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エピソード6 「女神との交渉」



「どうしてそれを知ってるの?」


彼女の表情が。


ほんの少しだけ揺れた。


「そんなことは重要じゃないわ」


「普通、俺が探してるものを正確に知ってる人がいたら重要だと思うけど」


「重要じゃないと言ったでしょう!」


面白い。


もう少しよく観察する。


何か。


妙だった。


服は上品。


けれど。


袖の端が。


目立たないように繕われている。


ブーツは綺麗に磨かれている。


ただし。


かなり履き込まれていた。


胸元の小さな銀色のブローチも。


一見すると高級そうだった。


……石が一つ取れていることに気づかなければ。


俺の視線に気づいたらしい。


彼女はすぐに。


片手でブローチを隠した。


「何を見ているの?」


「何も」


「見てたでしょう」


「職業的に」


「それ、どういう意味?」


「今ちょうど定義を考えてるところ」


眉を寄せる。


うん。


間違いなく女神だ。


ウィンドウは嘘をついていない。


彼女は咳払いを一つ。


姿勢を整える。


「……話を戻すわ」


芝居がかった動作で。


俺へ手を差し出した。


「あなたは神族を探している」


「そうですね」


「そしてどうやら、他の無能な神々はあなたの真の才能を見抜けなかったらしいわね」


かなり独創的な解釈だな。


「少し違う言葉を使ってた神もいましたけど」


「だったらそいつらは馬鹿よ!」


通りかかった老婆が。


彼女を見る。


女神は声を落とした。


「……神として馬鹿なのよ」


「そっちの方が敬意ありますね」


「当然でしょう」


もう一歩。


近づいてくる。


表情が。


真剣になった。


「だから、あなたは幸運だと思うべきね」


「どうして?」


彼女の顔に。


笑みが浮かぶ。


誇らしげで。


優雅で。


勝ち誇った。


……ように。


少なくとも見せようとしている。


「なぜなら――」


風が。


彼女の長い髪を揺らした。


一瞬だけ。


かなり絵になる場面だと認めざるを得なかった。


その直後。


野菜を積んだ荷車が。


彼女の後ろを通った。


「邪魔だよ!」


女神が飛び退く。


「ひゃっ!」


危うくバランスを崩しかける。


商人は。


そのまま通り過ぎていった。


沈黙。


彼女は髪を整える。


「……今のはなかったことにして」


「もちろん」


再び。


俺を指差す。


「私はエレシュ」


その名を口にした瞬間。


彼女の中にある黒い炎が。


わずかに反応した。


«《Divine Soul confirmed.》»


――神性魂魄を確認。


エレシュは。


少し顎を上げた。


「死者の世界を司る女神よ」


それは。


完全に俺の注意を引いた。


身体の奥で。


何かが動く。


リヴィアのとき以来。


初めて。


拒絶ではなかった。


認識。


本当に。


わずかなもの。


まるで。


エレシュの中にある闇と。


俺の中にある何かが。


互いに。


視線を交わしたような。


エレシュの赤い瞳が。


ほんの少しだけ見開かれる。


彼女も。


何かを感じた。


だが。


すぐに平静を取り戻す。


手を差し出した。


「そして、この瞬間から――」


笑う。


「私が、あなたにとって一番の選択肢よ」


彼女を見る。


「妙に限定的な言い方ですね」


「そんなことないわ」


「今日、何人勧誘したんです?」


「機密情報よ」


「神族の所属人数は?」


沈黙。


「……それも機密情報」


「ゼロ?」


眉が。


ぴくりと動いた。


「そんなことは関係ないでしょう!」


ああ。


笑った。


これは。


面白くなりそうだ。


エレシュは腕を組んだ。


俺を見下ろそうとする。


ただし。


俺の方がかなり背が高いため。


難しかった。


「それで、レン・クロガネ……」


瞬きをする。


「俺、名前言ってないけど」


エレシュが。


完全に停止した。


「…………」


「…………」


その視線が。


ほんの一瞬だけ。


背中側に隠していた。


しわくちゃの紙へ向かう。


端の方に。


文字が見えた。


【問題ありの候補者】


レン・クロガネ


その下。


特徴。


黒と緑の髪。


異邦人。


神族未所属。


複数の加護を拒絶。


眉を上げる。


エレシュは。


素早く紙を隠した。


「神の直感よ」


「なるほど」


「神々はたくさんのことを知っているの」


「当然ですね」


「そうよ!」


何も言わないことにした。


まだ。


ただ。


丸一日。


『不合格』


ばかり聞かされ続けた後で。


俺を。


わざわざ探しに来た神は。


彼女が初めてだった。


しかも。


«死者の世界を司る女神。»


そして。


俺はどうやら。


«GRIM REAPER。»


この状況を説明できそうな存在が。


この世界にいるとしたら。


もしかすると。


今。


目の前にいる。


エレシュが。


もう一度手を差し出す。


「どう?」


その手を見る。


次に。


彼女の瞳。


そして。


袖の小さな繕い跡。


あの自信満々な態度と。


噛み合っていない何かがある。


何なのかは。


まだ分からない。


ただ。


腹は減っている。


残金。


五枚。


寝る場所なし。


そして。


死に関わる女神が。


神族へ入らないかと誘ってくれている。


就職の初回面談としては。


もっと酷い条件もあり得た。


「分かりました」


手を取る。


エレシュの目が輝く。


「それって、入るってこと!?」


「話は聞きます」


笑顔が。


少しだけ消えた。


「……あ」


「何も聞かずに即決すると思ってました?」


「…………」


「エレシュ」


「プレゼンも用意してるのよ!」


さすがに。


笑った。


彼女の頬が赤くなる。


「何がおかしいの!?」


「いや、別に」


手を離す。


「どうぞ」


エレシュは深く息を吸う。


そして。


また。


あの誇らしげな表情へ戻った。


「結構」


横道を指差す。


「ついてきなさい」


歩き始める。


二歩ほど。


後ろを歩く。


それから。


止まった。


「そうだ」


エレシュが振り返る。


「何?」


「神族って、住む場所あります?」


沈黙。


目が。


ほんの少しだけ泳いだ。


「当然でしょう」


「食事は?」


「……あるわ」


「屋根は?」


眉が。


またぴくりと動く。


「何よ、その質問」


「かなり具体的な質問です」


「屋根くらいあるに決まってるでしょう!」


頷く。


「完璧」


エレシュは。


勢いよく前を向いた。


「……どうして屋根だけ妙に気にするのよ」


俺は。


彼女の後を追った。


まだ。


知る由もなかった。


あの質問が。


かなり重要な意味を持つことになるとは。


なぜなら。


二十分後。


俺は知ることになる。


エレシュは。


技術的には。


嘘をついていなかった。


神族には。


確かに屋根があった。


問題は。


その屋根が。


あとどれくらい。


屋根でいられる予定なのか。


ということだった。


◇◆◇


貧乏女神エレシュ


エレシュの後をついて歩き始めて。


三分ほどで。


俺は。


一つ重要なことに気づいた。


この女神。


隠し事が。


致命的なほど下手だ。


「それで」


俺は言った。


「神族の本拠地ってどこ?」


「近いわ」


歩き続ける。


「近いってどれくらい?」


「十分に常識的な距離よ」


「距離の単位になってないけど」


「女神にとってはなるの」


「神って独自のメートル法でも使ってるんです?」


「未来の主神に失礼な口をきかないの」


「まだ未来の主神って決まってないですけど」


「細かいことはいいのよ」


笑う。


エレシュは。


俺の前を歩いていた。


背筋を。


完璧なくらい真っ直ぐ伸ばし。


両手を後ろで組み。


歩き方まで。


堂々としている。


まるで。


一国の女王が。


新たな臣下を。


自らの宮殿へ案内しているかのように。

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