第9話 権能なし
誰かがそう言うたびに、俺の寿命が縮んでいく気がした。
「リヴィアの眷属もそう思ってた」
「リヴィアは冥界の女神じゃないわ」
その言葉に、俺は反応した。
「君ならできると思ってるのか?」
エレシュは俺を見た。
その表情から、少しだけ冗談っぽさが消える。
「あなたを見つけたとき、何かを感じたの」
「噂を読んだあとに?」
「近づく前からよ!」
「じゃあ、本当に何か感じたんだな」
「そう」
エレシュは胸元に手を置いた。
「あなたが正確に何なのか、私にはわからない」
それは期待できそうな言葉だった。
「ありがとう」
「褒めたつもりじゃないわ」
「最近、そういう褒め言葉をよくもらうんだ」
エレシュが近づいてくる。
「でも、あなたには死に関係する何かがある」
俺は答えなかった。
赤い瞳が俺を観察する。
「あなたが近くにいると、私の神性が反応するの」
「俺のも反応する」
エレシュが固まった。
あ。
少し言いすぎたかもしれない。
「あなたの……何が?」
「俺の……」
素早く考える。
「感覚」
「『俺のも』って言ったわよね」
「俺の魂って意味だ」
「そうは聞こえなかったけど」
「このまま俺を尋問するのと、正式に俺の上司になるの、どっちがいい?」
エレシュは目を細めた。
言い訳を信じてはいなかった。
だが、今回は流すことにしたらしい。
「その話はあとでするから」
「完璧だ」
「シャツを脱いで」
「また最初から飛ばしてくる女神だな」
顔が赤くなった。
「刻印のためよ!」
「リヴィアもそう言ってた」
「レン!」
俺は笑いながらパーカーを脱ぎ始めた。
「落ち着けって」
続いてTシャツも脱ぐ。
エレシュが黙った。
俺は振り返る。
「何?」
「何でもない」
「本当に?」
「そうよ!」
「見てるけど」
「背中を見なきゃいけないの!」
「仕事として?」
「その通りよ!」
俺は笑った。
エレシュが何かを小声で呟くのが聞こえた。
たぶん、女神が口にするにはあまり相応しくない内容だった。
俺は診察台に腰掛けた。
「どういう仕組みなんだ?」
エレシュが俺の背後に立つ。
「刻印の現れ方は、神によって少しずつ違うの」
「痛い?」
「痛くないはずよ」
「その言い方、嫌いだな」
「いいから、じっとしてて」
俺は目を閉じた。
指先が背中に触れる。
冷たかった。
リヴィアよりも。
でも、不快ではない。
違うのだ。
夜の空気に触れたような感覚。
「始めるわ」
「どうぞ」
静寂。
そして――
何かが現れた。
見えない。
だが、感じる。
エレシュの指先から、暗いエネルギーが流れ込んできた。
邪悪ではない。
最初に理解したのは、それだった。
暗いということは、悪であるという意味ではない。
静かだった。
深い。
何時間も騒音に囲まれたあと、静かな部屋へ足を踏み入れたような。
目を閉じるような。
眠るような。
まるで……
何かの終わりのような。
この世界に来てから初めて、俺の中にある存在が攻撃的な反応を示さなかった。
それどころか。
まるで……
観察しているようだった。
エレシュが息を吸う。
「うまくいってる」
俺は目を開けた。
「本当に?」
「動かないで」
俺の顔に笑みが浮かんだ。
もしかしたら、今度こそ――
『神性権能を検知しました。』
ああ。
「エレシュ」
「何?」
「たぶん、問題が起きた」
「どんな問題?」
次の一文が現れた。
『外部の加護がアクセスを試みています。』
「その問題」
「何が見えてるの?」
エレシュの暗いエネルギーが進んでいく。
一瞬だけ、リヴィアのものよりも深く入り込めそうに見えた。
その瞬間、俺の中にあるあの扉が開いた。
『拒絶されました。』
エネルギーが消えた。
爆発は起こらなかった。
進歩ではある。
だが、エレシュが後ろへ下がる気配がした。
俺は振り返った。
彼女は自分の両手を見つめていた。
「何が起きた?」
「拒絶されたわ」
「どうしてわかる?」
「それは……」
ウィンドウはまだ俺の前に浮かんでいた。
『下位の権能は、既存の権能を上書きできません。』
「勘がいいんだ」
エレシュが俺を見る。
「レン」
「うん」
「嘘をつかないで」
声の調子が違った。
真剣だった。
広場で出会った、必死に眷属を探していた女神には初めて見えなかった。
その瞳の奥に、何か古いものがあった。
どれだけ愛らしいほど金銭管理が下手だろうと、彼女が神であることを思い出させる何かが。
俺は数秒、彼女を見つめた。
「メッセージが見えるんだ」
エレシュはすぐには反応しなかった。
「メッセージ?」
「時々な」
「魔法の?」
「わからない」
「いつから?」
「ここに来てから」
完全な真実ではない。
始まったのは、グールを殺した直後だった。
だが、これで十分だ。
「何て書いてあるの?」
俺は迷った。
まだ全部を話すつもりはなかった。
彼女を信用していないからではない。
俺たちが知り合ってから、まだ一時間くらいしか経っていない。
それは信頼とは呼ばない。
無責任というものだ。
「君の加護が拒絶されたって」
「それはもうわかってる」
「それと、俺の中にはすでに、本来なら加護が入るはずの場所を占めてる何かがあるって」
エレシュは黙った。
「何が?」
「『権能』」
彼女の目がわずかに見開かれた。
「本当にその言葉が使われてるの?」
「ああ」
「正確に?」
「正確に」
エレシュは一瞬、息を止めた。
あまり良い反応には見えなかった。
「何?」
「権能は普通の能力じゃない」
「そうだろうとは思った」
「加護でもない」
「それも想像してた」
「権能っていうのは……」
彼女は言葉を探した。
「権利なの」
俺は眉をひそめた。
「権利?」
「能力は、あなたに何かをする力を与えるもの」
エレシュが片手を上げた。
掌の上に、小さな黒い炎が現れる。
「私は冥界のエネルギーを操ることができる。それが私の性質の一部だから」
炎が消えた。
「でも、権能は単に何かをする力を与えるものじゃない。何かがあなたの管轄に属していると認めさせるものなの」
それは、かなり重要度の違う話に聞こえた。
「例を出してくれ」
エレシュは少し考えた。
「海の神なら、魔法で水を作り出すことができるかもしれない」
「うん」
「でも、もしその神が『海』の絶対的な権能を持っていたなら、海そのものがその命令に従う」
「ああ」
「『できる』じゃないの」
その瞳が俺をまっすぐに捉える。
「『そうする権利がある』のよ」
俺はあの言葉を思い出した。
『GRIM REAPER』
『権能が承認されました。』




