24.壊れていく世界の中で
「ここですわ」
リリスが扉を下から押し開ける。
そこは、薄暗い部屋だった。
人の気配はない。
「……隠れ家か」
カイルが周囲を確認する。
『安全でありんす』
「なんでそんな場所、持ってるんだよ……」
「色々と便利ですもの」
にこりと笑う。
「便利の方向性がおかしい!!」と、カイル。リリスの変わり者ぶりは、話しには聞いていたが、これほどとは思わなかった。自分の父親を仇と付け狙う者に手を貸すとは。肝が据わっているのか、何も考えていないのか。
シルフィアは床にどかっと座る。
「はぁ……」
珍しく、大きく息を吐いた。
「疲れたか?」
「……いや」
少しだけ間があく。
「考えてた」
カイルが眉をひそめる。
「お前が?」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だ」
『奇跡だな』
「うるせぇ!!」
シルフィアはエクリプスを睨む。
「前に言ってたよな」
「何をだ」
「世界のバランスがどうとか」
空気が少し変わる。
『……ああ』
エクリプスの声が低くなる。
『壊れ始めている、と言ったな』
「それだ」
シルフィアは拳を握る。
「あたしの国」
一瞬、言葉が詰まる。
「ベールウェスト」
カイルの表情も固くなる。
「帝国に潰された」
一瞬だけ。シルフィアの視界が揺れた。
燃える城。
崩れる城壁。
血の匂い。
「――逃げろ!」
誰かの声。振り向いた先には、父の背中。
その向こうから、押し寄せる帝国の軍勢。
伸ばした手は――届かなかった。
「……あたしの国だ」
ぽつりと呟く。握った拳が、わずかに震えていた。
『……ああ』
「それも、その“バランス”の崩れか?」
沈黙。
『可能性は高い』
エクリプスが答える。
『本来、五族は均衡を保っていた』
「人族、獣人族、エルフ族、ヴァンパイア族、天使族」
カイルが補足する。
「互いに牽制し、干渉しすぎない、それが五族協定だ」
『だが——』
エクリプスが続ける。
『一つが動けば、全てが崩れる』
「帝国が動いた」
シルフィアが呟く。
「だから、他も動く」
「……最悪の連鎖だな」
カイルが顔をしかめる。
「で?」
シルフィアが顔を上げる。
「鎧だ」
「……」
「帝国も集め始めてるんじゃねぇのか」
沈黙。
「そんな話は聞かないが……可能性としてはあり得る」
カイルが低く言う。
「俺たち一般の騎士には知らされないが……可能性は高い。二度にわたってシルフィアを襲った“謎の影”も世界のバランスが壊れてきた証かも知れない。ライオネスの言っていた一族の呪いも関係あるかもな」
シルフィアが続ける。
「あの“謎の影”は、死んでいない気がする。あれも魔王の鎧を狙って、あたしとエッくんを狙ってきたのかも知れない」
『当然だな』
エクリプスが笑う。
『我の力を知っている者なら、放置はせぬ』
『聖魔大戦の再現でありんす』
「つまり競争か」
シルフィアがにやりと笑う。
「ぶん取り合いだな」
「その言い方!!」
「違うのか?」
「違わないけど違う!!」
「お姉さま」
それまで大人しく話しを聞いていたリリスが、静かに口を開く。
「帝国は止まりませんわ」
「知ってる」
「だから、先に動く必要がありますの。娘の私が言うのも変ですが、お父様はやり過ぎましたわ」
「分かってる」
シルフィアは立ち上がる。
「全部集める」
「……」
カイルはため息をついた。
「やっぱりそれか」
「それしかねぇだろ」
『単純明快であるな』
「いいだろ」
「よくないがな!!」
魔王の鎧を帝国より先に集める。それが、世界のバランスを維持するために必要なことだと信じて、三人と二振りの剣は行動を始めるのであった。
しかし、世界は彼らが考えるほど、単純なものではなかったのである。
◆
その同時刻。
シルトベルト帝国皇宮の奥深く。
静かな玉座の間。
「……ほう」
低い声が響く。
シルトベルト帝国大帝、ビスマーク。
年齢の頃は五十だろうか。
思索深げな面持ちだが、その眼光は猛禽のように鋭い。
その前に、一人の男が跪いていた。
「間違いありません」
淡々とした声。
「襲撃者は、ベールウェスト王国の姫、シルフィア・ベールウェスト」
ビスマークの目が細められる。
「ほう、まだ生きていたか」
「御意」
男は微笑む。
「しぶとい娘です」
「……貴様が仕留め損ねたか」
「お言葉ですが」
男は顔を上げる。
「私は“売った”だけで御座います」
冷たい目。
「処理は貴方の仕事でしょう?」
一瞬の静寂。
ビスマークはくっくっと笑った。
「面白い」
「光栄です」
「マーリングよ」
その名を呼ぶ。
ベールウェスト王国の元宮廷魔導士。
裏切り者。その相貌は冷たく、理知的ですらある。額は大きく禿げ上がっているが、年齢は三十代くらいか。痩せたその躰は、野心で満ち溢れていた。現在では、ベールウェスト王国を裏切った見返りに、シルトベルト帝国の宮廷魔導士の地位を手に入れていた。
「使えるな」
「使われるのは慣れております」
マーリングは深々と頭を下げる。
「では、ご命令を」
ビスマークは玉座よりゆっくり立ち上がる。
「捕らえろ」短く、冷たく命じる。
「シルフィアとかいう娘を」
「生死は?」
「生かして捕らえよ、確認したいことがある」
「……承知致しました」
マーリングが笑う。
「今度こそ、確実に」恭しく頭を下げ、退室していった。
ビスマークは一人、窓の外を見る。
帝都の夜。
「さて、始まったな」
誰にともなく呟く。
その声は、漆黒の闇のように底知れなかった。
その声に誘われるように、ビスマークの背後に闇の気配が現れる。
それは人のカタチをしていなかった。
だが、確かに何者かがいる。大帝はその気配に向かい言った。
「ベールウェストの残り火が動き出した」
気配が、声のない声を発した。
「お前は動くな。まだ泳がせておけ」
気配は何事か発すると、再び闇に溶けていった。
◆
「……なんか寒くねぇか?」
シルフィアが肩をすくめる。
「気のせいだろ」
カイルが即答する。
『気のせいではないな』
『野生の勘でありんす』
「どっちだよ!!」
リリスがくすりと笑う。
「嵐の前触れ、というやつですわ」
「……上手いこと言うな」
「褒められましたわ」
「違う、そうじゃない」
シルフィアは拳を握る。
「来るなら来い」
にやりと笑う。
「全部ぶっ飛ばしてやる」
『脳筋で安心した』
「安心するな!!」
カイルのツッコミが響く。
静かな闇夜の中で、確実に、何かが動き始めていた。
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