10.魔剣、出会って三秒で棍棒
数ヶ月前――。
ベールウェスト王国、王城の中庭に父王アーサーとシルフィアはいた。ベールウェストの王城は巨大なダンジョンを中心に、それを守るように建てられた、奇妙な作りをしていた。なぜ、そんな所に王城が建てられたのか、父王アーサーからシルフィアは何も聞いていない。とにかく、そこで二人は何やら言い争っていた。
「よし、行け」
「よし、じゃねえだろ!!」
シルフィアは全力でツッコんだ。
目の前には、ぽっかりと口を開けた巨大なダンジョンの入口。千年、誰も踏破できなかったと言われる“難攻不落”。
そこに――たった一人で最下層まで潜れと言う。
「成人の儀式だ。問題ない」
腕を組んで仁王立ちしているのは、父――アーサー。別名、筋肉王。筋骨隆々の無駄にいい体をしている。
「問題しかねえよ!!なんでいきなりダンジョンなんだよ!!」
「筋肉は裏切らん」
「会話しろよっ!!」
「鍛えれば鍛えるほど、人間を高みへ導く」
「だから会話しろっての!!」
シルフィアは頭を抱えた。アーサーは真顔だ。
「安心しろ」
「何がだよ!」
「お前なら死にはしない」
「死ぬ可能性あるって言ってる時点でアウトなんだよ!!」
一拍。
アーサーは、ほんのわずかだけ視線を和らげた。
「……お前はやれる」
「は?」
「何と言っても俺の娘だからな」
それだけ言うと、すぐに表情を戻す。
「行け」
ドン、と背中を押された。
「あっ、おい――!!」
そのまま、ダンジョンの闇へ。落ちるようにして、シルフィアは内部へと転がり込んだ。
「クソ親父ィィィ!!」
叫びが、石壁に反響する。だが、返事はない。代わりに――ガゴン。
足元の床が沈んだ。
「……は?」
次の瞬間。
「うおおおおおっ!?」
無数の矢が、壁から一斉に射出された。
「いきなりかよ!!」
転がる、跳ぶ、避ける。一本、頬をかすめた。
「チッ……!」
だが、止まらない。
「上等だ!!やってやるよ!!」
走る。踏み込む。罠を踏み抜き、飛び越え、叩き壊す。それを何回も繰り返す。そして、下への階段を見つけ、一気に駆け降りる。
次の階層。唸り声が上がる。何かが目覚める。
闇の中から現れたのは、巨大な魔導ゴーレムだ。岩のような皮膚、鈍い目。
「デカいな……!」
魔物が腕を振り上げる。
「でも遅い!」
シルフィアは懐に飛び込んだ。
ドゴォッ!!
拳を叩き込む。
「筋肉は裏切らねえ、だっけか……!」
もう一発。さらに踏み込む。
「だったら、試してやるよ!!」
激突。
殴打。
回避。
反撃。
泥だらけになりながら、それでも前へ進む。魔導ゴーレムの腕を引きちぎる。まずは右腕、次は左腕。そのままの勢いで右足、左足と引きちぎる。
動けなくなったゴーレムはそのままに、次の階層へ降りる。次の階層を守る魔物たちがうごめいている。
カシャカシャカシャカシャ。
そこの魔物は、スケルトンたちだった。何十体いるのだろうか。百体以上はいるだろう。それぞれ手に剣や槍を持っている。シルフィアはそこで初めて剣を抜く。一体一体切り伏せる。それは、戦闘ではなく、もはや作業だった。
――何度も。
――何度も。
――何度も。ただひたすらに切り伏せた。
シルフィアは、傷を負い、息を切らし、それでも進み続けた。いつ死んでいても、おかしくなかった。だが、運命はシルフィアを生かした。
通常ならパーティーを組んで、攻略すべきダンジョンをたった一人で進んでいった。シルフィアは下へ下へと降りて行った。
ゴブリンのたむろする階層では、そのしつこさに気が狂いそうだった。
魔物のいない階層では、巧妙な罠が待っていた。突然、落とし穴に落ちそうになったのも一度や二度ではない。それを何とか切り抜けたのも、不思議と自分はここでは死なないという根拠のない確信からだった。
「はぁ……はぁ……!」
どれだけ時間が経ったのかも分からない。たった一日のようでもあるし、十日近く経ったようでもある。そういえば、このダンジョンに入ってから一度も空腹にならなかった。時間という概念自体、ここでは無意味なのかもしれなかった。
気が付けば、目の前には――巨大な黒い扉。今までとは明らかに違う、圧倒的な存在感。
「……ここが……最後か」
手をかける、ギギギ……と、重い音。
扉が開いた。その先は、静寂。
そして――中央に一本の剣、異様な気配を放つ、黒い刃。
「なんだ、あれ……」
シルフィアは、ふらつきながら近づく。伸ばした手が、柄に触れた。
その瞬間。
『――遅い』
声が、響いた。
「……は?」
『ここまで来るのに随分待ったぞ。我を掴むにしては、あまりに鈍い』
「……剣が喋った!?」
『当然だ。我を誰だと思っている』
一拍。
『魔剣エクリプスだ』
シルフィアは、にやっと笑った。
「へえ。ちょうどいい」
ぐい、と剣を引き抜く。あっさりと。
『な、なに?馬鹿な我は選ばれし者しか抜けぬはず……なぜ貴様ごとき小娘が我を抜けるのだ!?』
魔剣エクリプスと名乗る剣は明らかにうろたえていた。
「知らねえよ。抜けたんだからしょうがねえだろ」
魔剣エクリプスは、その動揺を誤魔化すようにしばらく無言だったが、渋々といった感じで口を開いた。
『なるほどな。千年の時が経ち、ようやく、我に相応しい使い手か――』
その言葉が終わる前に。
ゴンッ!!
「ぐああああああ!?」
エクリプスが悲鳴を上げた。
「よし、手に馴染むな!」
『な、なにをしている!?』
「棍棒だよ」
『我は剣だ!!』
シルフィアは笑った。
「細けえことはいい!」
ダンジョンの最深部に、無邪気な少女の声と、魔剣の悲鳴が響き渡った。
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