6.五十戦五十勝の相手に、手が震える王女(喜び)
昨日、地下剣闘場であんな大騒ぎがあったにもかかわらず、帝都の朝はいつもと変わらなかった。街には辻馬車が行きかい、朝市では売り子の声がこだまする。
地下剣闘場は元々アンダーグラウンドな世界だ。普通の市民との接点は少ない。闇の業界にどっぷり浸かって、自分の感覚がおかしくなっていたのかもしれない。まだ六回ほどしか出場していないが。
翌朝、早くシルフィアは地下剣闘場を管理する冒険者ギルドを訪れた。昨日の騒ぎのことも気になっていた。ギルドでは流石に大騒ぎになっているだろうと思ったが、試合の結果に不満をもった観客の暴動ということになっていた。
「帝国騎士団も巻き添えになっただろう?」
シルフィアは、ギルドの受付嬢に探りを入れてみる。
「帝国騎士団? さあ、そんな話は聞きませんけど……」
嘘は言っていない。言う必要がない。
「どういう事だ?」
『昨日の“ヤツ”は帝国上層部にとっても、都合が悪いのであろうな』
シルフィアは狐につままれたような気分だった。
首をひねる彼女に受付嬢が用件を告げる。
「シルフィア様、ギルドマスターがお呼びです」
「ドレイクが?」
冒険者ギルドのギルドマスターはドレイクの表の顔だ。その正体は、地下剣闘場のプロモーターという訳だ。
冒険者ギルドのメンバーの中から、素質のある戦士を剣闘士として裏の世界に送り込む。いわば死の商人だ。シルフィアは彼のマネジメントで剣闘士としてデビューしたのだ。
ギルドの二階がドレイクの執務室になっていた。黒檀の扉を二回ノックした。
「入れ」扉の向こうで声がした。
「呼んだか?」
シルフィアは、ぶっきらぼうな声を出しながら、大きな扉を開ける。
部屋の中央には、豪華な応接ソファがデンッと置かれている。その奥にこれまた黒檀の執務机が鎮座している。部屋の左右にはドレイクが趣味で集めた甲冑や武器が飾られている。絵画や花など芸術の香りのするものは一切ない。
最初に入った時、シルフィアは妙に落ち着いたことを覚えている。父ちゃんの部屋に似ているのだ。シルフィアは父のことを「父ちゃん」と呼ぶ。市井の子供たちと遊ぶうちに「父上」が自然に「父ちゃん」になった。父もそれを咎めなかった。
「よう、シルフィア。昨日は派手にやらかしたみたいじゃねえか」
シルフィアは応接ソファにふんぞり返った。
「なんだよ。みんな知らねえフリをしてたのか」
「いいや。みんな詳しくは知らねえ。一部の人間を除いてはな」
ドレイクは顔の前で両手を組んだ。どこかの司令官のようだった。
「突き出すつもりかい、あたしを」
「金の卵を生む雌鶏をみすみす手放したりするかよ。俺はこう見えても帝国の上層部には顔がきくんだ」
シルフィアは魔剣エクリプスに伸ばしかけていた手を止めた。
「ふ~ん、雌鶏ねぇ」
ドレイクは応接ソファの対面まで歩くと羊皮紙を差し出す。
「次の対戦相手だ。目を通しておけ」
羊皮紙には、対戦相手の名前とプロフィール。
「拳獣王ライオネス? 得物は大剣。えっ獣人族!?」
人族ではない。亜人だ。この帝都では珍しい。戦績は五十戦五十勝!?
化け物だ。シルフィアの手がプルプル震えた。恐怖からではない。戦いの喜びからだ。
「怖えなら、やめても……」
「やるっ!是非やらせてくれ!!」
ドレイクの方が面食らった。シルフィアは目をキラキラさせている。
「お、おう、ちなみに勝者はリリス皇女殿下の誕生パーティーでのエキジビションマッチの参加権が与えられる。大帝陛下にも会えるかもしれんぞ」
「な、何?」
シルフィアの頭の中が一瞬、真っ白になった。
◆
帰りの道すがら、シルフィアは話を整理してみた。
「なあ、エッくん。リリス皇女殿下って誰だ?」
『貴様、大帝を討とうというのに、その娘を知らなんだのか?』
「大帝に娘がいたのか?」
『アーサーにも、お前という暴力娘が居たのだ。居ないと思う方がおかしい』
話を整理すればこうだ。二週間後、リリス皇女殿下の十五歳の誕生パーティーが開催される。十五歳と言えば立派な成人だ。パーティーは盛大な物となる。
リリス皇女殿下は大の格闘技好きらしい。そこで、剣闘士のエキジビションマッチが最大の出し物として企画されたそうだ。
「自分の誕生パーティーで、殺し合いを見たがるなんざ相当な変態だな」
『お前がそれを言うのか』
「ほっとけ!だが、大帝も顔を出すという訳か」
シルフィアは右の拳を左の掌に打ち付けた。パシンッと乾いた音がなる。その目はただひたすらに真っ直ぐだ。しかし、魔剣エクリプスの次の言葉は意外なものだった。
『シルフィアよ。悪いことは言わん。次の試合は棄権しろ』
「何でだよ。拳獣王ライオネス。強そうなヤツじゃねえか」
『戦績を見たのか? 五十戦五十勝、まともではない』
「試合は二日後なんだ!今さら引けないね!」
『獣人族を甘く見るな!奴らは生まれながらの戦士だ!』
対戦相手のことだけではない。昨日の“影”のこともある。ヤツの正体は分かっていないのだ。そんな時に剣闘士の試合どころではない。また、襲ってくれと宣伝しているようなものである。
だが、シルフィアはリリス皇女殿下の誕生パーティーに参加する気でいる。危ない。あまりに危なすぎる。
魔剣エクリプスの心配をよそに、試合当日の朝はあっと言う間に訪れた。
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