3.レベッカ・スチュアート
学園に通い始めて暫く経ち、気になる人が出来た。先に断っておくが、女の子だ。
その子の名は、レベッカ・スチュアート。スチュアートと言えば、王都で知らぬ者は居ないとされるほど有名な豪商だ。そんじょそこらの貴族では到底太刀打ちできない程の資本を持っている。
レベッカは、王立魔法学園アルカディアに何故入学したのかと思うほど、魔法の出来が悪い。座学も、魔法に関することは不得手だが、歴史や数学にはめっぽう強く、私やデイルと競うほどの点数を取っていた。
この学園では、上位の成績は大体的に公表される。
デイルは常に総合成績1位で、私は2位。細分類の結果を見ていると、魔法に関するモノ以外でよく目にしたのが、彼女―――レベッカだった。
私は魔法特進学科で、彼女は普通科。合同授業を行うクラスでもないし、接点はなかった。当初は、私がただ一方的に名前を知っているだけだった。
部活動をやっていない私は、放課後、図書館で自習をしていた。故郷にいたころは、勉強することにもはや強迫観念さえあったが、ここに来てそれは薄まった。ただ、勉強するのが好きだからやっている。
特に、この魔法学園は魔法に特化してたくさんの資料がある。これまで故郷で目にすることがなかった高額な魔法書がたくさんあり、すっかり本の虜になってしまった。
持ち出し不可能な図書を中心に読み進め、寄宿舎で読めるように貸し出し用の本もストックしてある。得た知識を自分なりに理論化し、それを休日に実証できるか検証した。うまくいくときもあれば、失敗するときもあるが、誰に咎められることなく魔法を使える環境は幸せだった。
故郷で大きな魔法を扱うと、村で大騒ぎになることも多かった。学園には魔法を使うための予約制の施設があり、その施設内になる個室は、7×6mの何もない部屋だった。部屋の四方には魔晶石が置いてあり、放たれた魔法はその石に吸収される。おそらく吸収できる魔法力には限度があるのだろうが、今のところその限度を超えた生徒はいないようだ。
私は基本的にどの属性の魔法も使えるが、治癒魔法だけはからっきしだった。才能がなかった。魔法の素養があれば誰でも覚えられる切り傷程度を癒す術も使えなかった。治癒魔法の才能さえあればと、何度煮え湯を飲まされたか知れない。
その反面、攻撃魔法の素養は完璧だった。攻撃魔法の構築、発動、収束だけなら、デイルにだって負けない。だが、その素養だけでは、残念ながら学校の成績は上がらない。私が万年2位なのは、常に治癒魔法が0点だったことも、理由の1つに上げられるだろう。
いつものように、休日に魔法を実践しようと、たくさん書き留めたノートを持って施設に入ろうとしたときだった。
施設外から、誰かの話し声が聞こえた。それがただのお喋りなら無視したが、酷くがなっていたので、思わず足を止めた。
……喧嘩だろうか。
先生を呼ぼうか悩んだところで、バシッと暴力を振るった音が聞こえた。
咄嗟に音の方へ飛び出すと、赤髪の少女が、5人の少女に取り囲まれ、頬を叩かれていた場面だった。
「―――何をしているの」
私が低い声で問い掛けると、彼女たちは一斉にこちらを振り向いた。
「エミリア・キャベック……!?」
同級生なのか、彼女たちは私の顔と名前を知っているようだった。ということは、私の攻撃魔法特化特質も知っているはず。
「私は、『何をしているのか』と聞いているのよ。一見すると、貴方たちがそこの赤髪の子を苛めているように見えるのですけど?」
凄みながら一歩踏み出すと、赤髪の子を除く少女たちは、慌てて逃げ出した。
全く、底意地の悪い連中とはどこにでもいるものだ。私の故郷にもいた。デイルと比較して、いつも私を貶めてくるような子たちだ。とはいえ、そのような子たちには力で解らせてやりさえすれば、手を出してくることはなかった。
世の中、平和と平等をなんて宣綺麗ごと好きな考えを持つものは多いが、実際の社会は実力が全てだ。力があれば、潰されることもない。特に子供社会ではそれが顕著だ。
「大丈夫?」
ハンカチを水魔法で濡らし、叩かれた頬にそっと当てると、赤髪の少女がぽかんと口を開けた。
「本物の、エミリア・キャベック……?」
「偽物がいるのかどうか存じませんけど、そうですわ。貴方のお名前は?」
「私は、レベッカ・スチュアート」
私のハンカチを受け取り、自分で頬を冷やしながら、レベッカは名乗った。
「! 貴方が、あのスチュアートさん!?」
「……私のこと、知っているの?」
驚き飛び跳ねる私に対して、ちょっと引きながらレベッカは尋ねた。
「もちろんですわ! とっても優秀じゃない!」
興奮して答える私とは対照的に、彼女は冷めた目をこちらに向ける。
「自慢じゃないけど、私の魔法の成績、最下位よ」
それって嫌味? と言いたそうに顔を顰めるレベッカに、私は心から微笑んで見せた。
「魔法の成績については知りませんけれど、貴方の歴史の知識と数学の強さには感服するわ。先生が言っていたもの」
「先生が?」
「ええ。テストの度に、生徒が絶対解けない問題を用意する意地悪な数学の先生がいるでしょう?」
「ああ、ブルッケン先生ね」
白髪交じりの数学の先生ブルッケンは、必ず授業で習った範囲外の応用問題をテストの最後に出す。それを知っている生徒の多くは、最後の問題は見もせずテストを終わらせるそうだ。
「以前、どうにか正解したけれど、解に納得できないものがあって。先生にテスト後、質問に行ったことがあるの。そこで、模範解答に加え、貴方の解答を教えてもらったことがあるのだけど、素晴らしい満点の解答に、先生もびっくりしてらしたわ!」
「そ、そうなの……」
勢い余って顔を近づけ力説する私に対して、レベッカはかなり引き気味に答えた。
「だから本当に不思議で。貴方、何故魔法学園に入学したの? その素晴らしい才能は、ここではなくて、もっと数学の進んだ学園で活かすべきよ。勿体ない! ブルッケン先生も、残念がっておられたわ」
「……私もそう思うわ」
暗い顔で同意するレベッカに、私は眉を顰める。
「もしかして……親に無理矢理入学させられたの?」
この王立魔法学園アルカディアに子供が入学することは、親にとって最大の栄誉とされている。子供に入学を無理強いする親も中にはいるという。レベッカもそうだったのだろうか。
私の懸念を、彼女は直ぐに否定した。
「違うわ。私の意思よ。この学園を選んだのは、コネクション作りのため。商売するには魔法が必要だからね」
この世界では、魔法が全てを牛耳っていると言って過言ではない。魔法がなければ人々の生活は成り立たないし、魔法がなくなれば原始時代に戻ると言われているほどだ。
基幹産業と言われる鉄鋼業、エネルギー産業、機械工業、化学工業、鉄道、海運業全てを代替するのが、魔法業だ。
魔法力に長けた者は国家から重宝される。一方で、国に縛られることも多い。魔法は100人いれば70人は扱えるが、この学園に入学できるほどの実力を持つ者は、100人の内に1人いればいい方とされている。人口統計と入学者数を比較する限り、その言い伝えはおそらく正しい。
「魔法の才能は丸っきりないの。多額のコネで入学したから、私のことを疎ましく思う連中もいるわ」
貴方もそう思うでしょ―――彼女の目は、私にそう訴えているように見えた。
「それでも、入学基準を満たしたのでしょう?」
入学資格は、魔法力があることが大前提。それがなければ、どれだけお金を積もうと、絶対に学園側が入学させることはない。それほどに、この学園を卒業することには価値がつく。その価値を下げる者は、入試を受けることさえ不可能なのだ。
確かに、レベッカの魔法スキルは低いのかもしれないが、魔法力はあるはずだ。
「ギリッギリだけどね」
かなり強調して答えるレベッカに、私は微笑む。
「だったらいいじゃない。ここは魔法ばっかりが評されるから、不得意なら生活し辛いでしょうけど」
「……貴方、変な人ね」
レベッカは変わった虫でも見るかのように、私に目を向けた。
「そうかしら? 私も治癒魔法は一切使えないもの。だからその頬の傷、治してあげることもできないわ」
「……このぐらい、平気よ。流石に、かすり傷なら自分で治せるから」
そう言うと、レベッカはハンカチ越しに治癒を行った。淡い光が頬を包み、数秒後、傷は綺麗に消えていた。頬に赤みさえ残っていない。
頬を指差し、私はにっこり笑った。
「ほら」
「え?」
「貴方、魔法の成績が最下位だって言っていたけど、私より優れているじゃない。そんなものよ、人の違いって」
出来ない事があっても、卑下することはない。出来ることを見つければいいのだ。私はそうやって、自分に言い聞かせて来た。周囲に否定されても、自分だけは肯定してあげる。それが私の努力の原動力だった。
それでも、周囲から向けられた負の感情は、デイルにぶつけてしまったし、それは今も心に残っているけれど。
「……貴方、やっぱり変な人ね」
今度は『やっぱり』をつけて変な人扱いが確定されてしまった。
「ふふふ。身近に絶対敵わない存在がいると、人の優劣を批判する連中が嫌いになるのよ」
「……何か、色々あるみたいだけど……」
暗いオーラを漂わせて答える私を見て、レベッカは何か察したようだ。
「とにかく、助けてくれてありがとう。このハンカチ、洗って返すわ」
「いいえ、気にしないで。ハンカチもどうぞそのままで」
私がハンカチを手に取ると、レベッカは逡巡しながらも、そのまま返してくれた。
このことをきっかけに、レベッカと私は急速に仲良くなっていくことなった。
「エミリア!」
その日の夕方。寄宿舎の女子寮に戻る私を、声が呼びとめた。
「どうしたの? ライティーンくん」
振り向くと、こちらに向けて走るデイルの姿が目に入った。
「喧嘩に巻き込まれたって聞いて……っ!」
「ああ、そのこと。大丈夫よ、心配してもらわなくても」
レベッカのことは、先生に事後報告している。レベッカは頑なに自分を苛めていた生徒の名前は告げなかったが、私が代わりに見掛けた少女たちの特徴を報告すると、先生には心当たりがあるようだった。
生徒同士の諍いに大人が出て来ると、余計に拗れたりするものだ。レベッカは「そっとしておいて欲しい」と先生の介入を拒んでいたが、非力なレベッカに暴力をふるうような連中だ。このままで済ませるつもりはなかった。
レベッカが先生に頼らないのであれば、お節介かもしれないが、私が盾になる。
レベッカと別れたあと、私は少女たちを探し、見つけ、「今後レベッカ・スチュアートに手を出したら、この私、エミリア・キャベックが黙っていない」と強く警告したのだ。
品行方正で学園生活を過ごしていた私が、そのような脅迫染みた宣言をしたので、学園中にあっという間に広まってしまったようだ。
横の繋がりが広いデイルの耳に入るのは、きっと早かったに違いない。
「怪我とかしてないの?」
心配そうに顔を覗きこむデイルに向けて、私は端的に答える。
「平気よ」
「……なら、よかった……」
心底安堵したようで、大きく息を吐くデイルを見て、私は複雑な顔になる。
「私よりも、貴方の方が憔悴してどうするの」
「だって、心配なんだよ」
私に治癒能力はない。大きな怪我をしたら、自分で自分を救う術を持たない。そのためか、デイルはいつも私が怪我するのを厭う。
いつだって、デイルは私のことを気に掛けてくれる。態度が悪くなった、今でさえ。
「……本当に……貴方は変わらないわね」
「? どうしたの、エミリア」
私にとって、デイルは光だ。絶対に私が手に入らないものを持っている。
どろりとした妬みに囚われる私とは、大違いだ。
「……用件がそれだけなら、もう行っていいかしら」
デイルの傍を離れたくて、私は突き放した物言いをしてしまう。普通の人なら、怒ってもいいぐらいの態度の悪さだ。なのに、デイルは気を悪くした様子も見せず、頷いた。
「あ、うん。ごめんね、時間を取ってしまって」
「いいのよ。―――失礼するわ」
それだけ言い残して、私はデイルに背を向けた。
一度も振り返らなかったけれど、それでも私には解る。
きっとデイルは、私が寮に入って姿が見えなくなるまでずっと、その場から見守っていてくれただろう。
今の私には、その優しさが痛かった。
<引用サイト>
基幹産業
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