15.聖騎士カイル・ジグムントとの出会い
街道のあちこちには、検問所が設けられていた。
特にシルトベルトの帝都へ続く道は、帝国騎士団によって厳重に封鎖されていた。検問所前には先に進もうとする人々が長蛇の列を作っている。
その列に――場違いな少女が一人。
ボロい外套、土埃まみれの格好。どうやら農家の田舎娘のつもりらしい。
だが背中には、どう見ても場違いな巨大な剣。
その異様な風体にもかかわらず、シルフィアは堂々と歩いていた。
「よーし、このまま普通に通ればバレねぇな」
『どこが普通だ愚か者。禍々しさが隠しきれておらん』
「田舎娘がでっけぇもん担いでるだけだろ?」
『そんな田舎娘がいるか!』
前方。白い甲冑の騎士が、静かに手を上げた。
一般の騎士ではない。白い甲冑は聖騎士の証だった。
聖騎士――それは、聖剣を持つ者しかなれない特別な騎士だった。彼らが魔剣の邪気を見逃すはずがなかった。
「……止まってください」
シルフィアの前に立ったのは、整った顔立ちの黒髪の青年騎士。歳の頃はシルフィアよりも少し上か。
それが、カイル・ジグムントとの出会いだった。
「その剣。見せてもらえますか」
「は? なんでだよ」
「その剣から、異様な気配を感じます」
シルフィアは一瞬だけ視線を逸らす。
「気のせいだろ。田舎の鉄だ」
『無理があるぞ小娘』エクリプスが小さく呟く。
カイルはため息をついた。
「……それは、呪いの魔剣です」
一歩、シルフィアに近づく。
「大人しく渡してくれれば、悪いようにはしません」
声は穏やかだった。敵意はない。むしろ――どこか困ったような目。
「……あんた、帝国の犬だろ」
「……そうですね。一応は。カイル・ジグムントと申します」
「シルフィアだ。ジグムントってジグムント公国の者か?」
「ええ、まぁ」
わずかな間があった。カイルは自嘲めいた笑みを浮かべる。
公国と言っても、とっくにシルトベルト帝国の属国に成り下がっている。
「ですが、あなたのような人間を無意味に、傷つけるつもりはありません」
「へぇ」
シルフィアはニヤリと笑う。
「優しいじゃねぇか」
そして――剣の柄を叩いた。
「エッくんが欲しけりゃ、力づくで取りやがれ!」
『その呼び方をやめろ!!』
カイルは目を細めた。
「……やはり、そうなりますか」
ゆっくりと聖剣を抜く。その瞬間――
『お久しぶりでありんすねぇ』
鈴を転がすような艶やかな声がした。場の空気が一瞬で変わる。
『クスクス、エッくんと改名したでありんすか?』
『……っ!?』
エクリプスが硬直する。
『そ、その声は……セラフィクス!?』
カイルの腰に下げた剣が、淡く光る。
『おや、千年ぶりでありんすのに、覚えていたでありんすか』
『忘れるものか!というかこの千年、一日たりとも忘れたことなどないわ!』
『よく言うでありんす。この浮気者が』
『浮気ではない!あれは 淫魔の気まぐれだ!』
『はい出た、言い訳でありんす』
『誤解だと言っているだろうが!』
シルフィア、ぽかん。
「……なんだ、これ」
カイルは、頭を抱えた。
「……すみません。我がジグムント家に代々伝わる聖剣セラフィクスです……」
つまり、聖剣と魔剣の痴話げんかであった。
『鼻の下を伸ばしておいて何を言うでありんす』
『伸ばしておらん!』
『あの時のあの顔、今でも再現できるでありんすよ?』
『やめろぉぉぉ!!我の威厳がぁぁぁ!!』
エクリプスの絶叫がこだまする。
「おいエッくん、お前そんなことしてたのか?」
『しておらん!!』
「最低じゃねぇか」
『だから違うと言っているだろうが!!』
完全に場は白けていた。沈黙が支配する。
シルフィアがニヤニヤしながら腕を組む。
「……面白ぇな、お前ら」
カイルは深く息を吐いた。
「……本来なら、ここであなたを拘束するべきなのですが」
『無理でありんすねぇ』
「……ですね」
カイルはため息をつく。シルフィアはくるりと背を向けた。
「じゃ、行くわ」
「……逃がすとでも?」
「止めるか?」
シルフィアが挑戦的な目を向ける。その眼光はギラギラと輝いている。
カイルは、少しだけ笑った。
「……いえ。今日は見逃します」
「物好きなやつだな」
『甘い男でありんす』
「うるさい」
シルフィアは手をひらひら振る。
「じゃあな、聖騎士サマ、いやカイルだったけ」
去っていく背中。カイルはそれを見送る。
「……とんでもないのに関わってしまったな」
『運命でありんす。しかし、ベールウェストの姫をみすみす見逃すなど、どういう風の吹き回しでありんす? 惚れたでありんすか?』
「やめてください。私が捕まえなくても、ベールウェストはもう終わりです」
『主様よ。同情は時に我が身を滅ぼすでありんす』
「いい加減にしてください。同情などしていません」
カイルの言葉が空しく、虚空に消えていった。
一方。
歩きながらシルフィアが笑う。
「なあエッくん」
『なんだ』
「あの聖剣セラフィクスというのいい女じゃねぇか」
『黙れ』
「どういう関係だったんだ?」
『黙れと言っている!!』
そして、魔剣エクリプスは話題を無理矢理変えた。
『しかし、ベールウェスト王国の王女が単身、シルトベルト帝国の帝都に向かうとは思うまい。小娘にしては考えたな』
「帝都に行かなきゃ大帝もマーリングもいないからな」
『き、貴様、本気でたった一人で仇を討つつもりか!』
「当たり前だろ!」
『バカだ。バカだと思っていたが、これほどとは……』
エクリプスは本気で呆れた。
だが、シルフィアの横顔を見ているうちに、「ひょっとしたら……」とも思えてくるのが不思議だった。
シルトベルト帝国がベールウェストを攻め滅ぼしたのは、世界の均衡が崩れ始めた証だ。それは間違いない。だが、その中心にいるのはシルフィアだ。
『面白い……実に面白い』エクリプスの呟きが風に流されていく。
帝都へ続く一本の道。騒がしく、そして確かに――
世界を変える出会いが、そこにあった。
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