14.シルフィア、帝国への復讐を決意する
井戸の底は、冷たく、暗かった。
水は腰のあたりまでしかない。でなければ落下の衝撃でシルフィアは死んでいただろう。水がそれ以上あったらあったで、溺れ死んでいたところだ。
「……っ、ぅ……」
シルフィアはゆっくりと目を開けた。全身が痛い。頭もガンガンする。
「痛てて……ここ、どこだ……?」
上を見上げると小さな円形の空。時刻は夕刻らしく星が瞬きはじめていた。遠く、煙が立ち上っているのも見えた。
一瞬の空白。そして――思い出す。
「……父ちゃん……?」
声が、震えた。答える者はいない。代わりに、脳裏に焼き付いた光景が蘇る。
押し寄せる帝国兵。爆薬。突き飛ばされた感触。
「……っ、あああああああああ!!」
シルフィアは叫んだ。井戸の壁に拳を叩きつける。石に、血が滲む。
「ふざけんな……ふざけんなよ……!父ちゃんの馬鹿野郎が……!」
歯を食いしばる。涙が勝手に出る。
「……勝手に死ぬなよ……」
沈黙――その静寂を、割る声。
『やれやれ、ようやく起きたか、小娘め』
「……エッくん……」
シルフィアは鼻をすすりながら答える。
『まったく。あの筋肉バカ、最後まで無茶をしおって』
「……あいつ、絶対生きてる」
即答だった。
『ほう? その根拠は?』
「勘」
『……脳まで筋肉か! 貴様は!』
一拍。
シルフィアは、ゆっくり立ち上がると井戸の壁に手をかけ、よじ登り始めた。
ぬるぬるとした井戸の壁に、必死にへばりつく。
「……でもな」ギリ、と歯を食いしばる。
「もし死んでたら――」
その目に、メラメラと火が宿る。
「帝国も、マーリングも、必ずぶっ飛ばす!」
低く、はっきりとした声だった。
『……いいだろう。その覚悟、嫌いではない』
エクリプスの声が、わずかに愉悦を帯びる。
『ならば、我の力を使うがいい』
「は?」
『我は、ただの剣ではない。千年前、この世界を支配しかけた魔王の魂そのものだ』
「それは前に聞いたよ。結局、負けて封印されたんだろ」
興味なさそうにこたえる。
『……ぐっ、可愛げのないヤツだな。もっと驚け!世界を相手に戦ったのだぞ!我の力を完全に解放すれば、帝国など容易く滅ぼせる』
シルフィアの動きが止まる。「本当か?」
『そのためには、失われた“鎧”を集める必要があるがな』
「鎧?なんだそりゃ、話しが飛んだな」
『いいから聞け!世界には五つの種族がいる』
「五つの種族だって?」
『勉強不足なやつめ。人族、獣人族、エルフ族、ヴァンパイア族、天使族だ!』
「そ、それぐらい知ってらい!バカにするな!」
誤魔化すように答える。
『それぞれが、魔王の鎧の一部――剣、腕、胴、脚、頭を保管している』
「へぇー」
『五族協定により、それは厳重に管理されている、だが今、お前が“剣”――つまり我を手にしたことで、均衡は崩れた』
「キンコウ?」
『つまり、世界のバランスよ。シルトベルト帝国の侵略も、その前兆よ』
シルフィアの背を冷たい汗がしたたり落ちた。
「……五族協定ってなんだ?」
『そんなことも知らんのか。魔王の鎧は、剣を人族が、腕を獣人族が、胴をエルフ族が、脚をヴァンパイア族が、そして頭部を天使族が持っている。それを一つの種族が独占することを禁じた古い盟約だ』
「父ちゃんが当てにしていたのはそれか。でも、どこの種族も動かなかったぞ」
『古い盟約だからな。それにベールウェスト王国もシルトベルト帝国も同じ人族だ。それでは、どこも動くまい』
「父ちゃんは、そんなもんにこだわっていたのか」
『昔気質の男だったからな』
沈黙――シルフィアは、井戸から這い出る。外はすでに夜のとばりに支配されていた。見上げると星の光が瞬いている。そして、焼けた匂い。崩れた城。
「……なるほどな」
『理解したか?』
「つまり……」シルフィアは、拳を握る。
「その鎧を全部集めれば、強くなれるんだな?」
『……まあ、そうだが』
「じゃあ決まりだ」
即答。
「全部集めて、ぶっ飛ばす。帝国も、マーリングも」
『……待て。もう少しこう、世界の均衡とかをだな――』
「難しい話は後だ!」
バン、と地面を踏み鳴らす。
「まずは大帝をぶっ飛ばす!」
『順序がめちゃくちゃだ!愚か者!!』
シルフィアは振り返り、ニヤッと笑った。その目はメラメラと燃え上がっていた。
「細けぇことはいいんだよ、エッくん」
『我をその呼び方で呼ぶな!!』
突然、ガシャガシャガシャと鎧の音が響き渡る。
「待て!貴様、ベールウェストの兵か?」それはシルトベルト帝国軍の騎士たちだった。彼らは、魔剣エクリプスを探している最中だった。
「他のベールウェストの兵は投降している!貴様も大人しく投降しろ!」
「やなこった!あたしを捕まえたきゃ実力で来な!」
「なんだとっ!」
シルトベルト帝国軍の騎士たちから殺気が放たれる。その数はおよそ二十人。
『シルフィアよ。ここはひとまず逃げよ』
「ケンカを売られたんだ。買わないでどうする!」
『世界の命運がかかっておるのだぞ!ケンカなどと低俗なものと一緒にするな!』
「細けぇことはどうでもいい!」
『細かくない!重要なことだ!』
いつの間にか、周囲はシルトベルト帝国の騎士だらけになっていた。
「いいねぇ、命のやり取りはこうでなくっちゃな!」
『まったく、この戦闘狂め』
まるで、降って来るような星空の下。
一人と一本は、走り出す。
復讐と、そして祖国ベールウェスト王国の再興――
『……まったく。とんでもない宿主を引き当てたものだ』
とんでもなく雑な野望のために。
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