第10話 遂に対面 スライム会!
四角い窓、レースのカーテンを透かして日光が差し込み、黄色チェックが窓の両側を彩っている。壁は若草色。入り口を入って左の壁面にはこの若草色を背景に落書きみたいな花が低い位置にたくさん描かれていた。反対側には簡易的な台所とスライドドアで区切られた物置部屋がある。
カスターは街の爺さんに絡まれて《タントリリア寄合所》へ通わされていた。もう5日目だ。
で、この爺さんがヴィータに絡む。
「毎朝、年寄りの誘いにのってくれて嬉しいよ。お茶はどれが好き? ん? 持参したのかい? しっかりしてるねぇ」
「ヴィータ。薬草茶もあるぞ。そっちは数が少ないんだから、あ、フルールのお茶出すか?」
「カスター。ヴィータはメンダーの茶の気分らしいぞ? 旅は長いんだ秘蔵のお茶は今度にしなさい」
爺さんに対抗してフルールのお茶をちらつかせるとヴィータがカスターの腕へもよもよとうねりながら上った。爺さんが、ふ、と笑う。
「ほら、1番の好物に喰いついた。大人げないね」
「だって! 最近俺の立場が薄いっていうか? 俺のヴィータなのにみんなが構いすぎてません!?」
「いやぁ、ヴィータを経験したら普通の医療スライムには戻れないな」
「俺、専・用、なんです!」
「スライムは公共物でしょ」
「そこぉ! 物扱いするな!」
爺さんとカスターによるヴィータの取り合いに青年が口を挟む。なんたる言い草だ。
さて、なにが起きているかといえば、スライム会だ。
タントリリアの老人会=スライム会。
カスターはついに謎の組織スライム会の現場に来ている。正確にはスライム会とタントリリア老人会の合同交流会で、公共物発言した奴がスライム会メンバーである。
カスターが紆余曲折の末やっとの思いで参加できたのが5日前。まず爺さんの家を訪ねた。菓子を投げて寄越した爺さんだ。いまヴィータに絡んでいるのと同一人物。で、巾着の中に数字の書かれた紙が入っていて、それが爺さんの部屋の部屋番だった。爺さんからは出会い頭に「では明日。6時半に迎えに来ておくれ」と言われて門前払い。憤りながらも従ったご褒美がスライム会との接触というわけだ。
回りくどいし遠慮がないし人のことをなんだと思ってるんだとカスターはこの街の人間にストレスを抱えている。
スライム会の彼と会うのは今日で3度目。名前はリオール。今日は3体のスライムを連れて来ていた。
今日いるスライムの中で1番人気を獲得しているのがヴィータなんだが、それもそのはず、進化個体はヴィータだけだったからだ。今日の会が終わったらヴィータの識別札に印がもらえるらしい。なんのための印かは知らん。メンダーが印を貰えと言ったから必要なんだろう。お代の代わりかもしれないと思うと無碍にもできなかった。
交流会では若者相手に老人会がお茶と菓子を用意してくれる。スライム会は年寄り衆にスライムを貸し出し、おしゃべりに花を咲かせるのが仕事だ。カスターは正規会員じゃないので爺さんーーもといセディの付き人である。遺憾なことに。
「まあまあ、にしても何度見ても惚れ惚れするわ。宝石みたいだぁ」
同じグループの婆さんがヴィータを捕まえてぼよんぼよんと弄ぶ。宝石に対する仕打ちとは思えない。あと、いまみたいにヴィータがまとわりつくんじゃなくて反発するときは好かれてはないってことだからな!
ぐぬぬ、と堪えているとリオールがかりんとうを食べながら話しかけてくる。
「そういえば、カスターはヴィータをどうやってテイムしたんだっけ? あれ、前も聞いたっけ?」
「お茶でこねたんだよ。俺も聞きたいんだけど、その3体はテイムしたのか? 識別札は? もしかして登録してない?」
「登録はしてるよ。スライム会名義。識別札は、青いまんまだと札つけられないんだよね。でも進化って運だから」
これを飲む勇気はないなぁ、と自分のスライムに目を遣るリオール。確かに、もう一度同じことをやれと言われたらカスターも拒否する。
セディがお湯を持って来てヴィータのティーバッグに注ぐ。香ばしくて甘い香りの例のお茶だ。カスターは飲んだことがないのでどんな味か知らない。ちょっと飲んでみようにもヴィータ自身がお茶を包み込んで色ガラスのティーポットみたいになっているから不可能だ。お湯を注がれるヴィータを見るとカスターは胸がどきどきしてくる。ダメージ受けるだろ、普通に。熱湯だぞ。
さて気を取り直して、いい機会だからいろいろ聞いておきたい。
テイムスライムはカスターが思っている以上にルールやら認識やらの影響が面倒そうだった。
それではまずは、仲間探しから。
「メンダ―さんはスライムの装備を作ってるよな。じゃあ、この街にもどっかには進化してるスライムがいる?」
「メンダ―さんは別にスライム専門ではないから」
「いやそこじゃなくて」
そもそもカスターが探していたモンスター専門の装備屋がメンダ―の店だったらモンスター専門なんだからスライム専門なわけがない。スライムがモンスターだから取り扱い範囲に入っていただけだ。
まあ、あとからはなんとでも言える。
気を取り直して、
「スライムの名前は?」
「リア、リイ、リウ」
「見分けつくのか」
「呼んだら反応するよ」
「適当だな。五十音だし」
「僕はたくさんテイムしてるから。家中ケースだらけ」
カスターは顔を顰めた。
理由がわからない。大家族に憧れてるとか?
リオールは追加のお菓子を皿で受け取った。カスターも貰う。
「研究してるんだよね。いまは《餌別飼育における体内分泌物の薬効成分分析》て感じ?」
「ポーション的な?」
「うん。あ、これ美味しい。婆ちゃんの手作り?」
「そうさぁ」
リオールが美味しいと言ったお菓子をカスターも食べてみる。
見た目は厚いホットケーキを切ったやつ。もったりしたクリームとスライスして火を通したリンゴのコンポートがサンドされている。
クリームはみたらしっぽいけど完全にみたらしじゃない。だってクリームだし。
食べたことない味……と食べていると、セディと話していた爺さんーーメルジーさん。長年漁師で息子が3人。引退したら一気に痩せ細ってやってらんねぇと言っていたーーがカスターとリオールの会話に割り込んでくる。リオール目当てだ。
「なぁおい。ちょっといいか」
「貸し出し?」
「おう、あちこちガタガタだ」
「もうちょい詳しく」
「あ? 軟骨がどうとか細けぇことはいいだろ」
「そこが大事なんだよ、いつも言ってるでしょ? 適当にすると長引くんだから。あっためたほうがいいなら貸し出しはできませーん」
メルジーさんは盛大に舌打ちをしてポケットから診断書を出し机に叩きつけた。
リオールはそれを読むとスライムを二匹連れてメルジーと部屋を出て行く。
カスターの目の前には残されたスライムが一匹。
試しに持ち上げようとしてみるとでろでろに溶けてしまった。受け入れられていない。
「リア。リイ。おし、リウか!」
名前を呼んでみるが反応なし。カスターは机に突っ伏して、机に伸び広がるスライムに手を突っ込んだ。涼を取る。
ヴィータはといえば、まだティーポットの形をしてはいるがお茶を取られないように取っ手を無くしていた。反対側の手で触ってみると手を避けるように変形して掴ませない。
これは、完全に自分の世界だ。文字通りお茶に浸っている。
カスターは身体を起こしてセディに声をかけた。
「爺さん!」
自認爺さんが何人もカスターを振り返る。
カスターは「あはは」と笑って誤魔化し「セディ」と呼び直した。
ヴィータを指差す。
「ヴィータが交流を拒否してるっぽいですけど、ありなんですか?」
「まあ、今回は仕方ないんじゃないかな? 好物を与えちゃったのが敗因と受け入れるしかない」
あっさりしている。カスター的にはちょっと納得がいかない。それを察してかセディは続けた。
「これから印をもらうんだろう? だったら明日からは同じことをしてもこうはならないよ。あれは契約だからねぇ」
「急に不穏なんですけど!? 契約なら拒否できます?」
「さぁ?」
なんて無責任な!
カスターは思わずリオールのスライムを握りしめてしまった。指の間からスライムがぬろぉと出ていく。
そちらに気を取られた隙にセディが他所へ行った。
ヴィータが動く。
個包装の菓子が盛られたボウルに入り込み菓子を外に落として出てきた。見ればボウルの中には液体が残されている。
「ヴィータ……お茶だよな?」
今まで排泄系は見たことがない。お茶だと言ってくれ。
ヴィータがボウルを持ち上げてカスターの口元でふよふよと揺らした。
「いや、要らない……」
たとえ香りがフローラルなお花と香ばしいなにかの香りだとしても今回は無理だ。
押し返すと、グイと押し付けられる。なんの嫌がらせだよ。
ちょん、と指をつけて舐める。
無味だ。
よかった! とカスターは胸を撫でおろしボウルを取って立ち上がった。
「香りつきの水!!!」
この水は飲まずに捨てた。お茶の良い所を抜き去った出涸らしに用はない。
◇◇◇
「はじめましてカスターさん! わたくし、スライム会会長のモーゼフと申しますー!」
両手を広げ、握手を求め、カスターの手を掴んで伸ばした語尾に合わせてお辞儀をした会長さんは明るく聞きなじみの良い声と愛想の良い笑みの美人だった。
カスターは、あはは、どうも……と曖昧に時間を埋めた。
ヴィータはカスターに抱えられていたのが、握手のせいで、でろーんとカスターの腕から床まで伸びて戻りカスターの腕に纏わりついている。
そのヴィータを、カスターが気づいたときにはモーゼフ会長が引っ掴んでカスターの手の甲と自分の掌の間で挟んでいた。怖い。ヴィータも心無し波打つ速度が速い気がする。
「メンダ―から聞いていますよ! お印の用意はできています!」
「ちょっっと待ってください! まず説明してもらえます!? 印をもらったらどうなるんですか!」
元気な会長に対抗して言い返すと会長は「おや?」と首を傾げた。きょとんとしている。
「騙しても良いですか?」
「良いわけないでしょ」
「でもね、カスターさん。正解を知らないでしょう?」
カスターは帰ろうとして手を引っ張った。会長の力が強くてびくともしない。
「なんなんだよ! そう言われたらなに言われても信じられないぞ!」
「そうですね。ではヴィータさんにお話しいたしましょう! さあさあこちらへ」
モーゼフ会長に掴まれたままのヴィータがその歩みに合わせてびよーんと伸びていく。片方はカスターに密着して離れる気配がない。ヴィータなりの警戒心、もしくは助けてくれってことかもしれない。
場所はタントリリア寄合所2階である。
モーゼフ会長は扉を開け放したまま部屋を出て行った。隣のドアが開いたのでそっちに移動したんだろう。カスターがいる部屋の出入り口には人がいて、通せん坊をしている。
カスターは細長くなったヴィータを握った。
隣室とを隔てる壁に駆け寄り耳をつける。会長の話し声が聞こえないかと耳を澄ました。
「…かたない……ね。いいで………せつめい……」
聞き取りに集中しすぎてカスターは気づかなかった。気づいたのはそれがカスターの頭を背後から包もうとしてからだ。ひんやりした蛇みたいなものが頬に触れる。
「うわぁ!!」
カスターは咄嗟に目を閉じて腕を振り回した。
蛇のような質感のそれはカスターの襟から身体に添って服の中に入り込む。
「むりむりむり」
パニック状態で服を脱ぐと赤色のスライムがべっとりとカスターの上半身に張り付いていた。
「スライム!? ほんとに?? スライムですか!!?」
通せん坊の人に叫ぶとなんと肩を震わせている。笑うんじゃない!
「そいつは血が好物で」
「最悪の情報じゃん!」
「あっはは、好きなのは凍らせたやつですよ」
「やだもう……! ヴィータ! 帰るぞ!!」
カスターは細長いヴィータを手繰り寄せた。
必死でぐるぐると巻き取るとヴィータも戻ってくる気になったらしい。メジャーを巻き取るみたいにばちーんとカスターの額を打ってぽよんと丸くなった。
次の瞬間にはバッと広がり輪郭を大きく波立たせる。赤スライムへの威嚇か?
赤スライムはスッと通せん坊の足まで逃げ帰った。
「やったぞ! ヴィータのほうが強い!!」
カスターはヴィータを抱きしめて身体を揺らした。
モーゼフ会長が戻ってくる。
カスターは会長を睨みつけた。
「真面目にやらないなら帰る!!」
「では落ち着いてもらえます?」
「俺の質問に答えてもらう!」
「いいえ、私が説明します」
「くっそ、わかった!」
カスターはどかっと椅子に座った。
会長が立ったまま口を開く。
「スライムはモンスターの中でも最弱を誇ります。人類にとって脅威ではありません。しかしスライムは滅びない。そして最弱ゆえに人類の友となりました。文学的には持ち歩く薬草として親しまれる民話が残っていますし、スライムの一部を飲む儀式が伝わっている部族もあります。
我々スライム会は、一部地域にのみ伝わるスライム活用の術を、現存する記録を収集して読み解くことで社会に繋げることを使命としています。近年ではスライム医療が普及したことでその使命はある程度達成されましたが、スライム医療はまだまだ高額なうえに扱いにも心得が必要です。現在の使命は、医療スライムの安定供給! 活用上の取り扱いと注意点の周知! さらなる可能性を求めた研究! というわけで、あなたのスライム捕獲機改良版の試用報告書を読ませていただきました。勧誘を受けていただけますか?」
モーゼフ会長がカスター勧誘の根拠として挙げた捕獲機の報告書とは、スライム医療の気持ちよさ欲しさにスライムを捕獲してテイムして、病院で処方された軟膏とスライムの重ねづけをしたときの報告書だ。あのときは酷い目に遭った。ヴィータとの出会いの依頼だった。
「そんなの……最初の最初から目ぇつけられてたってことじゃないか!」
カスターは頭を抱えた。自分のレビューが評価されるのは滅茶苦茶うれしい。
だがそのせいでタントリリアに来てからの変な圧に晒されて居心地の悪い思いをした。一長一短だ。
「働きに応じた報酬もお支払いいたします! もちろん!」
「幾らですか!?」
「スライム関係のレビューを書いて認知向上、500ゴールド! 冒険者として各地を巡り開拓および秘境を訪れて実地調査、その報告書800ゴールド! ヴィータさんの福祉利用1回150ゴールド! その他要相談!」
「受けます!!」
カスターは立ち上がった。
モーゼフ会長が手を差し出す。カスターはその手を握り返し、固い握手を交わした。
モーゼフ会長がヴィータに視線を移す。
「ヴィータさんはどうですか?」
ヴィータはするんと滑らかな動きでカスターの肩へ上り両側からカスターの頬を押した。カスターの唇が頬に押されて突き出る。そのまましばらくぐりぐりとこねくり回された。
頬骨を弾くようにして開放されたあとで、ヴィータは手のほうへ移動し、モーゼフ会長に触れる前に芯を残したままでろっと溶けて下から会長の手にペタリと触れた。
「交渉成立! ありがとうございます!」
モーゼフ会長がヴィータの下からもう片方の手を出しヴィータを包む。ヴィータはカスター側の身体を波立たせてカスターの首に巻きついた。ぎりぎりと締め付けてくる。
「ヴィータ……死んじゃう……」
カスターは両手で抵抗した。




