エピソード7 「調査には向かない女神」
その演出も。
二十秒おきにちらちら後ろを振り返って、俺がちゃんとついてきているか確認していなければ。
もう少し説得力があったと思う。
三回目までは。
気づいていないふりをした。
四回目。
俺は片手を上げた。
「まだいますよ」
エレシュが。
危うくつまずきかけた。
「べ、別に確認してたわけじゃないわ!」
「そうですか」
「周囲を警戒していただけよ」
「四回も?」
「常に警戒を怠らないのは神としての美徳なの」
「てっきり俺が逃げるのを心配してるのかと」
歩きながら。
エレシュが振り返った。
「どうしてあなたが逃げるのよ?」
「さあ。そっちが教えてください」
「逃げる理由なんてないでしょう」
「なら安心ですね」
「そうよ」
「じゃあ確認するのやめたら?」
沈黙。
エレシュは前を向いた。
三十秒後。
また振り返った。
俺は笑顔を向ける。
頬が。
わずかに赤くなった。
「うるさい!」
「何も言ってませんけど」
「思ったでしょう!」
「心も読めるんです?」
「私は女神よ!」
「答えになってない」
エレシュは歩く速度を上げた。
うん。
やっぱり。
かなり気に入ってきた。
◇◆◇
エレティスの中心部は。
圧倒されるほど華やかだった。
広い大通り。
巨大な神殿。
宮殿と見間違えるほど立派な神族の本拠地。
魔法武器で埋め尽くされた店。
全身を魔物の血で汚して帰ってくることが。
ただの日常業務であるかのように歩く冒険者たち。
けれど。
歩き続けるにつれて。
街の景色は変わっていった。
突然ではない。
少しずつ。
建物が小さくなる。
通りを歩く人も減る。
建物の外壁から。
金や大理石が消えていく。
巨大な魔石灯を並べた店の代わりに。
家族経営らしい小さな商店が増えていった。
貧民街。
というほどではない。
少なくとも。
まだ。
ただ。
単純に。
……格が落ちている。
エレシュを見る。
本人は。
まるでこれから皇帝の住む地区へでも向かっているかのように。
堂々と歩いていた。
「エレシュ」
「何?」
「神族の本拠地って、中心街から結構離れてます?」
「私たちの本拠地は、慎重な検討の末に選ばれた場所にあるわ」
つまり。
はい。
「戦略的な理由で?」
「当然よ」
洗濯屋の前を通る。
「靴下を売ってる店の隣に住む必要がある戦略って何です?」
「神々の都市計画は、あなたには理解できないのよ」
「その無知と共に生きていきます」
エレシュが。
人差し指を立てる。
「それに、中心部から離れていることには利点もあるの」
「家賃が安い?」
足が。
ほんの一瞬だけ止まった。
あ。
面白い。
「……静かだからよ」
「なるほど」
「人目も少ない」
「はい」
「空間にも余裕がある」
「そうでしょうね」
「それに、何でもお金で決まるわけじゃないのよ、レン」
「俺、そんなこと言ってませんけど」
「言いたそうだったでしょう!」
「“家賃が安い”って言っただけですよ」
「それよ!」
「じゃあ安いんですね」
「…………」
笑わないように。
唇を噛む。
エレシュは。
露骨に歩く速度を上げた。
それでも。
俺は特に苦労せず追いつく。
「そういえば」
「何よ」
「広場で、俺が神族を探してるって“感じた”って言ってましたよね」
「言ったわ」
「死者の世界を司る女神だから」
「その通りよ」
頷く。
「なるほど」
エレシュの肩から。
少し力が抜けた。
「ようやく理解したようね」
「ただ、一つだけ」
その肩が。
また固まった。
「……何?」
「神族を探してることと、死んでることって全然関係なくないです?」
沈黙。
「…………」
「…………」
「神々の繋がりというものは複雑なのよ」
「へえ」
「人間には完全には理解できないわ」
「なるほど」
歩き続ける。
「じゃあ、神の力で俺の名前も分かったんですね」
「当然よ」
「年齢も」
「たぶん」
「神族に所属してないことも」
「ええ」
「リヴィア神族、ボロス神族、それから他の八つに断られたことも?」
エレシュの足が。
止まった。
俺も止まる。
見つめ合う。
「…………」
「…………」
眉を上げる。
エレシュが。
ゆっくり。
片手を背中へ回した。
「何のことか分からないわ」
「エレシュ」
「何?」
「まだ紙持ってますよね」
瞬きをする。
「……紙?」
指差す。
腰の横から。
紙の端が。
少しだけ飛び出している。
広場で。
必死に隠していた。
あの紙。
エレシュは。
即座に両手で隠した。
「これは関係ないわ」
「そうですか」
「神聖な書類よ」
「“問題ありの候補者”って書いてありますけど」
「行政上の分類よ!」
「その下に俺の名前もありますね」
「偶然よ」
「髪の特徴まで書いてある」
「黒と緑の髪なんて、いくらでもいるでしょう」
周囲を見る。
禿げた男。
金髪の女性。
茶髪の子供が三人。
灰色の毛を持つ亜人。
白髪の老人。
もう一度。
エレシュを見る。
「大流行してますね」
エレシュが。
唇を強く結んだ。
やがて。
ため息。
「……分かったわよ」
紙を取り出す。
「噂を聞いたの」
「ですよね」
「でも、だからって嘘をついたわけじゃないわ!」
「俺の存在を感じたって言いましたよね」
「感じたわよ」
「会った後に」
「それでも感じたことには変わりないでしょう!」
「エレシュ」
「もう、分かったってば!」
頬を少し膨らませる。
「変な異邦人が、小さな神族を片っ端から回ってるって話を聞いたの」
「そこまでは正しい」
「そのあと、リヴィアの加護を弾いたって聞いた」
「それも正しい」
「それからボロスが酒場で、“冥界から送り込まれた呪われし者が、神々の加護を破壊して回っている”って言い始めたのよ」
俺は。
黙ってエレシュを見る。
「……何それ」
「本当よ」
「赤髭のおっさん?」
「その神」
「爆発したの、ランプ一個だけなんだけど」
「本人の話だと七個よ」
「一個です」
「それから、あなたの目が真っ黒になったらしいわ」
「なってない」
「古代語も話したって」
「“ランプごめんなさい”って言っただけなんだけど」
「噂って成長するのが早いのよ」
「身をもって理解しました」
エレシュは。
紙を折り畳んだ。
「だから私は……」
言葉を止める。
「だから?」
顔を逸らした。
「その……」
「エレシュ」
「十個も神族に断られてるなら、少しくらい条件を下げてくれるんじゃないかと思ったのよ!」
沈黙。
俺は。
じっと彼女を見つめた。




