第11話 管流し 専門外なんですが!?
タントリリアの外れ。海と接続する川を横目に歩くこと数時間。
川のところどころに丸太を積み上げて水を溜める堰が現れる。周囲の景色は木、木、木だ。川の幅は人が8人並ぶほど。上流を見上げれば遠くにも堰が見える。川の中央部分が開いていて、そこに流れが集中するので水は勢いを増す。その川を、カスターは丸太と共に降っていく。
山で切り出した木材を加工場まで運ぶ手法。管流しである。
人が上に乗るのは本来無いことだが。
カスターがこんなことをしている理由はおおむねこれから書くようなことがあったからだ。
◇◇◇
スライム会会長モーゼフから解放されたカスターはヴィータと共に宿に帰った。
まだ朝と言える時間。臨時船の汽笛がボーッと鳴り響く港近くの宿だ。
机に座ってノートを開く。カスターが書き貯めてきた数々のレビューの下書きや日記、メモなどが雑多に書き込まれたものである。メンダーからレビューを書くなと言われて1週間ほど。カスターは下書きだけはしていた。
メンダーの店と接客・品揃え、スライム持ち運び用のケージ、タントリリア特産の甘味のうち老人会の婆さんが作ったやつと店のやつの食べ比べ、現地民御用達の道具屋を覗いたときに見つけた耳栓、など。
今こそ放出するとき!
なのだがその前に。
「セディのじいさんに請求する策を考えないと……!」
カスターはペンを握りしめた。5日間の付き人状態をどうにか金にしたかったのである。
***
明朝。
セディが家を出る前にその扉を叩く。
「じいさん! 迎えに来たぞ!」
「おや、今日も来てくれるのか。すっかりわたしらの集まりが気に入って……ありがたいね」
「朝飯ですぅ! ただ働きで素寒貧なんすよ」
「おっとっと」
先を立って階段を降り始めるカスターを追いかけてセディが足をもつれさせる。
前へ倒れるセディの身体をカスターは受け止めた。倒れる勢いと受け止めるときの衝撃で一歩後ろに後ずさりする。その一歩は階段の段差を踏み外しカスターの身体のバランスをも崩した。
「のあぁぁぁ! まじか!」
後ろ向きに倒れるカスター。伸ばした手は手摺りを掴みそこねる。
終わった……
そう思い目を閉じたその瞬間に背に触れたのはひんやりぽよんとしたなにか。もぞもぞ動いて不安定にもカスターとその上のセディを支えた。目を開けて見ればヴィータが日時計の針のような形になっている。なんとも便利な身体だ。
セディが身体を起こしながらカスターの背を叩いた。
「助かったよ、ヴィータや」
そう言って階段を降りて行く。
「俺には!?」
「同じ船には乗りたくないよ」
「なんすかそれ!」
ドタドタと追いかける。
建物を出ると2羽の荷運びがふたりの足元に一瞬だけ影を作った。手を翳してみれば騎手も鳥に密着して座っているのが見える。翼が空を掴めばカスターたちにも風が届く。カスターはヴィータが転がらないようにぎゅっと抱いた。この鳥は移動サービスでなく運送のようだ。どこかからこの街にやってきたのだろう。早朝なら人が少ないからと思ってこんな低空飛行をする。
セディが帽子を押さえてカスターを振り返る。
「朝食っていうのは集まりの菓子でいいのかな?」
「はい!」
再び歩き出したセディが小声で「安上がりな男だ」と言う。「聞こえてますけど! 道すがら買ってくれてもいいんすよ!」抗議すると笑われた。
***
老人会からの帰り道に請求を試みる。
「お願いがあるんですけど」
「なんだい改まって」
「寄合所までの行き来分くらいはご褒美あっても良いんじゃないかな~? と思うんですよ」
「いやぁ、歳のせいか耳が遠く……交渉事ならはっきり言ったらどうだい?」
「あ、はい。五日分の給料が欲しいです」
「ふむ。ま、その話はまたあとで」
カスターの交渉は始まる前に終わった。肩を落としてしょんぼりと未練がましくついて行く。中央道を小道に入り数回曲がってパン屋に寄ったあと小さな水場のある広場を通り抜けて階段を上へ。なだらかに蛇行しながら港方面、街の外側へ歩けばセディの住む集合住宅だ。階段を上がればすぐセディの部屋に着いてしまう。セディは入る前にカスターに顔を向けた。
「お茶でもしていくかい?」
「間に合ってます」
カスターが不貞腐れたように唇を突きだすと「じゃあランチ」と誘い込まれる。カスターも「それなら……」とやや気を持ち直してセディの部屋へお邪魔した。
中はほとんど一部屋だ。玄関側に台所。部屋の奥に大きめの窓。窓から人ひとり分の身長程の距離を開けて本棚。ふたり用のテーブルと椅子。波乗りの板、カモメの羽の壁掛け、女性の彫刻「あまり人の部屋をじろじろ見るもんじゃないよ」「ごめんなさい」カスターは素直に謝りセディの正面に腰かける。
テーブルの上ではヴィータがいつもより柔らかく、ふよよ、としぼんでいた。セディが棚に手を伸ばしてお茶の缶をいくつかテーブルに置く。
「今日はどれにしようか?」
と選ばせる構えなのでカスターはヴィータのために缶の蓋を開けてやった。ヴィータが一つひとつ缶の中を覗く。
そういえばヴィータに嗅覚はあるのか?
ヴィータが選ぶのを眺めながらそんなことを思いつつカスターも茶葉の香りを嗅いでみる。
セディは手持ち無沙汰になった様子でふたりを置いて席を立った。
ヴィータが、飲みたい茶葉の缶を身体で締め上げる頃になって戻ってくる。
手になにやら握られている。なんの躊躇いもなくトン、とカスターの前に置かれた。
「ほら、なにか欲しがってたろう」
「給料をね。これは……なに?」
「先にお茶を淹れてこよう」
ヴィータから茶葉を受け取り台所へ向かうセディ。
カスターは目の前に置かれたそれを手に取って眺めた。
色は鈍色。形は円筒。楕円の窓がついていて中身が見えるがいまは空っぽで向こう側が透けて見える。円筒の片方は穴、もう片方は蓋がついていることから中になにかを入れるのが標準的な使い方っぽい。
ということは穴が射出系……滲むのか、飛び出すのかわからないけど飛び出すなら引き金とか釦とかあるはず……。
あれこれひっくり返すがいまいちわからない。突起があっても押してもびくともしないんだからお手上げだ。
諦めて、カラン、とテーブルに転がすとちょうどセディが戻ってきた。淹れたてのお茶はまずヴィータの前へ置かれる。
「若いころに使っていたやつでね。船と船の間で連絡信号を出すだろう。あれだよ」
「いや、知らんけど」
「そうかい? 興味を持ちそうだけどね。魔力を貯めておける」
「これに?」
「自然由来限定」
「へぇ」
カスターはもう一度円筒を手に取った。
「どうやって使うんです? 貯めておくだけ? 他に装置があったりします?」
「欲しい魔力が宿ったものを入れるんだよ。水属性なら水、草属性なら草」
「……用途の指定は?」
「そこが面白いところでね。連絡信号は空に打ち出すだけだから色がわかればいい。しかし普通に魔法として使おうと思ったら効果はランダムに出てくるんだ」
「うわ、使いにくそー……」
「じゃあそれは仕舞って。お昼にしよう。あとで本体もあげるから」
「あざっす!」
もらえる物はもらう。見たことない道具だし!
カスターは円筒をポケットにねじ込んだ。
お昼ご飯は帰りに買ってきたパンをベースに、トマトとハーブと魚を挟んだサンドイッチ。
がぶりとかじりついてからもぐもぐと噛んで聞く。
「さっきのやつ、作った人とか店とか製造元わかります?」
「本体に印があるんじゃないかと思うがね」
「ふーん。これ酸っぱいっすね」
「しめ鯖だよ」
「ほお」
◇◇◇
そして丸太の上だ。
ヴィータはリオールに預かってもらっている。なぜなら危険だから!
はぐれて流されてそのままさよならなんてことになったらあまりにも悲しい。
ともかくもカスターが木材の伐採と流送の現場に来ているのには訳がある。目的も。
第一に、継続して来ている仕事だという事。セディの付き人状態になって以来に縁があった仕事だが別にセディは関係ない。山間部出身のカスターが日常を港に侵食された末に辿り着いた職だ。伐採適齢期の樹木に印をつけたり根本をちょっと掘り返したりするのだ。本来はそういう仕事。
第二にセディから貰った円筒を試すため。丸太に乗っている理由は主としてこちらだ。というかそれしかない。完全自己責任でやらせてもらっています。
なにをしようとしているかというと、濁流中の水が欲しいが為に丸太ごとドボンと沈もうとしているのである。川から海へドボンと。滝つぼを選ばなかったのは、あっちはちょっと圧が強すぎるから。
そして遂にその時がやって来る。
海に出る前の最後の堰。川幅がぐんと広がる地点に設けられた目標点。丸太の先が宙に浮かび落ちるその寸前にカスターは丸太後方から先頭へ走って丸太の重心を崩した。丸太が水面に当たり飛沫を上げる。丸太の先が一瞬だけ沈んですぐに浮き上がる。
カスターの思惑とは裏腹に腰まで浸かるくらいで済んでしまった。
ぷかぷかどんぶら。丸太とカスターは穏やかに幅広くなった川を下って行く。
「うまく取れたかなー……」
丸太の上でカスターは採取したばかりの水を眺めた。円筒の中身は細かな気泡によって白く濁っている。丸太が沈んだその瞬間に円筒の蓋を開けて入れたのだ。白く濁るほど細かな気泡が入っているなら成功したとみていいだろう。そうでないと困る。だってまた山を登らねばならない。
「うん! これで良しってことで! 駄目だったら次は滝つぼに行こう」
カスターは円筒を仕舞いしまい、杣が丸太を引き上げてくれるのを待った。
礼を言って別れたその足で浜へ行く。
セディから貰った本体に円筒をはめ込む。水鉄砲か銃のような形の、まぁありきたりな発射装置だ。
海に向けて構えひとつ深呼吸——引き金を引く。
ポシュンッ、と中身が飛び出し海面にぶつかって……
輝く水色が海の上を走り抜ける。飛沫を散らしてはるか彼方まで。最後はシュルルッと螺旋を描きながら巻き上がり霧散した。モグラから蛇になったみたいだ。
二本目を取り出して空の円筒と入れ替える。
今度は噴水から取った水だ。一本目と同じ要領で打ち出すと、これは海中に沈み、海上に飛び上がり、また沈み、と数度繰り返してなくなった。
三本目、水たまりの水。なにも起こらなかった。着弾までの青白い線だけが魔力の気配を示している。
「エネルギーが強いほど威力も強くなるのか……ってことは攻撃に使いたかったら激しいやつを入れたら良いと……あ、逆に空気はどうなんだ?」
カスターは円筒の蓋を開けて腕を横に振った。蓋を閉じて本体にはめる。引き金を引く。
着弾を待たずキラキラと目の前が輝いた。直線に進みつつ周囲にも影響が広がってちょっとした目くらましだ。
空気は無限。何度か試したがどれも似たり寄ったりの結果となる。つまり、
「採取したときの環境と状態によって効果がある程度予想できるんだな! 楽しくなってきたぞ!」
カスターはルンルン飛び跳ねながら街へ帰った。
『スライム用識別札 [ 総合評価5]
今回は「こんなレアな装備品があるよ」という事で紹介させていただきます。
どこかでほとほと困り果てている方のお役に立てば幸いです。そうでない方には読み物としてどうぞお楽しみください。
こちらの装備品ですが、なんといってもまずは入手難度が高いことに言及しなければなりません。
私が手に入れたのはタントリリアという街です。皆さんご存じですよね。
この装備が必要になった経緯から順を追って書きます。
奇縁あってスライムをテイムしました。テイムモンスターには野生と区別するために識別札が必要ですがスライムは形が変幻自在なうえにどろりと蕩けてしまうので既存の識別札がつけられません。私はベルトで巻いて取り付けましたが応じてくれる個体ばかりではないでしょう。
そこでおすすめなのがスライム用の識別札です。店主に口止めされているので詳しい場所は明記することができないのですが、どうやらタントリリアにモンスター装備専門店があるらしい、という噂は私がもと居たチサメという小さな町でも聞いていたので許されると思います。場所はタントリリアです。
肝心のスライム用識別札そのものについての使用感ですが、この装備、相棒のスライム本人が選びました。本人はすこぶる気に入っているようで赤ん坊がおしゃぶりを手放さないように相棒もずっと落とすことなく装備してくれています。
形は角です。角の素材も紛れもなく角かと思われます。
装備方法は角の根元から伸びる輪っか状の突起をスライムの身体に埋め込むという方法で、突起の素材は贅沢なことに東海鋼です。思うに、魔力を通さない東海鋼だからこそ、スライムが吸いついて止まないのではないかと考えています。
この装備はスライムの身体に角が生えた、といった様相を呈すものとなっており、時々ふいにぶつかったりなどするとそれなりのダメージがあります。幸いにも私たちの仲は良好で、普段は当たらないように角度を変えたりしてくれているようです。それでも機嫌を損ねるとわざとぶつけてくることもあるので図らずも武器を与えてしまったような気がしますが、他の装備を受け付けないので受け入れるしかありません。
識別札本体はこの角状の装備品に取り付けられています。店主が突起と角の境に金具で取り付けてくださいました。おかげさまでベルトは私の腰に戻り、いつか落とすのではないかという心配もなくなり、快適に過ごせています。
私のほうはスライムの他の装備にも興味があるので機会に恵まれたら良いな、と思っています。
結びに、識別札はモンスターをテイムしたいと考えている、またはテイムしている方々に必須のアイテムです。ですので評価も最高点にしました。デザインがどうとか言っている場合ではありません。大事な仲間が討伐されるようなことにならないよう、希少なモンスターにこそ個体に合ったものを選んでほしいと思います。人間社会に入れるわけですから人間側の腕と甲斐性の見せどころです。そして仲間モンスターともっと絆を深めましょう! 少なくとも私は、この装備を入手したことによって絆が深まっていると思いたいです。』




