17.聖騎士カイル、シルフィアに振り回される
地下剣闘場は、熱狂していた。
観客の皆が、血の匂いに酔っていた。勝者には巨万の富が、そして敗者には確実な死が待っている。
歓声と怒号が渦巻く中、カイルは腕を組んでいた。
「……嫌な予感しかしない」
カイルが使っている情報屋から仕入れた情報は正確だった。
「最近、地下剣闘場に凄腕の赤い髪の女剣闘士がいる」
そして――見つけたのである。
「……何をやっているんだ。あの娘は!」
視線の先のそこには――
「おらぁっ!!」
ドゴォッ!!
ゴツイ大男が見事に宙を舞った。
殴ったのは――赤髪の少女。
シルフィアだった。
しかも。
「エッくん!もう一発行くぞ!」
『だから、我を棍棒のように扱うなと言っているだろうが!!』
禍々しくも黒い大剣を、完全に棍棒として振り回している。
カイルは思わず、額を押さえた。
「やはり、まだあの魔剣を持っているのか……。
見ろセラフィクス。あれが目的の剣の現在の扱いだ」
腰の剣が、くすくすと笑う。
『クスクス……これまた見事な見世物でありんすねぇ』
「笑い事じゃないぞ……まったく魔剣だぞ!」
『ああいうの、昔も嫌いではなかったでありんすよ?』
「やめろ」
『あのエクリプスがあんな扱い……哀れでありんすね。クスクス』
「やめろと言っている」
カイルは深くため息をついた。
「……行くしかないか」
試合が終わった。対戦相手は死にこそしなかったが、今頃は病院送りだ。二度と剣闘は出来まい。歓声の中、シルフィアは軽く手を振っていた。
「次も見てろよー!」
『やめろ、煽るな!無駄に敵を増やすな!』
控室へ向かう途中。その前に、カイルが立ちはだかった。
「おい、君!」
「ん?」
シルフィアが足を止める。
「……あ?」
目が合った。一瞬の沈黙、そして。
「おお、あんたか!」
軽い。軽すぎる。
「久しぶり!」
「久しぶりじゃない!」
カイルは即答した。
「何をやっているんだ」
「見て分かんない?」
シルフィアは親指で後ろを指した。
「稼ぎ」
「剣闘士をやる理由になっていない」
「なるだろ。強い奴と戦えるし、金も入る」
嘘だ。この少女がたったそれだけのために、闘っている訳はない。
『そして我は殴打武器として酷使されておる』
「うるせえなぁエッくんは」
『その呼び方をやめろ!!』
カイルは一歩、踏み出した。
「その剣を置きたまえ!」
空気が、少しだけ変わる。
「……は?」
「それは危険すぎる」
「知ってる」
「なら尚更だ」
カイルの声は低い。
「その魔剣は封印対象だ。君が持っていいものじゃない」
シルフィアは鼻で笑った。
「関係ねえよ」
「ある」
「ない」
即答だった。
「これ、あたしが拾ったんだぞ」
『拾われたわけではない!!我は選ばれ――』
「うるさい」
『扱いが雑すぎる!!』
カイルは眉をひそめながら、言った。
「逃げるんだ」
「は?」
「その剣を置いて、ここから、シルトベルト帝国から離れるんだ」
一拍。
「今ならまだ間に合う」
シルフィアは、じっとカイルを見た。カイルは内心ドキリとした。
そして。
「やだね」と即答した。
「……理由は?」
「う~ん、面白いから」
カイルは、本気で頭を抱えた。
「それだけか」
「それだけで十分だろ」
『こやつ、本当に何も考えていないぞ。若造』
「黙ってろエッくん」
『だからその名をやめろと言っている!!』
カイルは息を吐いた。
「君は、自分が何を背負っているか――」
「よく知らねえし、今は興味もねえ」
カイルの言葉に被せるように言う。
「強い奴がいるなら殴る。それだけだ」
「――」
「あと腹減った」
「ごまかすな、話を聞け」
カイルの目は真剣だった。本気でシルフィアを案じている。
『毎度思うでありんすが、会話が成立していないでありんす』
「セラ!お前は黙っていろ」
『はいはい』
カイルはしばらく黙った。そして、諦めたように肩を落とす。
「……分かった」
「お?」
「その剣を渡す気はないんだな?」
「ないね」
「逃げる気もない?」
「ない」
「……そうか」
カイルは、ため息をついた。
『あらあら』
聖剣セラフィクスが楽しそうに言う。
『面倒ごとに自ら突っ込んでいく顔でありんす』
「うるさい」
カイルはシルフィアを見る。
「……なら、仕方ない」
「何が?」
「監視する」
「は?」
「君と、その魔剣をだ」
『ほう?』
エクリプスが興味深そうに言う。
「面倒だな」シルフィアが迷惑そうに言う。
「こっちの台詞だ」カイルが答える。
シルフィアはニヤッと笑った。
「まあいいか。強そうだし」
「……」
「いい暇つぶしにはなる」
「任務だ!」
カイルは自分に言い聞かせるように言った。
(本当にそれだけか?)自問自答する。答えは別にありそうだった。
『クスクス……これは面白くなりそうでありんす』
エクリプスがぼそっと言う。
『同情するぞ、聖騎士の若造よ』
「……」
カイルは何も言わなかったが、ただ一つ、確かなことだけがあった。
(……これは厄介なことになった)
赤髪の問題児と最悪の呪いの魔剣。そして、それを笑う聖剣。
――結局、カイルは、その全部の面倒を見ることになった。それが自分の人生を変える大きな決断になるとは、その時は少しも思わなかった。
そして、時はシルフィアとカイルが、正体不明の影に襲われた日へと至るのだった。
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