8.考えとく
ガキ―ンッ!!
拳獣王ライオネスの大剣の刀身が伸びた。少なくともシルフィアにはそう見えた。咄嗟に魔剣エクリプスで大剣の一撃を受ける。重い一撃だった。
「ほう、縮地の斬撃を見破るか。初めてだな。良い眼をしている」
「何だ!今の!剣が伸びた!」
『縮地の斬撃だ。間合いを十分に取れ。目に頼るな!』
「シュクチのザンゲキ?何だそれ!?」
『刀身が伸びる魔法の剣だ!』
「へっ、いきなり、面白くなってきたぜ!」
シルフィアが、魔剣エクリプスを横殴りに振り回す。拳獣王ライオネスが飛び退って避ける。そして、再度、前進し一撃を繰り出す。また刀身が伸びてくる。シルフィアが紙一重で避ける。その顔は戦いの高揚感で笑っている。
「何となく分かってきた」
『相変わらず、むちゃくちゃだが戦闘センスは抜群だな』
「あの大剣、やっぱり魔法の剣だ。ヒットする瞬間、切っ先が伸びる」
『それが分かったなら、我を抜け!』
「考えとく」
観客席は静まり返っていた。シルフィアと拳獣王ライオネスは十合以上打ち合っている。これまで拳獣王ライオネスと三合以上打ち合った剣闘士はいない。皆、三合以内に倒されている。
だが、シルフィアは十合以上打ち合っただけではなく、逆に相手を押しているようにも見える。信じられないことが起きようとしていた。
「俺は夢でも見ているのか?あのライオネスが小娘に押されているなんて……」
観客のひとりがつぶやく間にも、ガシーンッ!!
十五合目の打ち合い。拳獣王ライオネスの重心がわずかに崩れる。
「ライオネスのおっさん!魔法の剣はもう効かないぜ!」
「そのようだな。魔剣エクリプスの使い手よ」
そう言うと、拳獣王ライオネスは大剣を場外に放り投げた。
シルフィアが怪訝な顔をする。
「剣闘士の真似事はやめだ。なぜ、私が拳獣王と呼ばれるのか、教えてやろう」
そのまま、ファイティングポーズを取る。
「私の本当の武器は、この両手の拳だ」
「面白え。手加減しねえぞ」
シルフィアは魔剣エクリプスを大きく振り上げると、拳獣王ライオネスに打ち掛かっていった。ドガッ!ライオネスは魔剣エクリプスの重い一撃を手甲で弾き返す。
今度はシルフィアが大きくバランスを崩す。そこへ、ライオネスの拳の連撃が襲う。器用にトンボ返りを打ち、避けるシルフィア。一進一退の攻防が続く。
「魔剣エクリプスの使い手よ。わが一族の呪いの力、思い知れ!」
「一族の呪いだと!?」
拳獣王ライオネスの力は凄まじいものだった。拳の圧力で剣闘場の地面がえぐれる。腕を捕まれれば骨が軋む。異様な握力だった。
「エッくん、何か恨みを買うような真似をやったのか?」
『知るか!我は千年間、封印されておったのだ!千年前のことなら知らんがな!』
「じゃあ、逆恨みかよ!」
そんな会話の間にも、ライオネスの猛攻が続く。シルフィアはライオネスにふところに入られないように、牽制の一撃を放つ。
「グオオオオオオッ!喰らえ獣王拳!!」
ガキ―ンッ!!ライオネスの拳をエクリプスで弾き返す。だが、連打を防ぐので精一杯だ。攻撃の糸口が見えない。このままでは、ジリ貧だ。
観客席では、その異様な戦いに声を上げるのも忘れ、息を飲んで見守っていた。賭けどころではない。皆、拳獣王ライオネスの異常な腕力に心を奪われていた。そして、それに一歩も引けを取らずに立ち向かうシルフィアの姿に。
「……頑張れ」
誰かが言った。その声は次第に広がっていった。
「頑張れ、シルフィア」
「そうだ。頑張れ!シルフィア!!」
それは、ついさっきまで、シルフィアの死を心待ちにしていたとは、思えないほどの豹変ぶりだった。当のシルフィアにしても驚きだった。
「あれっ、応援されてるみたいなんだけど」
『そんな事はどうでも良いわ!つべこべ言わずサッサと抜け!!』
拳獣王ライオネスのパンチが繰り出される。魔剣エクリプスで器用にさばく。ライオネスがさらに叫ぶ。
「魔剣エクリプスを破壊すれば、わが一族の呪いは消える。
大人しく消えてもらおうか!」
「呪いってなんだよ!あたしに関係ないだろう!」
「ある!」
「なんでさ?」
「魔剣エクリプスの使い手だからだ!」
「訳分かんねえ!」
拳獣王ライオネスはコミュニケーション能力に少々難がありそうだ。会話が成立していない。一人で納得して攻撃を繰り出してくる。いい加減、腹が立ってきた。その時だった――
『来る!』
魔剣エクリプスが警戒の声を発した。
「まさか……」
ビリッ!!空間が裂ける音が響く。次の瞬間。
ドガ―――ンッ!!
耳をつんざくような大音声が鳴り響き、空の無いはずの剣闘場のど真ん中に雷が落ちた。
空間に裂け目が出来ている。そこから何者かが生まれ出ようとあがいている。決まっている。“ヤツ”だ。
まず空間の裂け目から、いびつな腕が這い出してくる。次に這い出して来たのは両足だった。空中に何も無いことを確かめるように、しばらく振り回す。次は胴体だ。ずるりと音がするように生まれてくる。
“ヤツ”は空間の裂け目から生まれ落ちる。地面に着地した時、べちゃりといやらしい音がした。そして、最後に顔が生えてくる。形だけの目と口、目は相変わらず何も映していない。口は虚ろに開いているだけだ。
それは、数日前にシルフィアたちを襲った影だった。
「な、何だアレ……」
誰かが言った。その声は恐怖に震えている。
「……化け物だ」
その声がキッカケだった。観客は我先に逃げ出した。本能的な恐怖感から。
「化け物だ!逃げろ!」怒号、悲鳴、罵声。秩序など何処にもない。
「自警団を出せ!」
ドレイクの声だ。さすがに落ち着いている。
「下がらせろ!自警団じゃ無理だ!」
シルフィアが、魔剣エクリプスを肩にしょって立ち上がる。
「ライオネスのおっさん!試合はお流れだ!まずは、あいつを片付ける!」
「あれが何か知っているのか?魔剣エクリプスの使い手」
「良くは知らねえ!だが、あいつの狙いはあたしだ」
影はこちらの存在に気付いている。ゆっくりとシルフィアに近づいてくる。魔剣エクリプスを正眼に構える。シルフィアの本気の構えだ。何を思ったのか、拳獣王ライオネスが横に立つ。
「ヤツのあの禍々しさ。わが一族の呪いと無関係とは思えん。加勢する」
「やめとけ。あいつ、強ええぞ」
正直なところ、シルフィアはありがたかった。前回はカイルが居たが、それでも逃げるだけで精一杯だった。一対一では勝機は薄い。相棒が拳獣王ライオネスなら心強い。
「望むところだ」
拳獣王ライオネスの闘気が爆発的に膨れ上がる。影は二人を敵として認識したようだ。血の匂いに混じって、煙の臭いがしてくる。どこかで火事が起きてるようだ。
怒号と悲鳴が強くなる。こうしていると落城の日を思い出す。シルフィアはその思いを振り払い、影に立ち向かって行った。
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