六話 ティアとレティシア:前
浴室の壁に手を付き、シャワーから出てくる冷水を浴びること十五分。男としてあまりにも情けない自分を洗い流そうとしていたが、さすがに夏とはいえ体が冷えてきた。
俺は浴室から出ると、洗い立てのシャツと綿のスウェットを身に着ける。
レティシアはもう帰ってきているだろうか。
会いたいような、会いたくないような複雑な気持ちを抱えたまま、二階へと上がる。
自分の部屋の扉を少しだけ開け、中を伺うと俺はひっくり返りそうになった。
背中に流れる黄金色の髪。適度に筋肉が付いた背中。くびれたウェストと形の良いおしり。全裸のレティシアがこちらに背を向けたたずんでいた。
な、な、な、なんで全裸?
意気消沈していた俺の頭は、再び沸騰しそうになった。
生唾を飲み、大きく深呼吸をする。
も、もう一度チャンスをくれるのかな? そ、そうだよな。そうしないと元の世界には帰れないんだし……。
「れ。レティシア……?」
扉の隙間から、俺は静かに声をかける。一呼吸おいて、レティシアがゆっくりとこちらへと振り返った。
「あぁ……ナオキさまぁ……」
とろん、とした瞳は妖艶で、俺を求めるように伸ばされた手は誘惑に満ちている。少し控えめで、形の良い胸を隠すそぶりも見せず、俺の元へと歩んできた。
「れれれれレティシア? そんな恰好でどうしたの?」
レティシアは俺の質問に答えなかった。部屋の外で怖気づいている俺の手を取ると、無理やり部屋の中へ引っ張り入れた。
「ナオキさま。お待ちしておりました」
耳を舐るような声だった。俺の体は火がついたように熱くなっていく。
昨晩、月明かりの中、レティシアの裸を見たときにはそれはそれは感動した。しかし陽の光の中、一糸まとわぬ姿はあまりにも美しく、俺の体は石のようになり動けない。
レティシアはそんな俺の体を引き寄せると、やさしく抱き留める。そして、石化の呪いを解くかのように、俺の耳たぶをやさしく噛んだ。脳天からつま先まで、電流が走ったように俺は体を震わせる。
「ちょ、ちょっとレティシア」
わずかに残った理性で、レティシアの肩をつかむ。これ以上、何かされたら脳みそがショートしてしまいそうだ。
ちゅぷ、という水音が耳元で聞こえた後、レティシアは俺の後頭部をつかんだ。無理やり自分の胸元に俺の頭を押し付けた。
「どうですか? 私……こんなにドキドキしています……ナオキさまが欲しいです」
予想もしていない展開が続き、何も考えられない。俺はレティシアの心地よい胸の中で、そっと目を閉じた。
「ナオキ様っ!」
と、俺の背後から、レティシアの声が聞こえてきた。
え? なぜ背後から声が?
生乳の魅力を振り払い背後を見ると、そこにはもう一人のレティシアが足をがくがく奮わせ、信じられないといった顔つきで俺達を見ていた。
交互に二人の顔を見てみるも全く同じ顔が並んでいる。しかし、俺に抱き着いている方のレティシアは妖艶で、気を抜いてしまうと心をすべて奪われてしまいそうだった。
「お前……誰だ?」
頭で考える前に、そんな言葉が出た。
一瞬、俺に抱きついているレティシアは、表情を険しいものに変えたが、すぐに小悪魔的な微笑みを携えると。
「お前、だなんて……寂しい。ティアと呼んでください」
ティア? レティシアの愛称だろうか。
ティアは突然、俺の顔をつかむと唇を引き寄せた。キスをする。
脳みそを直接愛撫されたかのような感触。ぬるりとした感触が俺の口の中に入り込み、敏感な場所を直接攻める。
何が起こったのかわからないまま、俺は感じたことのない快感に身を固まらせていた。
「ああああああっ! ダメっ! ナオキ様ぁ! ダメダメっ。やだぁ!」
レティシアが悲痛な叫び声をあげる。
その声に俺は我に返り、抱き着いているティアを振り払う。
「……ぁんっ」
吐息のような声を発し、まだもの足りないといった表情で俺をつかもうと手を伸ばす。
レティシアは、俺の前に体を入れ込むと剣を取り構えた。
「あっ、あな、あなたは誰? し、しかも、ティアなんて呼ばせて……私だってナオキ様にそんな風に呼ばれたことないのに!」
レティシアは動揺しているのか、構えている剣がかちかちと震える。
ティアの絹糸のような黄金色の髪の毛。大きく少しだけ釣り上がった、強い意思を感じさせる青い瞳。肌の色や魅力的な薄い唇の色までレティシアと全く一緒だ。
ただ、一つ違うのは、出会ってからは一度も見せたことのない妖艶な表情をティアが見せているということだ。
一見、眠そうな目は怪しい微笑みを携えると、ここまで艶やかに見えるものなのか。少しだけ開いた口からは赤い舌が覗き、唇をなぞる。全裸のまま、前を隠そうなどという思いはまるで無いようだ。むしろ、滑らかな指は自らの肢体をなぞり、これでもかとアピールしてくる。
「ナオキ様! 見ちゃダメっ!」
突然、視界が暗闇に覆われる。レティシアが俺に覆いかぶさり目を覆ってくる。飛びつかれてしまったため、俺とレティシアは床に倒れこんでしまった。
「ちょ、ちょっとレティシア!」
「絶対ダメです! 見ないでぇ!」
自分と似た女性の裸を見られたくないのか。それとも、自分以外の女性を性的な目で見てほしくないのか。どちらにしても、覆っている手は目をつぶす勢いだ。
「ふふ。仲がいいみたいですねぇ」
視界が無くても、この声はレティシアではないのがわかる。
「昨晩……あなた達が何をしていたのか、私知っていますから」
ふいに放たれたその言葉に、俺の思考が一瞬止まる。
知っている? どこかで見ていた?
ひょっとしたら……
亀の親子のように俺の背中に乗っていたレティシアは、手を離すと小刻みに震えだす。恐ろしいという感情よりは、恥ずかしいという感情が勝っているようだ。
「本当に……何ですか、昨晩のアレは。男と女が一つ屋根の下にいれば、することは一つでしょうに……キスすらもしていないなんて……本当に呆れ果てました」
ハァ、と呆れたような吐息を漏らす。
「お前……もしかして、淫乱な部分のレティシアか?」
清純な女騎士レティシアの奥底に眠る、淫乱な人格。ゲームのレティシアの人物設定だ。
「正解です」
ティアはよしよしと俺の頭を撫でる。レティシアはその手を俺から振り払おうと腕を伸ばす。ティアはそれをひらりと交わすと、風のような動きで俺達から距離を取った。
「あんな不完全な行為でも、少しは力が戻って来たみたい。まだ本調子ではないですけど」
ティアは前屈みになると、二の腕で胸を寄せ強調して来る。
「お前の目的はなんだ?」
ティアの表情が暗くなる。その反応に疑問符を浮かべていると、レティシアが俺の背中から離れ、ティアの腕を取った。
「そ、そんな格好のままナオキ様の前にいないでください。せめて服を」
ティアは不適な笑みを浮かべると、レティシアの脇に背中を滑り込ませる。一瞬だった。レティシアを背負い、床にたたき付ける。
「ぐっ……!」
動きを止めたのを見計らい、ティアは床に転がった剣を取り、レティシアの喉元に突きつける。
「レティシア!」
「動かないでっ」
叫んだのはティアだった。ピンと空気が張り詰める。
レティシアも痛みに堪えながら、ティアを睨みつけている。
「ああ、そういえば。目的でしたね。私の目的は元の世界に帰り、祖国を救うこと」
ティアは組み伏せたままのレティシアを顎で指し示すと、
「この子と一緒ですよ」
と、驚くほど冷淡な声でいった。
「ただ、この子を取り込んで、私が主人格になって、ですが」
「どういうことだ?」
「ナオキさまも薄々気がついているのでは?」
女騎士の中に眠る淫乱な部分。レティシアとティア。一つの体に二つの人格。陵辱することにより、生まれる新たな力というのは、ティアを主人格とすることだったのだ。
ティアが主人格になったらレティシアはどうなる?
「ナオキさま」
ティアが感情のない声で俺を呼ぶ。淫乱な表情はなりを潜めている。
「私はこの子……レティシアが十歳を迎えることに生まれました。そろそろ性を意識する年齢ですね。この子も気がついていたと思いますよ。私という意識が自分の中に芽生えたことが」
そう言い、レティシアを見下ろす。
「私だって、最初は主人格になろうなんて思っていませんでした。一緒に成長していければ、私という人格を受け入れて一緒に生きていければ」
ティアの言葉の端々に力が入る。剣先をさらにレティシアの喉元に突きつける。
「でも、この子は私を否定した」
ティアの瞳に憎悪が混ざる。ぞっとした。レティシアと同じ顔とは思えないほどに歪んでいたからだ。
「あ……」
レティシアは自らの胸に手を当てると、ティアの顔をまじまじと見た。
「この子は、日々膨れ上がっていく私を邪魔な存在と認識し、意識の奥底に押し込めました。不浄なものと決めつけて」
ティアは突きつけた剣を放り投げると、レティシアの頬を掴んだ。そのまま骨を砕かん勢いだ。レティシアが苦痛に顔をゆがめる。




