21.リリス・フォン・シルトベルトの決意
二階にある貴賓席の一角
悲鳴と破壊音が渦巻く中、ただ一人、静かに佇む少女がいた。
「……まあ」
くすり、と微笑む。
シルトベルト帝国第一皇女、リリス・フォン・シルトベルト。
碧い眼をしたブルネットがよく似合う少女だった。年齢は今日で十五歳。この世界ではもう大人だ。にも関わらず、その表情は無邪気そのものであった。穢れを知らないとは、この少女のための言葉かも知れない。
父は軍事大国として恐れられる、シルトベルト帝国の大帝ビスマーク。父が鷹ならリリス印象は小鳥だろう。可愛らしい少女であった。
その視線の先。
「姫様、早くお逃げください」
背後から必死な声が飛ぶ。だがリリスは動かない。
「……あの赤い髪の女性の方」
うっとりと呟く。
「素晴らしい筋肉ですわ」
「姫様!?」
「一見、華奢に見えるのに……あの踏み込み……」
ドゴォン!!
階下でまた一人、親衛隊が吹き飛ぶ。
シルフィアがエクリプスを振り回していた。
「鍛え方が違いますわ……あれは実戦型……」
「姫様ぁぁぁ!!」
「……美しい」
完全に別方向で見ていた。
「今すぐお逃げを!!」
「逃げる?どうしてですの?」
リリスは小首をかしげる。
「こんなに素晴らしいものを見ているのに」
「状況を見てください!!」
「見ておりますわ」
真顔で答える。
「筋肉の動きがとてもよく分かります」
「違います!!」
◆
その頃。
「おらぁぁぁ!!」
シルフィアの一撃が炸裂する。
ドゴン!!
「ぐはぁ!?」
親衛隊員が宙を舞う。
「何人いるんだよ!!」
カイルが叫ぶ。
「知らねぇ!!」
「数えろ!!」
「無理だ!!」
『脳筋同士の会話は成立しないな』
エクリプスのツッコミが入る。
「うるせぇ!!」
さらに一人。掴む。
持ち上げる。
「いくぞ!!」
「ちょっ——!?」
ゴシャァァン!!
シルフィアのブレンバスターが決まる。
床が割れる。
「シルフィア!お前それどこで覚えた!!」
「なんとなく!!」
「なんとなくで人を叩きつけるな!!」
シルフィアの戦闘能力は天性のものだ。その力は剣技だけではない。しかし。
『我の扱いといい、貴様の戦闘センスは野蛮すぎる!!』
「使えるもんは全部使うんだよ!!」
『我は剣だぁぁぁ!!棍棒ではない!!』
さらに振り回される。
ドゴッ!!
「ぎゃあああ!!」
「だからやめろぉぉぉ!!」
カイルが頭を抱える。
「もう限界だ!!」
「まだいける!!」
「いけるな!!」
『いけるなではない!!』
周囲は完全に戦場そのものだった。その中で。
「……はぁ」
カイルがさすがに息を吐く。
「逃げるぞ!!」
「は!?」
「これ以上は無理だ!!」
「まだ大帝を——」
「顔を見ただろうが!!それで十分だ!!」
「……ちっ」
シルフィアが舌打ちする。
『素直に引く判断ができるだけ、まだマシか』
『野生の獣は賢いものでありんす』
セラフィクスが応える。
「撤退だ!!」
カイルが叫ぶ。
「走れ!!」
「おう!!」
包囲の手薄な方に、二人が同時に駆け出す。
「逃がすか!!」
親衛隊が追う。その数およそ五十。
「来てる来てる!!」
「振り切れ!!」
「無理だ!!」
『我を置いていくな!!』
「置いてねぇよ!!」
「今投げたよな!?」
「手が滑った!!」
『ふざけるなぁぁぁ!!』
空中を回転しながら飛ぶエクリプス。
そのまま——
ゴン!!
先頭の親衛隊に直撃。
「ぎゃっ!?」
「ほら使えただろ!」
『使い方が雑すぎる!!』
「文句言うな!!」
『文句しかないわ!!』
「いいから来い!!」
カイルが引っ張る。そのまま走る。
◆
その背中を、リリスはじっと見つめていた。
「……素敵」
ぽつりと呟く。
「姫様……?」
お付きの従者が、恐る恐る声をかける。
リリスは心優しい主人ではあったが、何を考えているのか分からないところがあった。
「決めましたわ」
くるりと踵を返す。
「わたくし、あの方についていきます」
「は!?」
「お姉さまとお呼びしますわ」
従者はリリスの斜め上のセリフに面食らった。
「何を言っているのですか!!」
「だって、あの筋肉……」
うっとり。
「理想ですもの」
「逃げてください!!」
「大丈夫ですわ」
にこりと笑う。
そして、その視線の先、すでに大帝の姿はなかった。
「……あら」
リリスが首をかしげる。
「一年ぶりだというのに、もういらっしゃらないですわね。いつもならお祝いのお言葉をいただきますのに。残念ですわ」
大帝はとっくに退場済みだった。
「まあいいですわ」
興味はもう別にある。
「ふふ」
楽しそうに笑う。
「お姉様……」
その瞳は、完全にロックオンしていた。
◆
「だからなんで、俺まで逃げるはめになっているんだぁぁぁ!!」
とカイルが叫ぶ。
「知らねぇ!!」
とシルフィアが叫び返す。
「お前のせいだろ!!」とカイル。
『その通りだな』とエクリプスが同調する。
「うるせぇ!!」とシルフィア。
「俺の人生が壊れていく!!」とカイルが嘆く。
「今さらだろ!!」
『今さらであるな』
『運命と諦めるしかないでありんす』
「誰か否定してくれ!!」カイルが嘆く。
叫びながら走る。その背後で。
「待てぇぇぇ!!」
親衛隊の怒号が飛ぶ。
「速ぇぇぇ!!」
親衛隊の動きは、さすがに速い。シルフィアが驚きの声を上げる。
「もっと速く走れ!!」
カイルが叫ぶ。
「無茶言うな!!」とシルフィア。
『我をもっと丁重に扱え!!』とエクリプスが言う。
「走りながら無理だ!!」
「そもそもお前の存在意義なんだよ!!」とカイル。
『魔剣だ!!』
「棍棒だろ!!」シルフィアがピシャリと言う。
『違うぅぅぅ!!』エクリプスが抗議の声を上げる。
叫びが夜に響く。混乱の余波を背に。
二人と二振りは、全力で逃げていた。
読んでいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」
「続きが気になる!」という方は、
ぜひ評価をお願い致します。星ひとつでも構いません。お気持ちだけで結構です。
ついでにブックマークをして頂ければ、とても嬉しいです。
では、次回も、お会いしましょう!




