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2.亡国の王女、なぜか帝都でアイドルになる

本日、2作目の投稿です!

 ベールウェスト王国が滅ぼされてから、わずか数ヶ月後。

 ここは帝都シルトベルン――シルトベルト帝国の首都である。


 「オラァッ!!」


 ゴンッ!!


 『ぐああああああっ!? 我の品位がァァァァ!!』


 歓声が渦巻く剣闘場。辺りに漂うのは血の匂いだ。毎日、何人もの男達が血の海に沈む。それでも参加者が後を絶たないのはそのファイトマネーの高額さ故だった。


 一つの試合に勝てば一年は遊んで暮らせる。だが負ければ死だ。


 試合は賭け試合。出場選手ごとにオッズが決められている。穴馬を当てられれば一生分の稼ぎになるとなれば観客の目の色も変わるというものだ。


 生か死か、ギリギリのスリルを味わいたい男達にしてみれば恰好のフィールドだった。


 そんな試合の一つだった。砂煙が舞う中、大男が吹き飛んだ。


 やったのは、赤い髪の少女。──彼女の名はシルフィア。祖国が滅ぼされてから数ヶ月。

彼女は地下剣闘士界のアイドルとなっていた。しかも祖国を滅ぼしたシルトベルト帝国の帝都で。どこをどうすればこうなるのか。本人にもよく分かっていなかった。


 だが、その手に握られているのは──鞘(さや)に収まったままの大剣『魔剣エクリプス』。鞘と鍔(つば)に巻かれた封印は健在だ。抜かれていない。完全に、棍棒だ。


 「やっぱ筋肉は裏切らねえぜ」


 “筋肉は裏切らない”――父王アーサーの口癖だった。


 『……我は魔剣エクリプスぞ。棍棒ではない』


 シルフィアと出会ってから、何度口にしたか分からないセリフ。だが、この主は聞く耳を持たない。というか持とうとしない。


 「細けえこと気にすんなよ、エッくん」

 『エッくんと呼ぶなァァァ!!』


 ついに魔剣エクリプスは切れた。そりゃもうスッパリと。


 わずか数ヶ月前に帝国に滅ぼされた、ベールウェスト王国の王女。今は帝都の地下剣闘場でファイトマネーを稼ぎながら、復讐の機会を窺っている。少なくとも本人はその気だ。


 そして、その手に握られた魔剣は、千年間、ダンジョンに封印されていたくせに、今日も棍棒扱いされている。


 「オラァッ!!」


 鋼の筋肉を持つ大男――ガイルの一撃が、空気を裂く。

 重い剣が振り下ろされ、地面がドゴンと砕けた。


 だが。


 「っと、危ない危ない」


 シルフィアは蝶の様な動きでステップを踏み、紙一重でそれをかわす。

 そして、軽やかに後ろへ跳び、にやりと笑った。


 「遅い遅い!そんなの当たるかっての!」


 シルフィアからすれば、大男のガイルの動きなど止まって見える。それでも紙一重で避けるのはピンチを演出するためだ。


 『シルフィアよ。我は棍棒ではないぞ!せめて鞘から抜いて使え!』


 場内に響く、苛立ち混じりの声。


 「うるせーな、エッくん!この程度のやつ、これで十分だ!」

 『ぐぬぬ……!貴様、我を何だと思っている……!』

 「頼れる相棒だろ? ほら行くぞ!」


 シルフィアは魔剣エクリプスを肩に担ぎ直し、左手の指でクイクイとガイルを挑発する。


 「うがあああ!!舐めるなよ!小娘ェ!!」


 ガイルが激昂し、大きく踏み込む。剣を振るう速度が上がる。だが、その分、動きは荒い。振るう。叩きつける。薙ぎ払う。


 「ほい、ほい、ほいっと」


 すべてを軽やかなステップを踏みながら、シルフィアは軽く受け流す。力をいなす。決して真正面から受けない。柳に風のように、すべてを受け流していく。


 「くそっ……ちょこまかとォ!!」


 興奮した観客たちがシルフィアに野次を飛ばす。


 「おいおい!嬢ちゃん!逃げてばかりじゃ勝てねえぞ!」

 「さっさと殺されちまえ!俺ァガイルに賭けてんだからよぉ!」


 だが、観客の一人が口にする。


 「あの女、笑ってやがる。人を殺す顔じゃねえ」

 「あれだけの猛攻を前にまともじゃねぇ」


 事実、シルフィアは命のやり取りを楽しんでいた。ガイルの攻撃が激しくなればなるほど笑いが漏れる。愉悦で身の内が満たされる。生きている実感が強く湧き出してくる。


 「ほらほら、どうした? 筋肉だけじゃ当たんねーぞ!」

 「ウオオオオオッ!!」


 ガイルが吠える。彼は完全に頭に血が登っていた。戦士に必要な冷静さなど、どこにも残っていない。ただ目の前の小生意気な少女をズタズタに引き裂きたかった。


 そして、次の一撃。


 大振り。――隙が生まれた。


 「はっはあ! もらった!」


 電光石火、掛け声と共に、シルフィアが一気に踏み込む。そして。


 「っしゃあ!!」――ゴインッ!!


 重く鈍い音が響く。魔剣エクリプスの鞘が、ガイルの側頭部にモロに直撃した。


 ――ドゴーーーンッ!!


 ガイルはそのまま、糸の切れた操り人形のように吹き飛び、砂煙を上げてドウッと倒れ込んだ。静まり返る観客席。ガイルはピクリとも動かない。一瞬の静寂の後。


 「うおおおおおおおおおおおおおお!!」


 剣闘場が一気に爆発した。有り得ない事が起こったのだ。歓声。怒号。罵声。


 「あの女、本当にガイルに勝ちやがった!」

 「信じられねぇ、俺ァ夢を見ているのか?」

 「畜生!お前に賭けときゃ良かったー!」


 ちなみにオッズはガイル一・五倍に対してシルフィアは十倍である。誰も巨漢のガイルに少女のシルフィアが勝つとは思っていなかった。大番狂わせの一戦だった。


 「はいはい、どーも!」


 シルフィアは観客の罵声に軽く手を上げて応える。


 『……屈辱だ……我は……魔剣……』

 「何落ち込んでんだよ、エッくん。ちゃんと勝っただろ?」

 『勝ち負けの問題ではないッ!!』


 そんなやり取りをしながら、シルフィアは剣闘場を後にする。すると、プロモーターのドレイクが彼女を出迎えた。


 「いい仕事だ。シルフィア」


 彼は大仰に手を広げてみせる。

 シルフィアはそんなドレイクに、肩を竦めて言った。


 「あいつは弱すぎる。もっと強ええヤツと戦わせろ」


 シルフィアの視線の先には、タンカに乗せられ退場するガイルの姿があった。生きているのか、死んでいるのか、ピクリとも動かない。この世界では珍しくもない姿だ。だが、剣闘士としては二度と使い物になるまい。


 「慌てるなシルフィア。この世界には化け物みてえなヤツがごまんといる」

 「早くそいつらと戦わせろ。あたしは早く仇を討ちたいんだ」


 シルフィアの声は切実だった。その目はドレイクも窺い知れぬ遥か遠くを見つめている。ただギラギラと輝きながら。


 「分かっているシルフィア。だが今は名前を売るのが先だ。名前が売れれば強ぇヤツが向こうから寄ってくる。それまでの辛抱だ」

 「……頼んだぜ、ドレイク」


 ドレイクの答えに爪を噛むシルフィア。その姿は年相応の少女に見えた。


 『シルフィアよ、お前は本気で大帝と戦えると思っているのか?』


 ドレイクが去ってから、魔剣エクリプスが心底呆れたような声を出す。


 「そうだよ、強ぇヤツと戦って勝ち続ければ、いずれ大帝に行きつく」

 『この脳筋めが、そう上手く行く訳がなかろう』


 「いく」

 『いかん』

 「いく!」

 『いかん!』


 まるで子供のケンカと同じだった。シルフィアにして見れば、とりあえず走り出してみなければ気が収まらなかった。たとえそれがどんな結果になろうとも。


 その様子を――


 観客席の一角から、静かに見つめる男がいた。


 帝国騎士団の聖騎士、カイル・ジグムント。


 彼はシルトベルト帝国の属国、ジグムント公国の第三王子だった。二人の兄は帝国の要職に就いている。本来なら第三王子として公国の騎士団長あたりになるはずだった。


 しかし、聖剣の使い手としての才能を発揮し、今では帝国の聖騎士を務めている。正直、柄ではないと思っている。


 「まったく……相変わらずだな」


 呆れたように呟きながらも、シルフィアを見つめる、その視線にはわずかな安堵と、拭いきれない不安が混じっていた。


 「……王女があれでいいのかよ」


 誰に向けたでもない言葉は、次の試合の始まった歓声にかき消された。


 控室へ向かう薄暗い通路を、シルフィアは魔剣エクリプスを背に、軽やかな足取りで歩いていた。その姿には先ほどまで命のやり取りをしていた剣闘士の面影はまるでない。ただの十六歳の少女だ。


 「おい、待て」


 突然、背後から声が飛ぶ。振り向くと、カイルが腕を組んで立っていた。腰には聖剣を飾る宝玉が光っていた。


 「なんだよ。疲れてんだよ」

 「君は自分の立場が本当に分かっているのか?」


 真っ直ぐな視線だった。責めるというより、抑えきれない苛立ちと心配が入り混じっている。自分の立場が分かってないのはどっちだよ、とシルフィアはつい思う。でも、それは言わない。


 興味がなさそうに、シルフィアは肩をすくめた。


 「あたしはあたしの好きなようにやるって言っただろう」

 「……君は、ベールウェストの王女だろう」


 一瞬だけ。シルフィアの視界が揺れた。


 燃える城。崩れる城壁。破れて地に落ちたベールウェストの紋章が付いた旗。ただよう血の匂いと煙の匂い。城が倒壊する音。


 「――お前は生きろ!」


 誰かの声がする、振り向いた先には、父の背中。遥か遠くへ駆けてゆく。その向こうから、押し寄せるシルトベルト帝国の軍勢。黒い鎧のイナゴのようだった。父の背中に伸ばした手は――届かなかった。


 「……父ちゃん」


 ぽつりと呟く。握った拳が、わずかに震えていた。爪が食い込み、手のひらにあとを残す。


 だが――


 シルフィアは、何事もなかったかのように毅然と顔を上げた。


 「国が無くなっちまっんだから、今さら王女も何もないだろ」


 カイルの眉が訝しげに、わずかに歪む。


 「本当に君はそれでいいのか?」

 「いいに決まってんだろ」


 即答だった。そして、ニヤッと笑う。


 「あんたこそ、なんであたしを見逃してるのさ?」

 「それは……」


 たちまち言葉に詰まるカイル。軍規違反。それは自覚している。だが――放っておけないのだ。目の前の少女を。あまりにも危なっかしい。彼女はその存在自体が虎の尾を踏んでいるのだ。そんなカイルの胸中も知らず。


 「それよりもさ」


 シルフィアは話をバッサリとぶった切った。


 「試合で腹減った。なんか食い物持ってない?」

 「……は?」


 一瞬、カイルの思考が止まった。その隙に、シルフィアの手がカイルの懐に伸びた。


 「あっ」


 次の瞬間には、カイルが隠し持っていた包みが奪われていた。


 「おい、それは――」

 「いただきまーす!」


 がぶり。肉まんにかぶりつくシルフィア。


 「うっま!やっぱ戦った後はこれだな!」

 「……それは俺の昼食だ」

 「細けえこと気にすんなよ」


 もぐもぐと肉まんを頬張る姿に、カイルはこめかみを押さえ、天を仰いだ。


 「滅んだとはいえ、これが淑女たる一国の王女の姿とは……」


 このガサツな脳筋王女が、これから帝国だけでなく、世界全体をも巻き込む大きな嵐の目となるとは、カイルはおろか誰も想像すらできなかった。

読んでいただき、ありがとうございます!!


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「続きが気になる!」という方は、


ぜひ評価をお願い致します。星ひとつでも構いません。お気持ちだけで結構です。


ついでにブックマークをして頂ければ、とても嬉しいです。


では、次回も、お会いしましょう!

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