3.魔剣の元カノは聖剣だった件
本日、3回目の投稿です!
『クスクス……』
その時、どこからともなく、鈴を転がすような艶やかな笑い声が響いた。
『主様よ、シルフィアの差し入れに持って来たと素直に認めるでありんす』
「なっ――!何を言うセラフィクス!」
カイルの声が裏返る。赤面している、耳まで真っ赤だ。
『そんなことより、魔剣エクリプスの棍棒扱いは、なかなか面白かったでありんす』
『なっ――!』
今度は魔剣エクリプスの声が裏返る。見ればカイルの腰に下げられた聖剣が、淡く白銀の光を帯びていた。
――ジグムント公国大公家に代々伝わる聖剣セラフィクスだ。
『クスクス、見ておったでありんすよ。あの無様な戦いぶり』
『ぶ、無様だと!? 貴様、何を言うかセラフィクス!』
むきになって魔剣エクリプスが怒鳴る。
『我ほどになると、棍棒としても優秀なのだ!』
言っていることが無茶苦茶だった。しかし、セラフィクスはさらに続ける。
『たしかに優秀な見世物であったでありんす。クスクス』
『き、貴様ァ……!』
魔剣エクリプスは完全にペースを乱されている。
それを見て、シルフィアは肉まんを頬張りながら笑った。
「エッくん、人気者じゃん」
『誰がエッくんだ!』
『おやおや』
セラフィクスが楽しそうに続ける。完全に遊んでいる。
『昔から変わらぬでありんすな。見栄ばかり張って』
『だ、黙れ!』
『元カノに見られて焦っておるのかえ?』
『なっ――!?』
その一言でエクリプスが完全に固まった。衝撃の事実が暴露され、カイルの目が思わず見開かれる。
「……元カノ?」
『言うなァァァ!!』
魔剣エクリプスの絶叫が薄暗い通路中に響いた。
肉まんに嚙り付きながら、シルフィアは吹き出す。
「あははっ、エッくんそんな過去があったのかよ!」
『違う!誤解だ!あれはだな――!』
魔剣エクリプスが慌てて否定する。
だが、その狼狽した様子が事実だと語っていた。
『言い訳は聞き飽きたでありんす』
ピシャリと言い捨て、セラフィクスはくすくすと笑う。
カイルは深くため息をついた。
(……本当に、これが王女と伝説の魔剣か)
淑女の嗜みもなく、目の前で肉まんを口いっぱいに頬張り、剣闘士として魔剣を棍棒扱いし、大暴れする王女と過去の醜聞を暴かれて騒ぐ魔剣。戦士の誇りも王族の気品も、どこにもない。だが――
肉まんを食べ終えたシルフィアは、口元を拭いながら前を向いた。
「あー、食った食った」
その目はただひたすらに真っ直ぐだった。右手の拳を左手にパシンと打ち付ける。眼差しはギラギラと輝いている。
「あー、もっと強ぇヤツをぶっ飛ばしてぇな」
その言葉に迷いは一切感じられない。本気で強い者を探し求めている。
「はぁ……」
カイルは、今日何度目かの小さいため息を吐いた。
(……だから、放っておけないのか)
その時、通路にガシャガシャと鎧の足音が響き始めた。
「――見つけたぞ、ベールウェストの王女」
その声を聞いた瞬間。シルフィアの口元が、わずかに歪んだ。
「へえ」
ゆっくり振り向く。そこにいたのは――帝国騎士団の一隊。
完全武装している。人数は十名程度だ。前の道を塞ぐように、通路を囲んでいた。
「王女シルフィア・ベールウェスト」
兜に羽根飾りを付けた隊長格の男が、冷たく告げる。
「反逆罪により、ここで拘束する」
一瞬の沈黙。カイルの顔色が微妙に変わる。
「……まずいな」
隊長が続けて、じろりとカイルを見る。
「帝国騎士団聖騎士カイル・ジグムント殿、貴殿にも聞きたいことがある」
「はは……ますます、まずいな」
相手は帝国兵でも手練れが多い、公安庁の騎士たちだ。十人とはいえ、一般兵三十人分の戦力に匹敵する。相手が悪すぎた。だが。
シルフィアは――笑った。
「ちょうどいい」
魔剣エクリプスを、肩に担ぐ。
「強ぇヤツを探す手間が省けた」
『ほう……』
魔剣エクリプスの声が、わずかに楽しげに歪む。
「帝国の犬ども」
一歩、前に出る。
「どいつからぶっ飛ばす?」
空気が張り詰める。次の瞬間。――戦いが始まる。
だが、それはただの戦いではなかった。
狭く薄暗い通路に鉄の足音が響き渡る。鎧が擦れる鈍い音、剣が抜かれる甲高い音。敵は完全包囲しようと間合いを詰めてくる。
「王女シルフィア・ベールウェスト」
先頭の騎士が一歩出ながら、再度罪状を述べる。
「反逆罪により、拘束する!おとなしくしろ」
「反逆?」
シルフィアはさも不思議そうに首をかしげた。
「国ごとぶっ潰された側なんだけどな、あたし」
『正論だが状況は最悪だな』
魔剣エクリプスが低く呟く。カイルが一歩前に出た。
「待て!ここは地下剣闘場だ!騒ぎを起こせば――」
「関係ない」
隊長の帝国騎士の声は冷たい。
「命令だ。抵抗すれば斬る」
「……チッ」
カイルが舌打ちする。
(まずいな。完全に潰しに来てる)
その横で、シルフィアは笑っていた。
「いいじゃん」
魔剣エクリプスを肩に担ぐ。
「数を集めれば勝てると思ったか?」
『だから我は棍棒ではないと言っておろうが!』
「細けえことはいい!」――一歩、踏み出す。
空気が変わる。騎士たちの表情が引き締まる。
「……やれ」
号令とともに中央と左右、同時に三方向から斬りかかる。
その動きは速かった。十分に訓練された連携だった。
だが――「遅えッ!!」
ゴンッ!!
鈍い衝撃音と共に先頭の騎士が宙を舞う。
「ぐああああああああ!!」
「一人目!」
そのまま半回転する。右からの一撃を避け、左側の騎士に肘打ち。
ドゴッ!!
二人目が壁に叩きつけられる。
「二人目!」
「囲め!距離を取れ!」
指揮が飛ぶ。弓兵が距離をとって後方に展開する。
「放てッ!!」
矢の雨が水平に襲ってくる。だが――
「効くかよ!そんなもん!」
――キィンッ!!
魔剣エクリプスを一閃して、すべてを弾き返す。見えない膜が出来たかのようだ。シルフィアの並外れた動体視力の賜物だった。
『だから抜いて使えと言っておるだろうがァ!!』
「今それどころじゃねえ!」
さらに敵中へ踏み込む。
「オラァッ!!」
ゴンッ!!ゴンッ!!ゴンッ!!
次々と吹き飛ぶ騎士。通路は一瞬で戦場になった。カイルが思わず呟く。
「……一人で制圧してる」
『当然でありんす』
セラフィクスが楽しげにさらりと言う。
『あの娘は規格外でありんすから』
そういうとコロコロと鈴のように笑う。
「楽しそうに言うな!」
「ひ、ひるむな!数で押せ!」
帝国騎士たちが再び突撃する。しかし、所詮十人程度でシルフィアを押さえ付けられる訳がなかった。
「かかってこいよ!帝国の騎士はその程度か!」
ドゴンッ!!
シルフィアの一撃がまた一人帝国騎士を捉えた。殴られた騎士は頭から通路の壁にめり込む。その一撃は重く容赦がなかった。帝国騎士たちの動きが止まる。誰もこんな所で死にたくはなかった。
だがそのとき――バリッ。
空気が、いや空間が、大きく裂ける音が響いた。人ならざる者の気配が忍び寄ってくるのを、一同は敏感に感じ取っていた。
「何か……来る!」
シルフィアが呟いた。
現実に大きな歪みが出来ようとしていた。
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