12.「逃げろ」「断る」「好きにしろ」
帝国軍は、静かに進んでいた。だが、その足取りは止まらない。
確実に、距離を詰めてくる。
「……来るな」
城壁の上で、シルフィアが吐き捨てた。
『正面からやり合えば終わりだな』
エクリプスが淡々と言う。
「なら、やることは一つだろ」
シルフィアは笑った。
「狭いとこに引きずり込んで、ぶん殴る!」
その通りだった。
ベールウェスト軍は、隘路に布陣していた。数の優位を殺すための配置。だが――。
「……愚策ですな」
背後から、冷めた声。宮廷魔導士マーリングだった。ベールウェスト王国軍がいくら地の利を活かそうと、三〇万の軍勢に八千の軍勢で立ち向かえる訳がなかった。
「帝国軍と戦えば、確実に負けます。王よ」
謁見の間。
アーサーは腕を組んだまま動かない。
「陛下は国を滅ぼすお積りか!降伏するべきです!」
マーリングの声が強まる。
「それは聞けぬ」即答だった。
「古き盟約のため、この地は譲れぬのだ」
「はっ!二言目には盟約、盟約!今さら五族協定などと!何の当てにもなりませぬ!八千の兵で帝国軍三〇万を相手にできますか!狂気の沙汰ですぞ!帝国の狙いは魔剣エクリプスです。大人しく渡してしまえば良いのです!」
マーリングが歯噛みする。彼にはアーサー王の頑な態度が理解できない。マーリングは元々はシルトベルト帝国の出身だったが、帝国の魔導庁に採用されず、ベールウェスト王国に流れ着いて来た身だった。しかし、この王国にも愛着があった。彼の進言は純粋に王国の存続を思えばこそだった。
「魔剣エクリプス!?そんなもののために、国を捨てると?」
「捨てぬ。守るのだ」
「……愚かだ」
吐き捨てるように言う。
一拍。
マーリングは視線を落とした。
「私は、こんな小国で終わるつもりはない」
低く、誰にも聞かせるつもりのない声。
「やはり、そうなるか……」
その目が、わずかに歪む。決意だった。――裏切りの。
その頃。
「おい、シルフィア」
呼び出されたシルフィアは、不機嫌そうに振り向いた。
「なんだよ、父ちゃん。今いいとこなんだけど」
「来い」短く言うアーサー。
シルフィアは肩をすくめて歩み寄る。
エクリプスを肩に担いだまま。よく見るとエクリプスの鞘と鍔は革ひもで固く縛り付けてある。決して抜けないように。シルフィアも何故そうしたのか分からなかった。(こいつはヤバい)という本能がそうさせたのかもしれない。それでも打撃力だけで、人を簡単に殺せる。
『まずその持ち方をやめろ!』
「うるせえエッくん」
『我は棍棒ではない!』
「細けえこと言うなよ」
アーサーはそれを一瞥し、ため息をついた。
「シルフィア」声が変わる。
「魔剣エクリプスを持って国外へ逃げよ」
「……は?」
「お前には重大な役目がある」
「何、馬鹿なこと言ってるんだよ」
即座に返す。
「父ちゃん、頭打ったか?」
「真面目な話だ」
「こんな時に逃げるとか、ありえねえだろ。王家の人間が率先して逃げれば、兵の士気はどうなる」
シルフィアは笑う。
「ヒョロガリのマーリングの臆病風にでも当てられたのか?」
「マーリングは関係ない。それにヤツはヤツなりに、ベールウェスト王国のことを考えている。馬鹿にするんじゃあない」
「じゃあなおさら意味わかんねえよ」
シルフィアは一歩踏み出した。
「戦えばいいだろ。あいつらぶっ飛ばして終わりだ。相手が三〇万だろうが、兵の士気はこっちが上だ」
「……相手は帝国だ」
「だから何だよ」
即答。
「数が多いだけだろ?」
「……」
アーサーは黙る。
その視線は、シルフィアをまっすぐ見ていた。
「お前は行け」
低く、重い声。
「ここにいてはならん」
「行かねえって言ってんだろ!」
シルフィアも一歩も引かない。
「初陣なんだぞ?ここで逃げるとかダサすぎる」
「これは命令だ!」
「知らねえよ!」
ケンカ腰に言葉を返す。
「そんな命令、聞くかよ!」
沈黙。
エクリプスが小さく息をついた。
『……頑固者同士だな』
アーサーはゆっくりと息を吐いた。
「……ならばいい」
それ以上は言わない。
「好きにしろ」
「最初からそう言えよ」
シルフィアは笑った。
「任せとけって。帝国なんてまとめてぶっ飛ばしてやる」
『だから我を剣として使え!』
「それは考えとく!」
『考えろ!』
二人のやり取りを、アーサーは静かに見ていた。
その目は、わずかに細められている。
――言えなかった言葉は、飲み込まれたまま。
やがて。
遠くで、角笛が鳴る。
帝国軍が動いた合図。
「来たか」
アーサーが呟く。
シルフィアは振り向いた。
「よっしゃ、行くぞエッくん!」
『だからその呼び方はやめろ!』
戦端は、静かに開かれた。
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