私が稼ぎ頭です。クビになったらみんなで路頭に迷うことになるので失敗ゼロの正確さを目指します。頭が最も冴える午前は事務に専念しますので話しかけないようお願いいたします」
みんな自己紹介うまいな。だから選ばれてるんだろうけど。
総じてレベルの高そうな団体だ。
いよいよ応募者側のアピールタイムである。
では、物怖じしない彼女から。応募者側の心が一致して視線が集まる。彼女はむっとしてから話しだした。
「マイラです。報酬額と秘境って楽しそう~! と思って応募しました。難しいことはよくわかりませんが今まで受けた依頼は悪い人をぶちのめすことが多かったです」
マロウが手元の紙にスッと線を引いた。あからさますぎやしませんか?
次に断りそうな彼。
「キリエです。パルモルさんのお話を聞いて、この商会は何を売るんだろうっていうほうが気になりました。なので、中に関わるっていうより楽しませてもらうほうだなと。他人事の人間がいても迷惑でしょうから」
「応募のきっかけは?」
「あー……文面の感じが良かったからです」
パルモルがにこにこしている。うん、彼が書いたんだな。
次。
「サルジーニといいます。身体はそうでもないですが魔法でなら護衛ができるかな、と思い応募しました。勉強は得意です。仕入れのために現地のことを調べたり交流したりすると思いますが地域史や辞典のようにまとめることができます。あとは、嘘の見分けができるのでそこもお役に立てるかと」
「嘘を見分けられるというのは魔法でですか?」
「はい」
「魔力量は?」
「見るだけなので消費しません」
「なるほど」
セリアが「おお~」と感嘆し、パルモルがマロウに「すごいね」と言う。サルジーニは居心地が悪そうだ。注目されるのが苦手らしい。
そしてカスターの番である。カスターは気合をいれて立ち上がった。
「カスターです。最初は滞在税の支払いに悩んで、っていうのがきっかけです。ギルドの五番窓口が相談者に合わせて依頼書を出してくれるサービスをやっていて、珍しいものとか限定販売物が好きと言ったら紹介されました。で、なんですけど、私はレビューを書くのを趣味にしています。書くために旅をしているくらいで。それで依頼書に護衛兼開拓員を募集しているとお書きになっていたので、これまでに書いたレビューの中から皆さんのために役立てそうなものをまとめてきました。現地では同じことを、皆さんへの報告書として提出するつもりです」
カスターはいくつかのレビューを紐でまとめた冊子を皆に見せた。商会の人間に預ける。
中身には玉手弾と天ぷら屋のレビューも入っている。
マロウが中身をいくつか読んでカスターに質問する。
「これ、なにを調べるか指定しても同じ水準で書けますか?」
「やったことがないのでわかりません」
「そうですか。そちらのスライムは?」
突っ込まれてドキィッとする。
「外付けの回復担当です」
不満に思って抗議してくるかと思ったがヴィータは空気を読んで静かにしていてくれた。
「わかりました」
よし! とにかく採用されたらこっちのもの! ありがとう、ヴィータ!!
最後はコンラートだ。なにを言うのか一番気になる人物である。
コンラートは楽しそうに口を開いた。
「私の名前はコンラートといいます。こっちのスライムはティダという名前です。私たちはスライム学会というところに所属しています。スライム医療にかかったことのある方はいらっしゃいますか? それで使われるスライムの提供団体とご紹介するとわかりやすいと思います。スライム学会はスライムの安全な普及を使命としておりまして、そのために秘境と呼ばれる村、里、集落、果てはたった一軒のひとりのために現地へ赴き普及のため、なにができるかと調査を重ねて参りました。私もその一人です。この言い方ですと私が学会の活動のついでにお金も稼ごうとしているのではないかと誤解を与えてしまいますね。そうではありません。……私は雇われているわけではなく。スライム学会とはご近所さん、のような、そういう関係で。本職は遍歴です。家が商売をしているのですがこれがまた変わった商売で。人間が商取引の対象にしそうなものには目もくれず。ですから商売敵にもなりませんし、情報漏洩もありません。信じていただくしかありませんが店主がティダとしか話をしないような方ですから」
コンラートは長々と関係なさそうな話を述べていく。それを商会側は静かに聞いていた。
なんだこの空気は。
カスターは喉が渇いてきてしまった。
コンラートの話はさらに続く。まじか。
「応募のきっかけは学会長のモーゼフからの勧めです。いろんなところへ行くのに道中なんの人助けもしないのか、と。この依頼を選んだのはただ護衛をするだけでなくただ手伝うだけでもなく、一時的な関係なのだとしても商会の皆さんの仲間のひとりとして過ごせるかもしれないと想像したからです」
パルモルがうんうんと頷く。
「同行を許されましたならその暁には、目的地までの露払い、集落へ入ってからの調査、現地の方々との良好な関係構築、このあたりで尽力したいと思います」
パルモルが拍手をする。つられてセリアも拍手をした。
コンラートは笑みを浮かべて会釈を返す。
しんみりしかけた空気が軽くなる。
マロウは紙束を仕舞った。
「可否はのちほど」
「ではいまから交流会です。皆さんの話を聞いて気になったことなどお話ししましょう!」
パルモルが立って手を打った。
交流会の最中にマロウからメモを渡される。
『二日後、九時、南門』
採用だ!
カスターとコンラートは笑顔で顔を見合わせた。
旅が始まる。




