2.デイル・ライティーン
幼馴染の顔を見て、私は全てを悟った。間違いなく、彼もこの学園に入学したのだ。
せっかく夢見て都会に来たのに、また彼の存在を恨むしかなくなるのか。
いいや、そんなことはない。
王都セイルーンに、親も姉も居ない。
私を傷付ける人は誰も居ない。
デイルの存在は、私がこの学園で1位の成績を修めることは不可能という現実を知らしめてくれたけど、それでも実家にいるときに比べれば、きっとここは平穏に違いない。
「ライティーンくん、貴方もここに入学したのね」
驚きはしたものの、私の表情筋は全く動かなかった。ただ無表情で、同郷の少年に目を向けた。
「う、うん。村長のすすめがあってね」
私が声を掛けると、嬉しそうにデイルは笑った。その笑顔は、私とデイルが仲が良かったときと、全く変わらない。
……そう。デイルは、今も昔も変わらない。出会った頃と同じく、優しいまま。
変わったのは、私だ。
私は目をつむった。彼がここに入学すると知っていれば……もっと別の手段を取ったのに。学園で実力をつけてから、と先延ばしにするのではなかった。
後悔しても、今更どうしようもない。
「そう……。それで、どうしてここに立っているの?」
私と同じように、小さな旅行カバンを抱え立っているデイルに、解り切ったことを問い掛ける。
「君を待ってたんだよ、エミリア」
「私を? どうして?」
白々しく問い返す私に向けて、デイルは困ったように微笑んだ。
「どうしてって……僕たち、幼馴染だろう?」
「ええ、そうね」
否定するのも馬鹿馬鹿しい事実に、私は頷いた。
「一緒に居たいって、思うのはおかしい?」
普通ならおかしくない。親の付き添いもない、初めて訪れる土地だ。子供であれば心細くなるのが当然だろう。そこに顔見知りが居たら、一緒に行動する方が自然だ。
「……いいえ。同郷同士、困ったことがあれば、支え合いましょう」
貴方には私の助けなんて、必要ないでしょうけど。口に仕掛けた毒は、心中に留めて、呑み込んだ。
「荷物、持つよ」
デイルは私の方に手を差し出し、荷物を持とうとした。一見優男のように見えるが、デイルは力持ちだ。私には絶対無理だが、二人分くらいの荷物なら、軽々持ってしまえるのだろう。
「あら、ありがとう。でもお気持ちだけ頂くわ。これは私の荷物だから、自分で持つわ」
私は感謝しながらも断った。彼は誰でも優しいが、私の姉の婚約者だ。適度な距離を保ちたい。
「でも」
粘るデイルに、私は微笑んでみせる。
「ねえ、ライティーンくん。私たち、確かに幼馴染だわ。でもね、必要以上に私に情けをかけようとしないで」
「情けだなんて……」
そうね。貴方はただ親切なだけ。でも貴方がする親切は、これまでずっと、私を傷付けて来たの。けれどそんなこと、貴方には関係ないもの。傷つけられたと思う私の心がおかしいだけ。そんなこと、知ってるわ。
このジレンマから逃れるために、故郷を出たのに。やっぱり私の心は醜い。
「私は……『貴方の』お姉さまじゃないのよ」
デイルに兄弟姉妹はいない。彼は一人っ子だ。だけど、そんな説明せずとも、察せられるはずでしょう。だって貴方は。
「え? お姉さまって……どういう」
私の姉、ティルミアの婚約者なのだから。
私はデイルの横を通り抜け、門扉の前に立つって振り返った。
「一緒に行くのでしょう?」
デイルは戸惑った顔をしてはいたが、直ぐに私の隣に立ち、一緒に扉を開けた。
私たち二人は、高等部からの入学だった。この学園は初等部からあり、6歳から入学して、そのままエスカレーター式に歳を重ねて行くのが普通だ。
地方の優秀な子たちは、大抵中等部から入学する。私たちの入学は、学園からすればかなり遅い方だった。遅くに入学する生徒の多くは、優秀だが貧しい家庭の出自が多い。学園の授業料はひどく高額だが、高等部からは国の補助金により、一部免除することが出来る。
入学当初、周囲から私たちも、貧しい田舎者扱いされた。入学テストはよかったが、遠巻きに見られていると感じたほどだ。
デイルはここ王立魔法学園アルカディアでも優秀だった。
あっという間に人心を掌握し、人気者になった。故郷と同じ。どこに居ても変わらないのだ。彼の身分は平民だが、田舎者と馬鹿にされることもなく、迫害を受けることも無い。愛される存在だった。
一方、私は苦戦した。ここでの成績は、故郷と同じ。田舎とはいえ貴族出身の私は、礼儀マナーを親からこれでもかと叩きこまれた。私の仕草を見ただけで、周囲は私の身分を察する。
王立魔法学園アルカディアは拓かれた学園であり、身分によって査定されることはない。しかし、腐っても貴族は貴族。苛められることはないが、平民出身者からは変なやっかみを受けたりする。貴族出身者は、高等部から入学した私を、金のない貧乏貴族とみなした。
それでも人間関係は格段に変わった。故郷に居たときは、友達を作ることも出来なかったのだ。
学校が終われば直ぐに家に帰り、勉強、勉強、勉強。学校に居ていても、家庭教師に出された宿題が多く、休み時間はもっぱら机で勉強していた。そんなガリ勉の私が、友人に恵まれるはずもない。当時の私は、人間関係の構築よりも、学業を優先していた。
学校で私に話し掛けるのは、デイルだけ。他の人は腫れ物に触るかのように、距離を取った。
でも、ここでは違う。
勉強ももちろん大事だが、仲の良い友達を作りたい。新しい人間関係を構築しようと、私は必死だった。
自分から挨拶をし、軽くお喋りするように心がけた。色々な偏見はあるだろうが、それでも一生徒として、学園に馴染み、仲良くなりたいとアピールを続けた。そのお蔭で、登下校を一緒にする友人が何人か出来た。
クラスにはお友達グループが何時の間にか形成されていて、私が所属するグループにはデイルも含まれていた。
私が極力関わらないようにしていても、気の優しいデイルは私のことを気に掛ける。クラスの皆は、全員私たちが同郷で幼馴染であることを知っていた。
デイルは異性にも同性にもモテる。
私に特別気を掛けるデイルを見て、嫉妬されることもあった。そんなとき、私は正直に教える。デイルが私に親切にしてくれるのは、彼が優しい人で、姉の婚約者であるからだ、と。
それでも疑いの目を向け、私に恋愛感情はないのかと勘ぐって来る人もいる。
そんな人には、私は心から微笑んで、「将来義兄になる方に、恋愛感情など持てませんわ」と答えた。
姉の婚約者じゃなかったとしても、憎しみさえ抱いていた人間を、好きになるはずなんかない。
彼は全く悪くない。それでも、私にとって彼は、私の醜い心を生み出す原因でしかないのだから。




