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4.パートナー

4.エミリアの本質


 王立魔法学園アルカディアには、各学年ごとに年に1回、実習がある。年度末近くに行われるこの実習の結果によって、進学できるかどうかが決定するため、生徒たちには緊張が強いられる期間でもある。


 実習は、このセルンディア王国が最北端に存在する、魔の森で行われる。


 魔の森と言われるだけあって、魔獣モンスターが存在する。北の森は原因は不明だが、放置していると魔獣の数が劇的に増える。そのため、年に数回魔獣狩りが行われる。生徒たちは、セルンディア王国が誇る魔法軍の掃討作戦終了後、残党狩りを行う名目で、実習が行われるのだ。


 掃討作戦のあと、強い魔獣はほぼ全滅しており、姿を現すことはない。少なくとも、学園が設立されて100年経つが、この実習で出現したことはないとされている。


 しかし、この実習では過去に死者は出ていた。死者が出ていない年でも、怪我人は必ず出る。中には重篤になった者もいるし、傷の所為で寝たきりになった生徒もいた。それでも学園は実習を止めることはない。


 王立魔法学園アルカディアの卒業生の多くは、魔法軍に入団する。魔法学園と銘打ってはいるが、アルカディアは実質軍学校だ。この実習程度をこなせない生徒は王国にとっても不要であり、そもそも入園するなと言われてしまうのだ。


 もちろん、例外はある。魔法を扱うにしても、戦闘に向いている者、補助に向いて居る者、魔法具の開発に長けている者と、様々である。実習は戦闘力がある者の独壇場ではあるが、戦闘力の無い生徒にとっては地獄である。その問題を解決するために、この実習はパートナー制で行われる。お互いに足りないところを補える相手が理想とされており、通常戦闘力に欠ける生徒には、戦闘力の高い生徒と一緒にされる。


 つまり、この実習で、私とデイルが組まされることはないのだ。


 デイルは多才な結果を残しており、これといった弱点はない。全てが高得点だ。対して、レベッカはほとんどの項目がギリギリ、デイルの真逆の結果と言っていい。


 何もなければ、おそらく、デイルとレベッカが組むことを学園側に推奨されるだろう。


 パートナーは、生徒の意思も加味される。不仲同士でよくない結果が起こることもあるからだ。


 だからして。


「貴方と私が組むのは有り得ないでしょう」


 実習の案内がされたときに、デイルは真っ先に「僕と組もう」と提案してくれたが、私はそう言い捨てた。


「でも……僕は君を一番理解している」


 食い下がるデイルに、私は首を横に振る。


「私と貴方が組めば、確かにいい成績が修められるでしょう。でも、その場合……他の子たちはどうなるの? そもそも、先生方がお認めになるはずないわ」


 学年首席と副首席……その二人が組むなんて、過去に例がない。誰ともパートナーを組まず、最高の実習結果を残した卒業生なら一人だけ居るが、私個人は眉唾ものだと思っていた。


 その卒業生――アクト・リーカスの成績を見るまでは。


 彼はいくつもの新しい魔法を構築し、世に生み出していた。その内の多くは、発動しなかったものも多いというが、発動したものの中には驚く結果を生み出したものも多い。


 私の世界では、常にデイルが一番だった。だから、アクト・リーカスの成績を知ったとき、自分が井の中の蛙に過ぎないことを悟った。


 世界は広い。自分なんてちっぽけな存在だと、何度も言い聞かせることは実に容易かった。その通りなのだから。


「でもエミリア、君は……」


 デイルが心配していることは解る。いや、そのために彼が過敏に反応していることも。


 原因は不明だが、私は回復魔法が使えない。そして、普通の回復魔法を身体が受け付けない。大きな傷を受ければ、最悪の場合、死も有り得る。


 しかし、それは他の生徒も同じ条件だろう。傷を受ける状況下で、直ぐに回復魔法を受けられるとは限らない。


 この学園で、私を癒せる魔法を扱えるのは、デイルと一部の教師のみだが、教師が私を助けようとするかは甚だ疑わしい。


 何故なら――私は異端だからだ。異端者は多くの場合、自然と排除される。


 故郷にいた頃は、私の異端な部分を家族がうまく隠してくれていたが、ここに家族は居ない。


 だからこそ、デイルは私を心配して守ろうとしてくれるのだ。


 デイルが最後まで話す前にと、私は急いで口を開いた。


「出来れば……貴方にはレベッカと組んで欲しいのだけど」


「レベッカって……レベッカ・スチュアートさんのこと……?」


 瞬きしながら、デイルは驚いた様子で問う。


「そうよ」


 私が頷くと、デイルは複雑な顔になった。


「……それが君の望みだと言うのなら」


 本当は嫌だけど、と言いたそうな態度ではあったが、デイルは頷いてくれた。




 その日の放課後、図書館の自習室でレベッカと一緒に勉強する約束をしていた。


 実習の前には、通常の試験がある。その試験対策もあって、レベッカとはここのところ毎日放課後に顔を合わせていた。


 クラスが別のため、レベッカと会おうとすると、放課後か、休憩時間を利用するしかない。


 いつか、レベッカとお昼を一緒にしたいと思っているが、レベッカは私のクラスメイトと仲良くするつもりはないらしい。一緒にお昼をと誘っても、何度も断られた。理由を尋ねて、ようやく複数人とお昼をとりたくないと回答をもらった。


 私と二人ならいいのか、と尋ねれば、是と反応があった。


 ならば近い内、クラスメイトの友人たちに断りを入れて、レベッカと昼をとろうと思うのだが、中々うまく時間がとれなかった。


 学園の授業は実習が大半。移動距離が長く、クラスが違うと合流する時間に差異が出て、顔を合わせて十分後には別れないといけないことも多いのだ。


 試験が近くなると、より昼時間が噛み合わなくなり、諦めて放課後だけ会うようになるのは、無理もなかった。


 そして今日は、顔を合わせるなり、デイルと実習のパートナーを組んではどうか、とレベッカに提案したのだが――


「嫌よ」


 一言で、あっさり断られてしまった。


 まさか断られると思っていなかった私は、呆然となる。だってあのデイルだ。天才児だ。首席だ。断る理由がどこにある?


「……何が嫌なの?」


 理由が解らなくて尋ねると、レベッカは思い切り顔を顰めた。


「デイル・ライティーンって……今年一番優秀な成績を修めていて、学園屈指のイケメンって大評判の人でしょ」


「……そうね」


 デイルは端正な顔立ちをしているし、背も高く、スタイルがいい。物腰は柔らかで、誰にでも親切だ。学年屈指のイケメンと呼ばれている事実は知らなかったが、なるほど納得である。


「そんな人と組んだら、私、彼のファンに殺されちゃうわよ。ただでさえ、色々な人に恨まれているのに、イケメンのファンまで追加されちゃったら流石に困るわ」


 エミリアが牽制したとはいえ、まだレベッカに対する地味な嫌がらせは続いている。直接的な被害は全くなくなったそうだが、レベッカが何かする度に陰口を言ったり、くすくす笑って馬鹿にしたりするそうだ。まるで幼児のような嫌がらせに、私も知ったときは呆れてしまったものだ。肝心のレベッカは、全く気にしてはいなかったが、だからといって、気分がいいものではないだろう。


 レベッカに嫌がらせをしている人たちは、全てクラスメイトたちと聞いている。ここにデイルのファンが加わると、学年中から目の敵にされる可能性が高くなる。


 それは確かに、嫌だろう。


「……そこまで思いつかなかったわ」


 私が頷いていると、レベッカは呆れ半分で嘆息した。


「思いついてよ、そこは」


 ううむ。実習のことばかり目を向けていたが、そういう事情ならばデイルはあまりお薦め出来ない。なにせ、私でさえ同郷というだけで嫉妬の対象になっているぐらいだ。


 デイルが駄目なら……。


「……それなら、私と組む?」


 今思いついた案だが、取り敢えず口にしてみた。


「え」


 想定外の提案だったのか、レベッカは目を丸くする。


「デイルほど完璧ではないけれど……私もそれなりに魔法は使えるわ。ただし、回復だけは出来ないから、怪我だけは気を付けて欲しいのだけれど」


 私の話を聞いて、レベッカはたっぷり沈黙したあと、口を開いた。


「……エミリアは、それでいいの?」


「もちろん。元々、私は貴方と組みたいと思っていたし。でも、私よりもライティーンくんの方が、貴方にとって安全だと思ったから薦めただけで」


「なら私、エミリアがいいわ」


 レベッカは真っ直ぐ私の目を見て、そう言った。自分から提案しておいてあれだが、私の方が戸惑ってしまった。


「……『回復が使えない』というのは、かなりのハンデよ。そんな私でもレベッカはいいの?」


 再度確認のために問うと、レベッカはやはり真剣な顔のまま答えた。


「だったら私はどうなるのよ。碌な魔法も使えないわ。私はエミリアがいいの」


 エミリアがいいだなんて言ってもらったのは、いつ以来ぶりだろう。私の心は歓喜した。


「嬉しいわ。私、全力で貴方を守ってみせるわね!」


 ぎゅっと拳を握って張り切る私を、レベッカは冷静につっこむ。


「そんなに張り切らなくていいんだけど……って、聞いてないわね」


 頼りにされたことに浮かれあがっていた私は、早速実習を熟すための作戦会議を、嫌がるレベッカと一緒に開いたのだった。




 私がレベッカと組むことは、次の日の朝、先生に報告した。パートナーが決まった生徒は一覧に貼り出されるので、速やかに報告する義務があるのだ。実習日が近くなると、まだパートナーを組めていない者たち同士を集めて、その場で組まさせるらしい。パートナーを探している者たちは、朝一番に掲示板を見て、自分が組みたい相手がフリーかどうかを確認するそうだ。


 報告すれば直ぐに情報は更新されるので、私とレベッカが組むことが、昼には学年中に広まっていた。


 そうなれば、デイルにも情報は伝わることになる。授業と授業の間にある休憩時間に、声を掛けられた。


「エミリア、君がスチュアートさんと組むって聞いたのだけど……」


 口早に問うデイルに、私は頷いて見せた。


「そうよ。貴方にお願いしていたのに、こうなってしまってごめんなさい。レベッカは私と組みたいって言ってくれたの」


「……どうして……っ!」


 普段、あまり怒りの感情を見せないデイルが、珍しく声を荒げた。


「ライティーンくん……」


 教室はしんと静まり、私とデイルに注目が集まった。目立つことが嫌いな私は、デイルの腕を引っ張り、人通りの少ない廊下へと移動した。


「一体、どうしたの?」


 パートナー相手をキャンセルしただけで、デイルが感情をむき出しにして怒ると思って居なかった私は、困惑したまま問い掛けた。


「どうかしたのは、君の方だろう、エミリア! それに、僕の名前は、デイルだよ! ずっとディーって呼んでくれていたじゃないか! なのに何で君は……そんなに、僕を遠ざけようとするんだっ!」


 今まで堪えていたものが溢れだしたのか、デイルは涙目で感情的に叫んだ。


「それは……」


 悪いのは私だ。デイルを一方的に嫌って、無視して。どうしても貴方に勝てない悔しさや妬ましさを、何の非もない彼にぶつけているのは、私の我儘だ。説明しようもない。


 言葉を失くして地面を見つめる私に、デイルは尚も畳み掛けるかのように口を開いた。


「僕に婚約者がいるだなんて嘘を広めたのも、君なんだろう?」


「……私は、本当のことしか言ってないわ!」


 これにはデイルの目を見て反論できた。


「僕に婚約者がいるって? よくもそんな嘘を吐けたものだ!」


 デイルの瞳が、金に輝き始めた。デイルが本気で怒ると、普段は黒の瞳が、魔力を伴って金に輝く。そのことを知っている私は、デイルの怒りに怯えながらも叫んだ。


「だってそう聞いたもの! お姉さまから!」


 私の叫びを聞いて、デイルの瞳が黒に戻った。


「ティルミアが……? 何で彼女がそんな嘘を……」


 怒りよりも戸惑いの気持ちが強くなったのか、デイルは眉を顰めた。


「お姉さまの婚約者は、貴方だって聞いたわ」


「あり得ないよ」


 即座に否定するデイルを、私は睨みつけた。


「それじゃあ、私の姉が嘘を吐いたって言うの?」


「……彼女は貴族で、キャベック家の跡取りなんだよ。平民の僕と結婚するはずないだろう。ティルミアが何でそんな嘘を口にしたのかは解らないけど……」


 何でこんな単純な答えが解らないの。姉が一方的に言っているのだとしたら、答えはひとつしかないじゃないか。


「……貴方のことを好きだからじゃないの?」


 ティルミアがデイルを好いていたのは、誰の目から見ても明らかだ。私でさえ解っている。


「たとえティルミアがそう思っていたとしても……僕は……僕が好きなのは……」


 それ以上喋らせてはいけない。そう本能に突き立てられた私は、再びデイルの話を遮った。


「私にとって、今の姉は決して好ましい相手ではないけれど……子供の頃お転婆だった私が怪我をしたら、べそをかきながら、私の傷を姉が癒してくれたことを覚えているわ。今の私は怪我することがないから、そんな姉の顔を見ることは叶わないけれど……でも、私にとっては切っても切り離せない存在なの」


 デイルのことがあって、姉は私を疎んでいる。それでも、子供の頃はそうじゃなかった。ちゃんと、私のことも愛してくれていた。私を見てくれていた。


 お転婆で怪我ばっかりする私を、医師が治せないと知って、必死になって治療方法を見つけてくれたのは、他でもない姉だ。デイルにその方法を教えたのも、姉だった。


 嫌い合っていても、縁を切ったとしても、それでも彼女は、私にとって姉なのだ。


「エミリア……」


「出来るなら、姉を傷付けないようにしてくれると嬉しいわ」


 このまま何も断らずに姉と一緒になって欲しい。私の言葉の意味を理解したデイルは、泣きそうになっていた。


「僕の気持ちはどうでもいいって言うの?」


「そんなことは言っていないわ。貴方の気持ちは貴方のものよ。それでも、私に貴方の気持ちを伝えられても困るの。私には何もしてあげられないから」


 ――解るでしょう?


 デイルが、私のことを大切に想っていてくれているのは嫌と言うほど知っている。私だって、この幼馴染に惹かれたことがあった。


 それでも……それは過去の話だ。


 時間が経つに連れ、恋は歪な形に変わってしまった。


 元に戻す方法も解らないほどに。


「ごめんなさい、ディー」


 私は深々と頭を下げた。


 貴方に八つ当たりして、ごめんなさい。


 貴方の気持ちに応えられなくて、ごめんなさい。


 許してくれとは言わないから、どうか、私のことを放っておいてください。


「それでも僕は……エミリア、君が……」


 悲しそうに呟くデイルの声にも反応せず、私は頭を下げ続けた。


 たとえどういう言葉をもらっても、私に応えることは出来ないのだから。

>>>修正履歴

(2019/02/28)そうもそも→そもそも

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