11.エッくんの誕生
「ハァ……ハァ……ともかく人間よ。よくぞ、ここまで辿り着き、我を抜き放ったな」
最深部に響く、傲慢かつ尊大な声。
聞く者を震え上がらせずにはいられない禍々しい闇の声。
「望みは何だ。金か、世界か?それとも、その両方か?何なりと言うがいい」
シルフィアは肩で息をしながら、目の前の黒い剣をまじまじと見た。そして一言。
「……拍子抜けだなー」
『な、何?』
「なんかもっと、こう……すげえの想像してたのに」
剣をひょいと持ち上げ、「さんざん苦労して来てみりゃ、棒切れ一本かよ」
『ぼ、棒切れ!?』
声が裏返った。
『ふ、不敬な!我に対して棒切れとは何だ、棒切れとは!!』
「じゃあ、なんだよ」
『我は魔剣エクリプスぞ!』
間髪入れずに叫ぶ。
『千年前、世界を支配しようとした、魔王の魂が封印されているのだ!』
「へえ」
シルフィアは、さらにエクリプスをまじまじと見た。
「……封印?」
『そうだ! 恐れおののけ!』
「棒切れが喋るな。気持ち悪い」
『き、貴様ァ!!』
エクリプスがワナワナと震える。
『千年も経つと人間はここまで質が堕ちるのか!?』
「魔剣エクリプスねえ……」
シルフィアは考えるように顎に手を当てた、そして。
「舌を噛みそうだな。そうだなぁ。よし、名前はエッくんでいいな」
『よくない!!』
即答だった。
『我をペット扱いするなぁ!!』
「いいじゃん、呼びやすいし」
『威厳というものを考えろ!威厳を!』
「で?」
シルフィアは片手で軽く振り回す。
『うおっ、やめろ!雑に扱うな!』
「その魔王ってやつさ」
一拍。
「負けたから封印されたんだろ?」
『ぐっ……!』
言葉が詰まる。
「だせえな」
『き、貴様……!』
「世界を支配するとか言って、結局やられて封印って」
くくっと笑う。
「めちゃくちゃ負けパターンじゃねえか」
『違う!!あれはだな、その……油断したのだ!』
「言い訳きた」
『言い訳ではない!!』
「はいはい」
シルフィアは興味なさそうに、そばに落ちていた鞘に納めたエクリプスを肩に担いだ。完全に棍棒の持ち方である。
『だから剣だと言っているだろうが!!』
「細けえことはいい」
『よくない!!』
「とりあえず使うぞ、エッくん」
『やめろ!その呼び方ァ!!』
シルフィアはニヤリと笑った。
「いいじゃん、気に入った」
『我は貴様のおもちゃではない!!』
「でも今、あたしの手の中じゃん」
『ぐぬぬ……!!』
沈黙。そして、低く。
『……覚えておけ、人間』
「ん?」
『その軽口、いずれ後悔させてやる。我が世に持ち出された時、この世界に大いなる災いが起こるであろう!我は呪われた存在なのだ!』
シルフィアは即答した。
「そう言う事は、強くなってから言え」
そのまま、エクリプスを振り回した。
『ぐあああああ!!』
最深部に、魔剣の絶叫が響いた。
――これが、シルフィアと魔剣エクリプスの出会い。
そして、エクリプスにとっての――長い長い災難の始まりだった。
その頃。
ベールウェスト王国の外。
地平線の向こうに、黒い影がうねっていた。整然と進む軍勢。その数はおよそ三〇万、旗に刻まれた紋章は、中原の軍事国家、シルトベルト帝国のものだった。
それは静かに、確実に、ベールウェスト王国へと迫っていた。
ベールウェストの王城にその知らせが届いたのは、シルトベルト帝国の軍勢がベールウェスト王国の国境に現れた、そのわずか半日後だった。
同時にシルトベルト帝国軍からの宣戦布告が届いたのも同じ頃であった。曰く、
「ベールウェスト王国は、封印されし、呪われた魔剣エクリプスを持ち出し、世界に大災厄を引き起こそうとしている。その野望は、世界の平和秩序を脅かすものである。よって、シルトベルト帝国は世界の平和秩序を守るために、ベールウェスト王国の野望を阻止するものである」
完全な言いがかりである。ベールウェスト王国こそ千年に渡り、世界の平和秩序を守るために、魔剣エクリプスの封印されたダンジョンを守り抜いてきたのだ。
帝国軍三〇万に対し、ベールウェスト王国の兵力はわずか八千だった。アーサー王が一騎当千の勇者だと言っても、まるで話にならない。だが、ベールウェスト王国は徹底抗戦の道を選んだのだった。
「王よ、お考え直しください。八千の兵力では、帝国軍には勝てませぬ。ご再考を」
「古き盟約のため、それだけはできぬ。三ヶ月持てばいい。援軍を待つのだ」
「五族同盟など、当てにはできません。すでに形骸化しておりまする」
「それでもだ」
アーサー王は、頑として降伏を拒んだ。そして、家臣たちも覚悟を決めた。
シルフィアがダンジョンから戻ったのはそんな時だった。形ばかりの玉座の間で。
「父ちゃん、今、帰ったぜ」
「シルフィアか、よくやったな。まさか魔剣エクリプスまで持ち帰るとは思わなんだぞ。もしかしたらと思っていたが、運命というやつは本当に面白い」
「何だよ。持ち帰らなくても良かったのかよ。最初に言ってくれよ」
アーサーは慈愛のこもった目で、魔剣エクリプスを肩に担いだシルフィアを見た。その眼差しには複雑な思いが宿っていた。
「それよりも城の中が騒がしいけど、何かあったのか?」
アーサーは事情をシルフィアに手短に説明した。
「シルトベルト帝国が攻めてくるだって!そいつは一大事じゃないか!」
『我の呪いの力だ。思い知ったか小娘』
「うるせい!」シルフィアは魔剣エクリプスを蹴とばした。
『おい!アーサーよ!貴様は自分の娘にどんな教育をしておる!』
アーサーは、興味深そうに二人のやり取りを見ていた。
「すまんな、エクリプス。うちは放任主義でな。だが、気が合いそうじゃないか」
今度はシルフィアが驚く番だった。
「父ちゃん、エッくんを知っているのか!?あのダンジョンは未踏破じゃなかったのかよ!?」
「はっはっは、可愛い我が娘を未踏破のダンジョンに潜らせられるか。俺も成人の日に、あのダンジョンに潜らせられた。そこでエクリプスに出会ったのだ。ベールウェスト王家の者はあのダンジョンに代々、挑戦してきたのだ。残念ながら、父ちゃんは魔剣エクリプスを引き抜けなかったがな」
「バカ親父!まじで死にかけたんだぞ!」
「はっはっはっ、お前なら出来ると信じていた。さすがは我が娘だ」
さすがのシルフィアもアーサーの能天気ぶりに言葉がなかった。しかし、魔剣エクリプスをダンジョンから持ち出したことで、皮肉にもシルトベルト帝国の宣戦布告に説得力を与えることになってしまったのだった。
ベールウェスト王国の最後の時は、刻一刻と迫っていたのである。
読んでいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」
「続きが気になる!」という方は、
ぜひ評価をお願い致します。星ひとつでも構いません。お気持ちだけで結構です。
ついでにブックマークをして頂ければ、とても嬉しいです。
では、次回も、お会いしましょう!




