第3章 『私的な捜査』 2.自己肯定感爆上げ喚起誘発作戦
「わりぃ、招集きた……。俺、戻んなきゃなんねぇから今日の聞き込みはここで切り上げよう。二階堂、これから昼休憩とった後に本宮が事件前に頻繫に立ち寄ってた○店と△店の防カメ洗ってきてくれるか? 今日はその2軒だけでいい。あと単独になるから念のため立ち寄る店舗の入店前に必ずメール入れてくれ。あと充電も切らすなよ。で、映像入手したら本部か一課に報告して。……何か見つけても絶対深追いすんなよ、真っ直ぐ帰ってこい」
「えっ、私一人でカメ取り…行ってきていいんですか?」
「おう! 嫌か?」
「あっ、いえっ、独りで現場出ていいだなんて……初めて言われたので」
「絶滅危惧種だもんなw でも、念押ししておくぞ! 本当上げた店舗のデータ収集だけでいいからな」
「はいっ! 分かりました。逐一“報連相”しますっ! では、先に主任を本庁まで送りますね」
「おう、頼む」
佳祐を送り届けてから愛美は被疑者の本宮が映っている可能性のある防犯カメラ映像の確認のため、数軒回ることとなった。本宮が女子大生を死に追いやることになった“雇った男達”との接点が鍵となるため、任せられた映像確認は非常に重要な責務であった。
一軒目の店舗で有力な映像はなく、データのコピーを受け取って次へ移動した。二軒目の場所は“美容皮膚科”であった。
「御来院誠にありがとうございます! お客様、本日の御来院は初めてでしょうか? 当院は完全予約……」
「あっ、私……警視庁の二階堂と申します。お忙しいところ恐縮ですが、ある事件を調べておりまして……そのご協力をお願いしたいのですが、院長さんに取り次いでいただけますか?」
「あっ、警察の方ですか? 承知いたしました。院長に確認してまいりますので別室でお待ち戴いてもよろしいでしょうか?」
他の来院者もいたため、愛美は受付から少し離れた複数あるカウンセリングルームの中の1つに案内された。通されたルームで待っていると、先程の受付担当の従業員が院長を連れてやって来た。
「初めまして、院長の松永です。今日は、どういったご用件で?」
「初めまして、警視庁の二階堂と申します。突然の訪問、失礼いたします。実は、ある事件の捜査で、十月の中旬から月末にかけての防犯カメラの映像を確認させていただきたく……。お忙しいところ恐縮ですが、記録のコピーもお願いできますでしょうか」
「……んーん、どんな事件なのかしら? まぁ、うちは何もやましいことはないのでお好きなだけ調べていってくださいw ただ私、機械のことには疎くて。……市川さん、悪いけど刑事さんの作業、手伝って差し上げて。……ごめんなさい、私、今からシワ取りが3件も入ってるのよ。あとはうちの者に何なりと申し付けてね。データの出し方も、彼女の方が私よりずっと詳しいですから。作業も引き続きここを使ってくださってかまいませんので。……それじゃ」
「あっ、ご協力ありがとうございます。助かります!」
院長が去っていった。愛美は、院長に託された従業員の協力を得て作業に入った。ある程度、その従業員との作業が進んだところで別の20代半ばの従業員がやって来て愛美に2杯目となるお茶を出した。そして、今いる従業員に『ここから引き継ぎます。休憩どうぞ』と声をかけた。
「……ありがとうございます。お気遣いなく」
「……あと……どのくらいですか?」
「あっ、作業ですか? んーん、あと数十分ってところでしょうかね。すみません、お忙しいところ突然……」
「あっっ……、いえ、あの……」
「ん? 」
「あの、もしかして……事件の捜査って……銀座の…………ホステスの……」
「あ~、詳しいことはお答えできないんです……ごめんなさい」
「あの、私……」
「ん? んーん、もしかして……事件のことで何か?」
お茶を持ってきたカウンセリング担当である従業員の小楠という女が相談を持ち掛けてきた。実は被疑者と面識があり、顧客名簿を彼に渡したと打ち明けてきた。が、職場内であることや施術を待つ患者の目も気になって仕方ないようで、院内で話を続けるのが怖いという理由を聞かされた愛美は彼女に提案をした。作業を終えた後であれば時間が取れると伝え、近くのカフェで待つと告げて社用スマホの番号を渡してクリニックを出た。
小楠が勤務を終えてカフェに現れるまでの間、先ほど入手した防犯カメラの映像データ等の確認と主任への報告メールを作成して時間を潰していた。主任の指示を仰ぎたいのだが、スマホのポリチャ(ポリス・チャット)がずっと既読にならない。通話に切り替えても連絡が取れないため、愛美は別の上司に連絡を取ることにした。
――こういう時は、デジタルおじさんだな!――
「みのさん、お疲れ様です。二階堂です……あの、主任ってまだ会議中ですかね?」
「おう、そうだね。どした?」
「今、マル被の立ち寄った店舗数軒の防カメ映像バックアップとって回ってたんですが、先ほど寄った新宿三丁目の美容皮膚科で従業員の一人から相談を持ち掛けられたんです。名前と住所言いますね、小楠結菜27歳、東京都葛飾区新小岩4丁目○○−△△イースト・カーサ新小岩A-1。それがですね、彼女“マル被”の客のようで。少し話した内容ですと、どうやら被疑者の店の飲み代の売掛金が払えなくなってマル被からチャラにする代わりにクリニックの顧客名簿を見せろって脅されて1度だけ見せてしまったと。他にも色々脅されて困ってると。で、彼に脅されてるのは彼女だけじゃなく他にもいるらしく、それも含めて相談したいと。もしかしたら、マル被が雇った男にも繋がるかもしれません」
「おおお~、釣ったな!」
「棚ぼたですw でも、まだ色々複雑なようで。彼女、お茶を出してくれた時の手が震えてたんでマル被に対しても職場の情報漏洩の件でも凄く怯えてる様子です。とりあえず、聞き取り出来ればと思ってクリニックを出て徒歩3分のビル内にあるカフェで待ち合わせていて現在待機中です。退勤後に来てくれることになっていて、話ではもう少しで勤務を終えて現れる予定なのでもう直ぐなんです。どうしましょう?」
「OK! じゃ、主任には俺が話しておくよ。彼女が来たら録音許可とって回そう。で、ここまでの防カメのデータは俺が処理してやるからクラウド上げておいて。で、聞き取り終えたら、彼女にもっと詳しく聞きたいからって任意同行できるか? を聞いて。今から谷原そっちに向かわせるから話し引き延ばしておいて。で、場所は?」
「あ……え~っと、住所言います……。新宿3丁目15-11アドホック新宿ビル5F……“コヨイコソパフェ”……です」
「……(カチャカチャカチャ……)ただのカフェじゃねぇなw」
「……バレましたねw あっ、彼女が来ました。聞き取りできそうです! 窓際手前ボックス席です。応援お願いします」
「了解! パフェ奢って谷原まで繋げw」
「えっ、じゃ、私も……食べていいですか?」
「うん、自腹なw」
「全然大丈夫ですっ! 了解ですっ」
愛美は笑顔で通話を終了し、来てくれた小楠へシートに座るよう促した。
「お疲れのところ、ありがとうございます……」
「あっ、いえ……」
「あのぅ……早速……といきたいところなのですが……、実は私……ずっとこのお店に来てみたくて。しかも今日お昼休憩も無しでずっと歩き回って消耗中でしてw 御馳走するので良かったら一緒に……いかがですか? パフェ……」
「いいんですか?」
「……いいんですw 食べましょう! パフェ♪」
「はいっw ……クリスマスの新作……出たそうなんですよね! 今年はちょっと早めの登場みたいです」
「本当ですかっ? うわぁ、食べたいっ! じゃ、私それ行きます! 小楠さんは?」
「…………じゃ、私も♥」
腹ごしらえと偽り、世間話を交えながら2人でパフェを食すこととした。先程まで明るさを残していた窓際だったが、日も落ちて向かいのビルに微かに残っていた初冬の優しく柔らかい日の光が少しずつ居場所を変えていった。先に食べ終えた愛美はパフェのグラスを店員に下げてもらい、少しメモをとって彼女が食べ終わるのを待った。小楠もグラスを下げてもらうよう店員を呼んだので、録音の承諾を得て店員が去ったと同時に聞き取りを始めた。話を聞いたところ、被疑者の本宮が彼女にリストを要求しただけではなく、パパ活まで強要してきたということだった。被疑者が原因となって亡くなった女子大生を罠にハメた男たちのことも知っていて、1人は被疑者と同業の別店舗のホストだった。またそのホストも金銭問題から脅されてやむを得ず女子大生を騙すしかなかったことなど詳細に語ってくれていた。話も濃くなっていったところで応援の谷原が駆け付けた。
「お待たせ! 」
「あっ、先輩……お疲れ様です」
「どうも、彼女と同じ課の谷原と申します……(手帳をテーブル脇でコッソリと見せる)」
「先輩の中で一番誠実な方なので安心してくださいね! では、ここから2人で改めて聞き取りさせてもらっても良いですか?」
「あっ、はい、大丈夫です」
愛美はここまで聞き取りをしながらメモを取った時系列が分かる用紙を谷原に渡した…………つもりだったのだが、違う用紙を渡してしまった。
「……やわらかな? 苺ミルクの甘さに? クランベリーと……? ……二階堂さん?」
「あっっ……! えっ? あっ、すみません(用紙)こっち……ですね」
「…………召し上がりましたな」
「………………黙秘しますっ!」
「えぇ~っと、この店の……防カメ……は? っと……」
「食べました…………食べましたけど……、何か? ……あのですね……私は、みのさんにパフェの許可もちゃんと取ってますし、ここの支払いも個人的な支出で経費扱いするつもりはありません。それに、おおよその計算でお昼休憩がロスになると見込んで昼食もカットしたんです。これ、列記とした遅めのお昼ご飯なのでっ! ……(聞き取り)早く始めてくださいっ!」
「はいはいw」
重要参考人よりも先に諸々を自白した愛美が谷原と聞き取りを交代した。場も和み、愛美の少々天然な一面や先輩刑事のスキルが際立ったこともあってか、小楠はかなり緊張がほぐれた様子で『二階堂さんが同席してくれるなら……』と本庁までの同行を承諾し、聴取に応じて洗いざらい話してくれることとなった。会計を済ませて、3人で移動した。この頃、既に佳祐は別件の会議を終えて中下と合流し、事態を把握して本件の捜査会議室で大型モニターを見ながら笑っていた。というのも、谷原は現場へ駆け付ける前に中下から試験的にペン型の新型ウェアラブルカメラの性能確認のために装着指示を受けていて、入店の時点で現場をLIVE中継していて高解像度で撮影された令嬢刑事のパフェ堪能記録が映し出されてしまったからだった。その光景は、捜査員全員をも和ませた。捜査員の中には彼女が佳祐の直属の部下ということもあり『コントだな!』と声をかけてくる者もいれば『へぇ~、お嬢を現場に出したのね、しかも新宿に』と案ずる声もある中で『意外と磨けば光る原石かもな。化石のままじゃもったいないよな』と参考人を素で和ませる彼女の捜査員としての対応の素質を認めるような意見を述べる者もいた。
3人が本庁に到着した。谷原と2人で重要参考人として小楠を取調室に案内するため、一課のフロア前を通過しようとしていた。と、チームのメンバーがこぞって声を掛け始めた。
「よっ、苺娘!」
「メリークリスマス!」
「クリスマス限定パフェ、私も食べたぁ~い!」
「ミス・ストロベリー2026・霞が関代表っ!」
公開処刑という洗礼を受けた愛美が真っ先に中下を疑って軽く睨み付けた。中下は首を横に振って『俺じゃない!』というジェスチャーをして“谷原の胸元のペン”だと言い逃れをした。愛美は自分に対して背中を向けながら肩を揺すっている谷原の腕をつかんで振り向かせて、ペン型カメラを見つけるなり、胸ポケットを確認した。
「あぁぁ……、谷……先輩……? 彼女の許可もなく勝手に撮ったんですか?」
「いいえ、二階堂さんが僕の飲み物を注文しに席を立った時にちゃんと許可取りを……。みのりんの指示に従って回しただけなんで。それに用紙を渡し間違えたのは“苺娘”ですよ~w」
「あっっ、あの時……用紙わざと直角に持ち直してましたよね!? 変な持ち方だなぁと思ったんですよ。うわ……全然誠実じゃないっ!」
「…………じゃ、小楠さん、こちらへどうぞ~w」
「フフフ、はいw」
おそらく本件の捜査員全員がメモを見たのだろうと察した愛美は頬を膨らませて自分のデスクに向かい、荷物をドスッと置いて佳祐に声を掛けた。
「主任っ! ただいま戻りましたっっ」
「(カチャカチャカチャ……)あぁ~いw お帰りぃ~」
「……今から聴取に同席しますっ」
「あぁ~い、お願いしまぁ~すw」
愛美がもう一度、先程よりももっと目を細めて悪そうな顔をしながら中下を睨んだまま移動し、お茶を入れるため給湯室へと去っていった。佳祐は、愛美が消えると直ぐに席から外れて一本電話をかけた。
「あっ、今大丈夫? ……おう、無事に戻ってきたよ、スイーツ・ファイターがw ありがとな。…………ん? おぉ、寒の鰻ね、了解っ! えっ? 調査報告書? ……画像ね、おう、送って、送って! じゃまた、よろしくぅ~。あぁ~い」




